[ShimaSen] Hello,Stranger

Màu nền
Font chữ
Font size
Chiều cao dòng

Author: 服部 -hattori-

Link: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21885134

------------------------------

大切なことはいずれ分かるようになるんだから

好きなことを、やっていこうよ

♤sm

───ネットの記者が嗅ぎ回ってるようです

グループでの打ち合わせで都内のスタジオに集まったとき、俺とセンラは極めて不自然に運営から呼び出しをくらった。そして他の2人とこれまた不自然に引き離された部屋の外で聞いた話は、耳を疑うものだった。

なんのはなしですか?なんて質問は、躊躇い気まずそうに目を逸らす様子を見れば愚問だった。

「…………えっと、」

「……それって、俺たちの関係が、その、どうのこうの、っていう、?」

「…そう、ですね」

一抹の期待を込め敢えて遠回しに投げたはずの疑問に、グッと息をつめて肯定の言葉を吐いた運営。俺らはもうそれ以上言葉を発することはしなかった。

「……リーク元は分からないです。ただ、ネット記者の方からそういう旨の連絡が来て……返事は保留してるんですけど、いずれそのうち有る事無い事書かれて記事をだす……かも、しれないです」

「そう、なんや」

「……俺らただの、ネット派生のグループなんに、」

「…………話題が話題ですから。このご時世、格好のネタですよ。……まあ、僕たちもそこまでプライベートに首を突っ込むことはしたくないですし、何となくそんな気はしてましたから、おふたりの関係はあえて聞きません」

「……」

「ただ、ネット記事であろうが、伝わり方によってはグループ全体に良くも悪くも影響を与えること、おふたりの責任じゃ収まらないこと、……覚えておいてください」

「っ、つ……」

警告とも取れるその言葉の後、「ツアー前にこんな話してすみません」と残し席を離れた運営。その背中に何か声をかけようとするも、自分の体は鉛のように動かなかった。何を話せばいいのかもわからなかった。

口の中に溜まった唾を飲み込む音と、胸がキリキリと緊張する音がして、

「せんら、」
「……」

それから、音が出たかも分からぬ程の、掠れた俺の声。

「…………別れよう」

声が届いたかと、いつのまにか重力に沿って落ちていた目線を11センチ上までゆっくり上げると、センラは運営が消えて行った方向を呆然と見つめていた。

ぽつり、

「……………………わかりました」

センラという「人間」を、俺は知っている。何事も長考タイプで起こりうる事象を全て計算し尽くす彼は、危機管理能力にも酷く長けており、あまりリスクの付随する選択肢を取るような性格ではない。

それ故。
俺は、この関係が周知してしまった場合の諸々に及ぶリスクを瞬時に整理した結果、そうなる前にきっぱり“友人”に戻るという安全策を取るのが妥当だろうと考えたのだ。狡猾にも、彼がその考えに頷かないわけがないという自信を持ちながら。

「おかえり〜話なんだった?」
「ちょっと長かったやん」
「ああ……まあ、新曲の依頼のこととか、普通に活動の話だったわ〜」
「そやったん。なあなあ、明日からの会議さ、─────」

時間をかけて積み重ねてきたはずの関係をたった一言で終わらせた俺らは、その現実を受け入れる以前に何が起こったかも整理できぬまま。
言葉をひとつも交わさずドアを開けた俺らの空気感に、目の前の2人は特に触れることはしなかった。

 



「それじゃ、明日からもスケジュール通り進めますのでよろしくお願いします。」

「はあい」
「お願いします」
「頑張りましょう」

ひと通りの話し合いが終わり、スタッフの声がかかる。
各々が挨拶を交わしたのち解散の流れとなり、ひとりふたりと会議室を出ていく中、俺はどうしようかと戸惑っていた。

「まーしいは、センラと帰るの?」
「っ…ぁあ〜、」

そんな俺に、「自分へのご褒美に買ったんだ」と自慢げに話していたリュックを背負いながらそう声をかけてくるうらたさん。
その何気ない問いかけは決して不自然なものではなかった。以前から俺とセンラは、会議やリハが早い時間に終われば一緒に帰ることもあったから。無論、今日だって俺はそのつもりだった。

“あの話”を聞くまでは。

(別れた手前、一緒に帰るのは違和感か…?でも、メンバーとしてって考えたら別に……)

「どー…やろ、なんか、予定あったかな、」

センラにこれから予定がないことは朝の時点で確認済みであったが、うらたさんの言葉になんて返そうかと俺は白々しくスマホのロックを解除する。

「いや、俺これから他の打ち合わせあるんで、まーしいとは別っすね」

「えっ、」

そんな俺とうらたさんのやり取りを聞いていたのか、突然センラが後ろから言葉を飛ばした。やけに急いだ様子で荷物をまとめる彼の顔は、一切わからない。

(あれ、予定、増えたんや、……いつのまに)

「そうなんだ、4人で飯行こうと思ったけど仕事ならまた今度にしよ!」
「すみませんお先です〜」
「おーう、またな〜」
「……あぁ、また」

ろくな会話もできないままそそくさと会議室を出ていくセンラ。そんな彼を引き留める隙もなく、俺はその背中をただ見つめることしかできなかった。

バタンと大きく響いた扉の閉まる音。

(僕だけ取り残されて、君が先へ行ってしまいそう、なんて)

本当に、当たらない予感なのだろうか。

──これから予定ある?飲み、どう?
──あぁ゛〜〜〜作業が………………
──ふふ、ええよまた今度行こ
──いや、飲み行こ
──えっ?!だって作業、
──志麻くんと酒飲む方が大事や
──ふはは!よっしゃ行くぞ〜〜!
──うぇ〜〜い!

だらりと垂れた手の中で光る、スケジュール共有アプリ。
今日の日付を示すその欄に、
「打ち合わせ」の予定など 登録されていなかった。

♢sn

ライブに向けての打ち合わせは着々と進んでいた。アルバム引っ提げのライブは初披露の曲がほとんどで、打ち合わせ量も膨大。確立されてきた4人の役割と、面子が固まったスタッフのおかげでスムーズに会議は進むが、俺は志麻くんに対していつもの“相棒”を演じることができないでいた。

うらさかと分かれてペア曲の打ち合わせをしている今も。

「センラ、ここのパートで背中合わせとかする?」
「…あぁ、うん、どうでしょう」
「カメラ的にくっついてるシーンも増やした方がいいと思うんやけど…」
「…んじゃあ、それでいいと思います」
「……じゃ、よろしく」

 

(………周りの目が怖い)

あの日、“あの話”をされてから。他のスタッフまでも俺らのことを迷惑だと思っているんじゃないか、気持ち悪く思っているんじゃないかと、それが頭を占めて仕方がなくなった。

「センラの方はなんか意見、」
「決定でいいです」

俺らしくないのは、わかっていた。

自分が何か行動を起こす時というのは、自分の中で根拠を持ち理論付けてからと決めている。志麻くんとの“恋人”という関係も、もちろん自分の中で自信を持って結論付けたものだった。
なのに、それが間違いだったと突きつけられた時、自分が出した結論は何だったのかと、どこで間違えたのかと、冷静でいられなくなった。

ただ、「これは間違いである」という他者からの結論をどうぞと手渡されたまま。

「いやいや、まだちゃんと意見出し合ってないやん」
「さっきのでええよ」
「センラの意見も聞きたいんやけど」

目のひとつですら合わせず、話したくないと言わんばかりの俺の態度に、彼のイライラが伝わってくる。

「また後で練りますんで」
「や、今のうちにしといた方が良くない?」
「…特に反対意見もないんで決定でいいっすよ」
「なあ、」
「うらさかと合流しましょ」

それでも面と向かって働きかけてくれる彼を前に、俺は早々に話を切り上げ席を立った。

(…距離近すぎなかったかな、“友人らしい”会話に見えてたかな)

いつしか志麻くんと話すたび、運営やスタッフの目線を確認することが癖になってしまった。

(これで合ってるんかな、)

うらさかの打ち合わせがあれやこれやと盛り上がっている様子は慣れた光景のはずなのに、なんだかテレビの向こうを見ているような、遠く切り離された気分がした。

(おれらと、うらさかのちがいってなにかな)

(友人って、なにかな)

(志麻くんは、もうセンラのこと諦めるのかな)

さみしいな。

距離を無理やり取ろうとしてるのはセンラの方なのに?

呆れた。



「──ちょっときて」
「…はい?」

休憩に入って、うらさかが「ジュースを買いに行く」と出て行ってから約3分。
スタッフが周りで動いているのにも関わらず、孤立したように空気を固める俺ら。ついにそんな雰囲気へ痺れを切らした彼が、俺を会議室の外へと呼び出した。
もう何年も一緒に過ごしてきた仲故、気づきたくないと思えど皮肉にも、その言葉に含まれるのが怒気であることは一目瞭然だった。

「ごめん、気持ちは分かるけど、そんなあからさまな態度取られると普通に気分悪い」

騒がしい会議室の空気から切り離された途端、静かな空間も相まって、彼からのストレートな物言いと生まれ持った目力に圧倒される。今まで自覚していた俺への甘やかしモードはまるでオフされていて、オブラートが外された彼の態度からは「イライラします」という感情が全身に伝わってくる。

「友達なのに、そんな態度取る必要ないやん」

──友達。

分かってる。彼のいうことは間違ってなんかない。俺らはもう他人に晒され後指を刺されるような関係じゃない。
みんなが求める「友達」に戻ったんだ。今まで通りの、「正しい」関係に。

そのはずなのにさ、

「どうせ何したって、付き合ってるって疑われるんやろ……仕方ないやんか、」

センラはそんなに器用じゃないんだよ。

恋人になることが俺らの答えだったはずで、友達のままじゃ抑えられなかった感情がそこにはあったはずなのに。

友達に戻ったって、どうせまた抑えられなくなっちゃうだけなんだ。
彼を好きなのはどうやったって変わらない俺の感情だし、彼に向けてしまう視線はどうしたって劣情を孕んでしまう。今だって、2人だけの空間だと思えば今すぐに彼の手を握ってしまいたくなる。

「近くにいたらダメなんやって。………あんたの近くにおったら、…意味ないねん」
「離れてる方が不自然だって分からん?」
「………分かってますよ……いつも通りにすればいいだけなのは、」
「分かっとる風には見えんけどな」

(伝わってよ)

(友達なんて言ってほしくないの……!!)

たくさんの人に愛されて、たくさんの人に必要とされるあなただけど、間違いなくあの時は俺だけの彼だった。俺に向ける目線も、触れる体温も、くれる笑顔も、

──それで、付き合って、ほしいん、やけど、…その、俺と。
──あは、緊張してんなぁ…んふふ、よろしくお願いします
──エ……?!ほんまに?!マジかっ、え、やばァ…っ!
──あはは、うるさ〜
──ア〜、嬉しい、っほんまに好き、絶対、幸せにする
──っうん、……楽しみにしてます

──髪色変えた?似合ってるやん、かわええ〜
──志麻くんこう言うの好きやろ?
──すき、センラやったら何でも好きよ
──ふは、なんやのそれ
──ん?照れてる?なんやかわいい顔しとるけど
──……調子乗んな

──せんら、っ、は、
──んんっ、…ハァ、っしま、ぁくん、っ
──すき、かわぃ、すきっ、
──あァ、んっ、!せんらも、ぉっ……すき、!

全部センラだけのものだったのに。

「っなんで、簡単に割り切れるん?……そんな、責めるようなこと言わんでよ」
「別れを告げたのは俺やし、それにわかったって答えたのはセンラ。お互い合意したわけやし、最後まで貫き通すべきやろ」
「……また、責めるんすか」
「センラなら分かるやろ。今俺らがどう行動しなきゃいけなくて、なにを優先すべきかなんて」
「………っ、そんなん、知らんよ……っ」

「………オトナやろ、俺らは。」

戸惑い、言葉もつかえる俺に、容赦のない言葉の槍。そんなの、友達の頃だって一度たりともしてきたことないやんか。小っ恥ずかしくなるほど俺を特別扱いして、甘やかして、優しくして、──友達の頃だってそうだったやんか。

今じゃもう、まるで他人みたいだ。そんなあなたの横に変わらず居なきゃいけない違和感は靴の中の石ころみたいに消えてくれなくて、どんなふうに名前を呼べばいいかもまだ分からないままなのに。

オトナってなに 

正しい行動ってなに 

優先するべきものって、なに

俺らはそれを投げ打ってまで、一緒にいたいと願ってたんじゃないの。

センラに向ける全てが、志麻くんの本音だったんじゃないの。それが愛情だったんじゃないの。

それを一身に受け止めて、大切に抱えて、またあなたに同じものを返してあげることが、センラの答えだったのに。

今さら、それが正しくないと言うの。今さら、無かったことにしろというの。

(こんなことなら、)

「……俺らは活動を優先した。だから、もう恋人やない」
「そんな、っ」

「おれらは、……ただのメンバーなんだよ」

こんなことなら、
“恋人”のあなたを知らなければ良かった。

「……こんなことなら、

最初っから恋人なんて、ならなきゃよかった、」

「…………っ、………あぁそ、」

否が応でも恋人でないことを自覚させられる彼の言葉に、もはや恋人でいた事実すら責められているような気分だった。
威勢を無くしダサい捨て台詞を吐いた俺に、掠れた声で冷たく言い残した彼は、俺に背を向け会議室に戻っていく。

そんな彼を見ながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。

なにか、思考がぷつんと途切れたようだった。

♧ur

──うらしま、さかせんで立ってもらって、

──ここは、しまさか、うらせんの順で、

都内某所。
もうすぐスタートするライブに向けて俺たちは、会議室の机を囲んで打ち合わせを行なっていた。
スタジオリハも交えながらの段階で、だいぶ全体の輪郭がはっきりしてきたところ。

「ここは、立ち位置的にうらせん、しまさかでトロッコに乗る感じにしようかなって」

ライブ演出を主に担当してくれるまーしいの企画書はいつも心踊らされた。俺の考えつかないような新しい演出が盛り込まれ、かつ現実的で穴のないように研鑽されているそれは、簡単に俺らがステージに立ってる姿を彷彿とさせる。それに対する関心と高揚感についページを捲る手がそわそわして、

──そんな中、ふと。

(またー?)

最近、相棒以外のメンバーとペアを組むことが増えていた。それはライブ中の演出だけじゃなくて、ライブの幕間とか、アルバムの特典とか、その他諸々。
まあ、うらさか・しませんは一番需要が高い分そのペアでやることが多かったし、他のメンバーに文句があるとかでは決してないから、別にいいんだけど。

「最近、相棒ペア減ったな〜」

(お?! 神展開!坂田ナイス!)

「ね!もうちょいしません・うらさか増やしてもいいと思うんだけど…」
「うん、結局みんなも見たいと思うし」

その違和感を口にしてくれた坂田に、折角なら便乗してやろうと俺はそう提案をした。俺だって、たまには坂田とやりてえし。
きっとしませんの2人も4分の2がそう言ってる時点で空気を読んで賛同してくれるはずだし、演出的にも多少の調節で事足りるはずだ。

それなのに、

「……あ〜、うーん」
「……む、難しい?」

「まーしいが決めたんやし、ええよこのままで」
「…っあ〜、そう?」

意外にも乗り気じゃなかった2人は、簡単に俺らの意見を切り捨てた。

「……トロッコこのままでええ?」
「あ、おう…」
「で、次の曲なんやけど──、」

異様に冷静なまーしいとセンラの様子に、たじたじになってしまう俺と坂田。

(なんだよ、変なの)

いつもなら、ひとつの提案に対して大幅な変更を伴うものでなければ(良くも悪くも)「いいよ」と言ってくれる2人だったし、否定するにしても「まあまあええやんか〜!」「その意見も取り入れるよ」って気を遣いながら笑ってくれるはずだった。

(少しくらい検討してくれたっていいじゃんか!ふん)

まあ、それも憚られるくらい何故か2人の圧がすごかったんだけど。

その後、いつも通りに進む会議。普段みたいにわちゃわちゃと会議が進んでいっているはずなのに、ぎこちなさというか、妙な間というか、所在のない違和感を俺は感じていた。

「幕間後の雰囲気に合わせて、第二衣装お揃いの小物あってもいいかもな」
「イヤリングとかサングラスとか」
「またみんなで買いに行こうよ」

「そうだうらさーん、この前の服屋さん、なんてとこだっけ」
「この前のっていつだよ」
「あのほら〜、俺が値札見ないで買ったところ」
「そんなんいつもだろ」
「ちゃうってえ!」

衣装についての話し合い中、ちょっとした話の脱線。こんな時に能天気のこいつは本当に役に立つ。歩くライフハック。
まあ言ってもこいつは意外と空気読みだし、確立された普段の4人の雰囲気と比べて、今日の居心地悪さにはなんとなく気づいているのだろうけど。

「ほら、この前まーしいとセンラにも話したやん」
「……そやっけ?」
「あー」
「全ッ然覚えてないやん!」

(心ここに在らず、だな)

この言葉は、今のこいつらのために作られた言葉だ。

「………はいはいあそこな、表参道の」
「そーう!さすがうらさん!分かってるなら言ってや」

「……坂田、話逸れてるから」
「…ああ、そやったなすまん」

いつもはメインの話から脱線しても4人の気が済むまで脱線し続けるのに。空気を切り裂くまーしいの冷たい口調と、同調を示すセンラの無表情。
マイペースと言われる坂田も流石にシュンとして、完全にこいつらのムードに呑まれていた。

「とりあえず、ひと段落ついたので休憩しましょう!」
「っはぁ〜」
「うぃーす」

気持ち悪い雰囲気を何個か乗り越えてやっとかけられた休憩の言葉。
ふっとほぐれた空気に吐き出した息はかなり深くて、この空間でずっと浅い呼吸を繰り返していたことを自覚する。

「…よっしゃー、ジュース買ってこよお」
「え、さか」

流石の坂田もどっと疲れた顔をして、この場から逃げるように立ち上がった。

(エッひとりで買いに行くのか?オレをこの空間に取り残すのか?それだけは………っ、)

説明できないようなピリピリ感は想像以上に俺を蝕んでいて、流石の俺でもこの空気に取り残されたいとは思わない。だからと言って、「俺も行く」とこの様子のおかしい2人を置いていくのもなんだかずるいようで薄情に思われそう。

そう葛藤していたら、

「まーしい、自販機行こ」
「あ?おう」

なんとあの坂田が、今一番欲しい立ち回りをした。

「いってら〜」
「坂田ー、水買ってきて」
「あ、俺お茶」
「ナチュラルにパシるな」

俺をひとりにせず、そして志麻センを残さずの坂田の選択に「よくやった」と心の中で親指を立てる。

しょうがねえなあ、と言いながらバタンと閉じられた扉。

「疲れたね〜」
「あ、おう、そうだな」
「うらたんとペアなの、最近多くて楽しいわ」

「……おん ………あのさ、」

「はあい?」

「まーしいと、やるの、嫌?」

「…………」

本当は聞くはずじゃなかったけれど。

坂田とまーしいが出て行った後の緊張の緩みは、俺だけじゃなかったようで。俺と組むのが嬉しいと伝えてくれる声はさっきより何倍も柔らかくて純粋で、それからいつもよりずっと甘えん坊にみえて、俺はつい口を軽くしてしまったのだ。

掛けだった。センラの返答によっては、知らぬ間に2人の仲に亀裂が入っていたことを知ることになる。感覚で感じ取っていたコレを肯定されてしまえば、もう目を背けることができなくなる。

それでも、俺がこうして言葉にしたのは、

(たのむ、センラ)

俺らはずっと4人で─────────、

「嫌ですね」

「っ…」

あ、また俺「たち」、緊張してる。

「……………………けんか、とか?」
「…まあ、こんだけ長い間活動してたら喧嘩のひとつくらいしますって」
「そうだけど………そんなあからさまなの、お前ららしくないじゃん」

「俺ららしい、って?」
「え……?」

「うらたんには、しませんがどう見えてた?」

目を細めて俺を見るセンラ。先程とは打って変わった挑発的で嘲笑うようなその目線に、その質問の真意を汲み取ることができず、言葉に詰まってしまう。

(…….こえぇよ)

言ったじゃん俺、お前の物理的な13センチ上からの目線が結構怖いって。
迫られるの、苦手だって。

「……はは、そんな怯えんでよ」
「せんら、」

「仲直りするって、そのうち………そのうち」

俺にかけられたセンラの声は徐々に角度を落とし、センラの真下へポツリと落とされた。己に言い聞かせるようにそう呟いたセンラの顔色は驚くほどに悪い。

「だから、あんまり踏み込まんといて?」

グサ、

俺は教え子の殴り合いを仲裁する教師でも、我が子の言い合いを諭す親でもない。
でも、立場の名前は違えど俺ら4人がずっと一緒にいるために、親友として他のメンバーに何かあったら自分のことのように考えて解決してあげたいと思っていた。

のに、

「ただ、野郎同士の仲だからこそはっきり言ってまうけど、今は志麻くんと一緒にやるのだけは無理、ってことだけ分っといて?」

「……よにんで、やってるのに?4分の2が喧嘩してるのを知らんぷりしてなきゃいけないの?」

「………うらたん」

お節介。過干渉。しつこい。

「ほれ買ってきたぞ〜、水とお茶〜」
「ぁ………、ありがと」

ふふっと、かろうじて笑っているその表情に見える「迷惑」が、俺の口を閉ざさせた。



ステージより何倍も狭いスタジオ。ライブというのは直前にならないと実際のステージは使えないから、俺らはいつもここで動線やダンスの練習をする。
みんなでワイワイ汗をかきながらやる練習は俺にとって、本番までの絆を深めるきっかけの一つでもあってすごく意味を感じているし、シンプルに楽しいからなんの苦でもない。

「本番の流れ通り進めていきますね〜」

バンド陣ダンサー陣が準備をする中、書類を見たり、ダンスの復習をしたりと、メンバーの動きはさまざま。

「さかた、俺ここ0.5に立つ予定だけど、お前のソロパートだし好きに動いていいよ、合わせるから」
「かっけーうらさん、頼んだ!」
「だからお前、ここで変な動きしてね」
「なんでやねん」

俺はいつも通り坂田の尻拭い──あ、フォローに徹してフォーメーションを振り返る。
演出担当の志麻くんと監督が何やら話し合っている間、坂田と適当なことでふざけ合っているのはいつも通りで、センラが我関せずといった態度でいるのも、いつも通り。

に、見せてるっぽいけど。

(踏み込むなって言われても………そんな顔されたらほっとけねえだろ)

「センラ、」
「わっ、うらたん…」

あまりにも思い詰めたような顔をしているから。不意に話しかけてみればやっぱり焦ったように意識を戻して、いかにもぼーっとしてましたよ〜って反応。

「みんな心配するから、せめてみんなの前では普通にしてて?」
「……ごめん」
「……うん、切り替えようぜ」

(調子狂うな〜もう)

志麻くんと何かあったことは分かったけど、これ以上踏み込むことは許してもらえなかったし、成す術もない。どうにかして元気づけようと思っても、気分を逆撫でする結果しか見えない。

「じゃ、1曲目から始めまーす」
「っはい!」

どうしたもんかと考えている間に各々の準備が整い、急いでフォーメーションを作る。間も無くして曲が流れ始め、4人一斉に動き出した。

振り付けやフォーメーションは前回のスタジオリハで習得済だから、今日は少しずつディティールを揃えられたらなって、

(思ってたのに……)

「サビの入り、しませんのお2人もう少し近づいた方が見栄えいいです!」

「センラさん、ちょっと志麻さんと距離遠いです!」

「ん〜、しませんのお2人、ここ身長差的に厳しいですか?」

「えっと〜、ここのパート、ペア変えましょうか!」

(グダグダすぎる………!!!!!)

動きがフリーの曲もあればダンス曲もある中、ダンス曲が挟まるたび振付師さんは俺らにアドバイスをくれる。
けど今日はそのアドバイスがほとんど志麻セン宛で、「今更そこ?」って箇所ばっかり。振り付けが対ついになったりするパートなんて、特に。

「いや、…‥大丈夫です。こっちで修正します」
「すみません」

その度2人は居心地悪そうにして、振付師さんもどんどん言いずらそうになって。俺と坂田も呆れ始めて。

(これじゃあ、埒あかねえ)

「すみません、ちょっと4人で話していいですかー?」
「あ、わかりました。じゃあ10分休憩挟みましょうか」
「お願いします」

結局俺は、リハーサルを止めて4人を招集することにした。
叱ってやりたいと言うより、みんなの時間を無駄にしていることを自覚して欲しかったから。

「あはは、2人とも調子悪そうやね〜」
「2人とも、言いたいことわかるよな?」
「あぁ…‥ごめんちゃんとやる」
「……毎曲そう言ってるよ、その結果がこれだよ」
「っ、ごめん」

坂田は2人を笑ってあげているけど、俺はそんな気にはなれない。

「2人が目立ちすぎて、俺と坂田なんにもアドバイスもらえてない」
「っ…まあまあ、うらさん、」
「2人して変に動き変えるから、俺も坂田も動きにくい」
「う、ん」
「そんな状態でダンスが完璧になってると思ってるなら、自分ら買い被りすぎ」

4人で作られた小さな輪。そこに落とされる俺の言葉は、どんどん4人の空気を澱ませ底に引き摺り込んでいた。そんな状況を客観視できるほど、俺は2人に意地悪をしている。

「踏み込むなって言うなら、それなりの態度でいて欲しい」

「みんなに迷惑かけるなら、帰って欲しい」

他人思いな2人は、俺がその役割を引き受けていること自体に、罪悪感を感じているはずでしょ?

たかが「2人」のピースがずれるだけと思っている2人は、それが「4人」のパズルをも崩してしまうことになるその意味にも、気づくはずでしょ?

(だから、やってるんだよ)

「集中しろ、今は仕事中だよ。優しくなんてしない」

「っはい、」
「ごめん」

嫌な予感がするんだ。
恋人だからと妥協しない2人が、恋人を言い訳になんてしない2人が、得体の知れない何かに振り回されてこんなにも動揺している。
きっといずれ、お前ら2人の問題じゃなくなる。俺ら2人も、きっといつか足を引かれる。

「でも。……突き放すとは、言ってないからね。……ふたりに、何があってもね。」

「………俺もうらさんに同感!よしっ!リハ再開しよ!」

「うん、ごめん、」
「…ありがと」

俺の言葉に2人が何かを迷うような、躊躇っているような顔をしていることに気づく。仲良くおんなじ顔。
本当は言って欲しい、相談して欲しい──そう思うけど、「踏み込まないでほしい」と言ったセンラの気持ちを今は尊重するよ。

いいよ。2人で解決したいならそれでいい。
でも、俺ら4人ずっと一緒にいるんだから。
辛くなったらいつでも足を引っ張ってよ。

パズルのピースは、
もうそこにしかハマれないんだから。

(大丈夫、ずっと味方だよ)

♢sn

「おふたり、いいですか?」

「……はい」
「うす」

あれから、俺らはほとんど会話を交わさなくなった。
恋人になる前の関係に巻き戻すだけのはずが、いつのまにかそれは形を変えて、俺らの関係は“他人”と呼んでいいほどにリセットされてしまっていた。

事実を受け入れることも、仲を修復することできないまま、時間は止まらずに進んでいく。

「この前の件、向こうになんて説明しましょうか」

運営曰く、俺らの関係について追求してきた記者から、返事の催促が来ているという。
おいしいネタに涎を垂らす記者は、痺れを切らしついには俺のところにまでDMを寄越した。ビジネス定型文をコピペしたような文面の向こうで、ニヤニヤと口角を釣り上げている顔が脳裏に浮かぶ。吐き気がする。志麻くんの元にも同じ文が届いていると思うと、もう。

「事実です……なんて、言えるでしょうか。そうなれば、うらたさんと坂田さんも交えて、話し合いした方がいいかと」

Twitterでも拡散され始めている俺と志麻くんの関係。憶測が飛び交い流れるタイムラインは、いつしか4人の活動をも悪い方向に飲み込んでしまうのではないかと、誰もが思っていた。

メンバーも、ファンも、スタッフも、誰も彼も。

 
──俺らずっと4人で、いれたらいいな
──浦島坂田船をずっと、信頼して応援します
──ツアー、みんなで絶対成功させましょうね

誠実でいたかった。この前、リハに集中できない俺たちを叱ってくれたうらたんみたいに。俺たちの周りにいてくれる大切な人にはずっと、真摯に向き合いたかった。
いつも支えてもらっている身で、あまつさえこれ以上迷惑をかけてやろうなんて、1ミリも、ないんだよ。

俺らには、守らなければいけないものが、多くなりすぎていた。

「お別れしたので、伝えてください」

「さぃ、……最初っからそんな事実はなかったと、そう」

「……………わかりました」

恋人だなんてたかが自己満足の口約束でしかないかもしれない。それでも俺たちは、その約束をお互いの合意の上で解消した事実を作らせた。隠すためじゃない。──無かったことにするために。

俺らの律儀さと理屈っぽさが招いたその結論は、もしかしたらあまりにも極端だったのかもしれない。

──志麻@浦島坂田船さんがツイートしました

──センラ@浦島坂田船さんがツイートしました

『なにやら噂が流れてるけど、そんな事実はないので惑わされないようにね』

『あえて内容には触れませんが、ソースのない話には騙されないでください〜』

俺たちが確かに感じ合っていた想いを否定するほど、俺たちが守りたかったものってなんだったのだろう。

♢sn

4人で集まる最後のリハーサル。本番はもう数日後。

「志麻センのおふたり、最終確認いりますか?」
「いや、さっきのリハで充分です。…うらたんと坂田は?」
「え?…あ、じゃあ…俺ら1回通してもいいですかね」
「分かりました。うらさか準備しますね〜」

あのツイートが投稿された後、それに何千件も付いたリプライには目を通さなかった。誰がどう思ってるかなんてどうでも良かった。いや、知りたくなかった。
綱一本で繋がれた今の意志なんて、一度揺らげばすぐにちぎれてしまうことは自覚していた。他の声なんていらない。呪文のように言い聞かせた己の声が、今はいちばん必要だから。

「……ふたり、話がある」

そんな時に限って、俺らのリーダーと末っ子は、無理やりにでも俺の意思を揺さぶろうと綱に手をかけようとする。

「…ん」
「、おう」

その手を振り払うことができたなら。

(触らないで、
何も言わないで、)

「2人が話してくれるの、俺と坂田、ずっと待ってたんだよ」
「……そうだよね」
「俺、突き放さないって、言ったよね」

昔、「普通に話してるだけで威圧感与えちゃうんだよね〜」って、うらたんは真面目が故に誤解されやすい質を嘆いていたことがあった。そこに責めるつもりは一切なく、ただ純粋に相手を案じているだけだということを俺は知っている。
だから今も、俺らを心配し努めて優しく問いかけてくれてるのだろうけど。

だけど、どうしても、今はうらたんの顔を見れなかった。

「あ、の」

ガクンと、右足が一歩後ろに下がる。

ねえうらたん、

この前、あからさまに距離を取り合う俺らを見て、「喧嘩したのか」って聞いたよね。あの時、俺を怖がっとるの、分かってたよ。分かってて、やったんだよ。

本当に怖がってたのは俺の方で、こうやって直接的に聞かれることに死ぬほど怯えてたの。
いつものしませんでいれないことに焦ったの。うらさかがうらさからしく自由に飛び回る姿に焦燥して、うらたんの言う「お前ららしい」が分からなくなって、比較するべきではないはずのうらさかと比較して、こんなの俺らしくないって、めちゃくちゃ怖くなったの。

「正直、2人の様子見てて俺もうらさんも焦ってる。もうすぐ本番なのに、このままじゃダメだってことは、……分かる、よな?」

ガクン。

だから、急にそんな、2人から責められたりなんかしたら──。

「……ツイートの通りよ。別れた。」

2人の空気に押され何歩も後ろに下がる俺の横で、小さく彼が言葉を落とした。

「……そ、れは、なんでそうしなきゃいけなかったの?」
「バレた、外に。ツイッターで拡散され始めたし、なによりネット記事に上がりそうになった。運営にも釘刺された。」
「そ、そうだったん?」
「…おん。だから、別れた」

舞い上がってたんだよ。
2人に認められて、それだけでいい気になって、バカみたいに幸せで。
でも、現実はそうじゃないんだよ。
世界にいるのは、俺ら4人だけじゃなかったんだよ。

「別に、別れなくても……隠そうと思えば、そうできたんじゃない…?」

「………そんなに、器用じゃないからさ、」

彼の視線が徐に下がっていく。みんなの兄貴と慕っていたはずの背中は、驚くほどに小さかった。

ねえ、俺ら、こんなにも怖いんだよ。俺らはもう、2人でひとつじゃないの。ただのひとりなの。
一緒にいた頃は、あんなにお互いの背中を信じ合ってたのに、今じゃその背中も他人なの。

「……活動の方が大事って、結論つけたんです。やっぱり、坂田とうらたんを巻き込むのは、違うからさ。……ええのよ、これで。」

それでも、ファンに見せてきた相棒としての俺らが嘘だったわけじゃないから。

また、並ぶから。友達として、志麻くんの隣にまた並ぶから。みんなの望むしませんをやるから。

(もうこれ以上、俺たちを責めないで、)

「心配かけてごめん。……いつも通り、やるから。」

(いいの、いいの、これでいいの)

「いつも通りできんの?そんなんで?」

「……やるよ」

「それが結論で、ほんまにいいんやな?」

「……いいんだよ」

「いつも通りの“しません”が、分かってんのか?」

「…………」

いつも通りって、なに…………?

ガクン、

♤sm

「頼むからもう一回話し合ってくれ」と2人から半ば無理やり勧められ、重い腰を上げてようやく集まった俺とセンラ。
2人がそう勧める理由もよく分かる。お互いが納得して別れていたなら、あんな態度はお互い取り合わない。仲の良さを取り柄にする俺らが、こんな状態でファンの前に立つなんて許されない。

でも、

(これが正解じゃないなら、どうしたらいいんだよ)

いつでも真剣にファンへ向き合ううらさかに飛び火のひとつでも行ってしまうことは許せなかったし、ドミノ倒しに4人の活動が崩れていくのも、想像したくなかった。
なによりも、不本意な出どころから大衆の目に晒され、この関係を良く思わない人間から心無い言葉を浴びて傷つくセンラを見たくなかった。

きっぱり潔く別れたという既成事実を作ってしまえば、きっと何にも恐れず堂々とできると思ったのに。

だから、俺たちはお互いを諦めたのに。

(どうしたらいいんだよ、)

俺の家で、小さなテーブルに向き合って、テレビや椅子の音も2人の声もなく、今やただカトラリーの音だけが鳴るこの状況に。食べたくもないパスタを行儀悪く突つくだけの俺らに。

(どんな言葉を落とせばいいんだよ)

底なしだった彼への感情は無理やり底を作らされて、底をついたその感情は行き場なくぐるぐるしてるっていうのに。
黄色が減ってつまらなくなった日記もスケジュール帳も、見てみぬふりしてるのに。
お揃いだったあれもこれも、思い出と一緒にクローゼットの奥に押し込めたのに。
「おやすみ」と囁くお前の声を連れて見る夢も、いまはもうひとりぼっちなのに。

これ以上、俺らになにをしろっていうんだよ。

(教えてくれよ、)

先に耐えられなくなったのは、センラの方だった。

─────ガシャん、!ばリ、パリん、

ちらばった、パスタと、おさら、それからおみず、コップ、

出来合いのもので済まされた、パスタたちが
突如、目の前の長い腕によって勢いのまま
テーブルの、左から右へ
そして、床へと一掃され

大きな音を立てて、ゴミと化した

時が止まったのは、約10秒。

「………………近所迷惑やろうが」
「………」

まるで映画のワンシーンを観ていたかの如く、その光景を流し見てフォークを持ち直す俺は、動揺を超えて見当違いな言葉を落とすだけだった。
その目の前で、長い腕の持ち主は人形のように椅子に座ったまま、パーマの緩んだ茶髪をだらしなく垂らしている。

「…………………………………、作り、なおします」
「ええよ、怪我は」
「……ない」
「ん」

テーブルの飯を床にぶちまけておいて、何事もなかったように白々しく「作り直す」だなんて。そう言いながら一動もしないセンラに、意味のない制止の言葉をかけ俺はテーブルを立った。

さっきまでは華やかに見えた無残な夕食たち。粉々になった皿。
こんなにも床の上には彼の感情が散らばっているというのに、椅子から未だ動かない彼は、脅威なほどに無感情を纏っていた。

「せんらがやりますから、」
「怪我するから座っといて」

(なにが、オトナだよ)

2人してまるで、背だけ伸びた子どもみたいだ。
手に負えない感情に混乱して、傷つけるだけでどうしようもできなくなって。
その傷を治すのももう手遅れなのに、俺たちはまた飽きもせず、手に負えない感情に己のコントロールを失うんだ。

こんなん、どうしろっていうんだよ。

「危ないですから、」
「……座っとけって!!!!」

大小散り散りになった皿を半ば投げやりにかき集める。おしゃれな丸いフォルムに隠されていた鋭利な破片は、本来の役割を無くし、無遠慮に指の端々を突き刺していく。

いたい、

「……血、ッ」
「…ええから、お前は触るな」

いたいな、

「、きゅ、救急、ばこ、」
「……」

なんで、

「てぃっしゅ、どこっ、」
「…………」

なんでだよ、

「…………しまくん、」
「……………………」

なんで、そんなにお前は愛おしいんだよ

皿が割れたって、床が水浸しになったって、夕飯がなくなったって、でかい音が鳴ったって、お前は髪の一本すら動かさなかったというのに。

なんでお前は、俺が血の一滴や二滴垂らしたくらいでそんなに焦るんだよ。

(なんでだよ、)

こんなにお前は愛おしいってのに、

なんで俺はお前を幸せにできないんだよ

♡sk

「、すみませんっ、うらたさんと志麻さんが、!」

──喧嘩、しててっ……!!

ライブ本番前日の地獄、地獄。

「何でそんな頭硬ぇことしか言えねえんだよ!!」
「じゃあどうしろって言うねん!!」

会議の休憩中、突然女性スタッフが真っ青な顔をしてトイレから出てきた俺とセンラを捕まえた。
そのスタッフの焦り具合に感化され、目を合わせたのち半ば混乱状態で会議室に戻りドアを開けたら、そこは既に手遅れのような状態だった。

「この状況が最善策じゃないことぐらい分かれよ!!」
「っ、っんなこと……!!俺が一番わかっとる!!」
「分かってねえからこんなことになってんだろ?!」

(な、何が起きてんねん、っ)

今にも手が出そうな勢いで言い合いをする2人は、優しい兄貴分の面影を一切なくしていた。

女性スタッフによれば、休憩時間に入ったあと会議室にはうらさんと志麻くんしか残らず、2人が言い合いになっていることに誰も気づかなかったらしい。気づいた時点では時すでに遅く、激昂する2人を誰も止められずここまできてしまったという。

「ちょ、ちょっと!何してんのふたりとも!」

「え、あ…」
「……センラ、どう止めるよこれ、」
「……っ」
「センラ!」

今までは喧嘩してる友達がいたって後ろから黙って見てたような人間だったのに、こんな時になって突然立たされた仲裁の立場。
年上の放つ威圧感は、年下の権力でいつも甘えん坊になっていた俺とセンラを見事に押し潰していた。

すると、

「ッ渉お前、まじでいい加減に……!!」
「なんだよッ!!」

ガガッ、長テーブルがずれて
ガシャ、パイプ椅子がぶつかって

「うらさん、まあし…!!」

俺らがもたもたしている間に喧嘩はヒートアップし、ついに互いが互いの胸ぐらを掴み上げた。

(これ以上は、やばいっ…!!!)

殴り合いとまでは行かずとも力がこもる状態の2人に触れたら、その力のまま腕やら体やらがこっちに飛んでくるかもしれない。危険なのは分かってる。

でも、大好きな2人の喧嘩は、見たくないんだ。
隣で足を棒にしているセンラを見たら、もう、俺が飛び込むしか、なくて。

「ふたりともっ、手ぇ離してっ、!」

だけど、いくら身長が低いと言っても力の差なんてほとんどない。もちろんその力量で2人の力を一挙に制御できるはずもなく。

「……ッさ、坂田!いったん離れよ、危ないって、っ」
「やって、こいつら止めないとっ…!」

その力に押されそうになったところで危険をようやく察知したセンラが、俺の体を引き剥がそうとした。

とき、

「っっ、離せやっ………!!!」

──パぁン、っ

「っい゛……っ」

乾いた音、静まり返る空間。

時が止まったかのように思えたその瞬間、ふらりとよろける影が視界の端で動いて、後ずさるような靴の音が響く。
その音にハッと意識を戻され影を追えば、センラが顔を押さえて俯いていた。

「っ、手ぇ当たった…?!センラ!大丈夫か、!」

咄嗟にセンラへ駆け寄り顔を覗き込めば、左頬がじんわりと赤い。目をぎゅっと瞑って痛みに耐えるセンラの目尻には、涙が滲んでいた。

「っ……!! せ、せんら、大丈夫っ、?」

その衝撃で正気に戻ったうらさんが、センラへ慌てて近寄り声をかける。釣り上げていた眉を最大限に垂れさせ、「ごめん、ごめん、ごめんね、」とセンラの左頬に触れて何度も謝罪を繰り返した。

その、そばで、ただ突っ立ってる男

「……まーしい。あんたの手が当たったんやろ」

4人で揉み合いになった時、憤りを隠そうともせず「離せ」と俺の手を振り払おうとしたのは、志麻くんだった。結果、その手は俺を空振り、隣にいたセンラに──。

「……謝れや」
「…………っ」

なのにこいつは、目を見開いたままセンラを打った右手を震わせ固まるだけだった。

「っ、謝れや!!!!!!」

「………ええんよ、坂田、しゃあないわ」

そんな志麻くんを責める俺に対し、笑いながら「大丈夫やから」と言うセンラ。赤くなる頬と未だ涙の滲む左目はどう考えても痛みを訴えているのに、この地獄みたいな空気をどうにかして和らげようとするその姿は、自分を顧みないこいつの悪いところだった。

(そうだ。こいつは、とことんアホなやつだった。)

だって、勝手に喧嘩して、関係ない俺らに当たって、挙句謝らない?挙句「ええんよ」?

志麻くんと別れてからあからさまに痩せて顔色も悪くなってやつれたお前に、そんな強気なこと言わせるなんて。

(そんなの、俺が許すわけない)

「しゃあなくないわ。お前優しすぎんねん。」
「無理に止めようとした俺らも悪いって。とりあえず落ち着こう?」

「………甘すぎんねん。お前は」
「さかた、」

「お前は、まーしいに甘すぎんねん………!!」
「っ、」

うらしまの喧嘩の理由なんて、聞かなくたってわかってる。

俺らの活動のために恋人でいることをやめた志麻センは、不器用を極めていつまで経ってもギクシャクした関係を続けていた。
うらさんはそれをずっと憂いていたから。2人が距離感を掴めず他人のように振る舞い合う姿を見て、ずっと心配の目を向けていたから。お前らの好きにしていいんだよって伝えたかったはずが、リーダーとしての焦りも相まって、どこかで思いの伝え方と受け取り方を間違えてしまったんだろう。

(おれらに、甘すぎんだよ……わがままに、なれよ)

どれだけギクシャクしても、結局はお互い優しくしかできないくせに。本当は好き同士のくせに。友達の枠になんてハマれないくせに。
言葉や感情を簡単に飲み込んでしまうお前らが、その感情を伝え合って通じ合えたことは、きっと人生で二度とない奇跡だったのに。

ただ、俺らに迷惑をかけたくない一心で。

そんな自分の犠牲を厭わない悪いところは、2人して同じだった。

「…………うらたさんに掴みかかったのも、坂田に喧嘩を止めさせてしまったのも、………センラを、打ったのも、全部俺や。ごめん、こんなことになって、……傷つけてばっかで、ごめん。」

誰一人声を発さなくなった空間にそう言い残し、「頭冷やす」と出て行った志麻くんを、俺らはただ見ているしかなかった。
誰のせいにもせず、責任を全部背負ってひとりになろうとする彼の背中はあまりにも寂しく、俺らにまだ壁を作っていたあの頃を彷彿とさせた。

「ふたりともごめん、……おれ、まーしいと喧嘩したいわけじゃなかったんだよ、責める気なんてなくて、なんて言えばいいか、分からなくてっ、せんらにも、なんて伝えたら、いいか、っ」
「…ええようらさん、わかっとる、分かっとるから」
「でも、っ」

「………おれらふたり、もうダメなのかも」

「センラ、?」

俺らの言葉に上の空で、ただ志麻くんの出て行った扉を見ながらそう言うセンラは、自嘲しながらもその目からは涙が落ちていた。打たれた痛みとは、違う痛みか。

「丸く治まると思ってこの選択をしたんに、全く治まってなかったね。
うらたんも、さかたも、スタッフさんも、……しまくんも、だーれも傷つかないようにしたはずなのになあ。
あした、本番なのになあ。ッはは、あぁ、どうしようかなあ、

わからん、なぁ、

……どうしよぉ、っ」

 

お前ら2人して、毎日、毎時間、毎分、毎秒、ずっと考えてきたんだろう。起きてる間も、夢の中でも、ずっと。何が正しいのかを。何が間違っていたのかを。たったひとりぼっちで。

(でもさ、)

あれだけ志麻くんとうらさんがぶつかっても解決しないってことはさ。

多分、
もうお前ら、答え出てるんじゃないの。

「明日考えよう、明日になってからでいいよ。

きっと、分かるよ」

大丈夫だよ。お前らは、そのままでいいんだよ。

なにもだめなことなんて、ないんだよ。

♤sm

4つの色が、太陽を反射する水面のようにキラキラと揺れている。

この景色が好きだ。一生、続けばいいなって、失いたくないなって、そう思う景色。

「すげえ〜海みたいや〜」
「みんな〜手振って〜」
「わーい」

華やかな衣装に身を包み、マイクを握る俺たち。ファンがいるからこそ、俺たちが輝いてるんだと、いつも思わされる。それに応えたいと、いつも思う。

「……綺麗やねえ、」

それから、
俺のふたつ隣でその景色を眺め笑うセンラが、綺麗だと思う。
俺が隣にいなくても輝けるセンラを、美しいと思いながらも、また胸が痛くなる。

コップや皿が割れても動じないくらい、表情を殺してしまった日──
俺のせいで頬に傷をつくり、その痛みに涙を滲ませてしまった日──
俺は、センラを笑顔にすらできなかった。

(こんなに綺麗に笑うのに。あんな顔、させるはずじゃなかったのに)

センラがメンバーに向いて笑う姿。俺と目が合うことはないけれど、それでもその顔は、何をもっても綺麗だった。皮肉だった。

「──それじゃあ、次の曲行きますか!」

セトリが半分終わって、着替えも終わって、そしてMCも終わり、後半戦。

4つの色が再び瞬き出したその瞬間、グッと明るくなったファン達の顔を見て、急激な不安に襲われた。

(俺たちは、みんなの望むしませんが出来ているのだろうか)

隣に立つとき、俺たちはうらさかのように相棒に見えているのだろうか。
2人のパートのとき、俺たちはうらさかのようにうまく声を重ねられているだろうか。
花道を歩くとき、俺たちはうらさかのように堂々と歩けているのだろうか。

おれ、なんでこんなにうらさかの背中ばっか見てるんだ。

(なにもかも、分かるわけねえよ)

暗転。

───ちゃんと話し合えたか?
本番前。その問いにただ首を振っただけの俺へ、緑は笑って。

───いいよ、ステージに立てば、きっと分かるよ
赤は、そう言った。

(分かりたいよ)

MC後のセトリは、4人のソロ。そのあとには、しません・うらさかのユニット。
ソロのトップバッターは俺。センラ、うらた、坂田とソロが続いて。

(それが終わったら、俺とセンラの出番……、)

暗転した照明から、徐々に4色が1色へと塗り染められていく。この場全てが俺の支配下だと思わせられるその瞬間はいつも、プレッシャーとそれを上回る優越感が俺を高揚させていた。
それなのに今日の俺は、これから控えているセンラと2人きりのステージを頭の片隅でずっと憂いていた。「やらないわけにはいかないから」と数回行ったリハーサルもただ、隣に立って歌って踊っただけ。それ以上表現する言葉もないほど、本当にそれだけだった。

そんな俺たちは、ファンに何を伝えたくて歌うんだろう。
彼女達の大事な時間とお金を奪ってまで、背を向け合う相手と歌って何がしたいんだろう。

俺は、センラと、どうしたいんだろう。

(ッ、ソロ、集中せなっ)

耳中で響くカウントに意識を引っ張り上げられ、慌ててマイクを握り直す。

こんな俺が、この場を支配していい権利も、センラの隣に立っていい権利も、あるわけがないのにな。



気づけば俺の出番は終わっていて、センラのソロを楽屋のモニターからぼうっと見つめていたところで、坂田に肩を叩かれた。

「……ぼーっとしすぎ」
「す、すまん」
「センラもまーしぃもずぅーっと空元気。……今日のライブ、俺、正直楽しくない」
「っつ………、」

そう言って正直にため息を吐く坂田を見て、びくりと肩が上がる。
普段は天然だなんて言われているけれど、坂田のライブに対する繊細なこだわりは俺たちをよく驚かせる。誰よりも目一杯ライブで“自分”を表現して、ファンに楽しいを届けたいと思っている彼なのに。
俺は、そんな彼を無理やり引き摺り下ろそうとしていて。

「………ごめん…」
「ちゃうって。ふたりだって、ずっと楽しくないやろ?」
「……うん」

「なにを怖がってんの?」

自覚していたことを突かれ自責で俯く俺に、坂田は心まで見透かすほど真っ直ぐな目で言った。その目を見るのが怖いと思うほど、ひたすらに真っ直ぐで、

「俺ら、俺ら4人は、ずっと一緒やで」

ひたすらに優しかった。

俺を兄だと慕いヒヨコのように甘えてきた坂田の姿はそこには無くて、今や立ち止まる俺の手を引いて、その屈託のない笑顔で俺を安心させてくれる。

「……でも、もう、これ以上迷惑なんて、」
「ええよ」

自分のままでいいと、好きなように飛べばいいと、教えてくれる。

「好きにしてええって」
「っ、そんなかんたんに、」
「簡単やって」
「……さかた、」

坂田が視線を移したモニターを見れば、いつもは堂々と自信を振り撒き空間を一瞬でモノにしてしまうセンラが、定点カメラからでもわかるほど体をガチガチに固め、声を震わせていた。

「まーしいもわかってるやろ、いちばん簡単なこと」
「…………」
「目の前にもう、答えが置かれてること」

坂田も、袖で待機しているうらたさんも、きっとその様子に気づいてる。何より、自分のステージに一寸の妥協も許さないセンラが一番に。

「お、センラ終わった。スタンバイいってくる!」
「……ん、おう。頑張って」
「へへ、さんきゅう!」

わかっている。坂田の言うことは、全部分かってる。

ぐちゃぐちゃになった糸を解く丸結びは、坂田の言うようにもう、「目の前に置かれてる」。これを解けばいいだけの、「簡単なこと」。
でも、ここまで心無い言葉と態度を浴びせ続けた自分が、今更彼にかける言葉なんて、手を差し伸べる権利なんて、

(………あるわけないっての)

「っハァ、すみませんだれか、ッハ、っ酸素、もらっていいですか、っ」
「おいセンラ?!大丈夫か!」

すると、センラが終わってうらたさんのソロがステージで始まっている中、楽屋近くの廊下からセンラと坂田の声が聞こえた。
苦しげな音と焦ったような音に、何か起きたのかと弾かれるように楽屋を出る。

「だいじょぶ、っなんか、ハァ、っケホ、いつもよりッ疲れたぽい、ッ、は…ッ」
「過換気やなこれ…、ええかセンラ!酸素なんて要らんからゆっくり息はけ!」
「むり、ッはぁ…っ、いいから、ふ、ハ…ァっ、!吸にゅ、!」

現場に向かえば、壁に寄りかかり激しく肩を上下させるセンラと、そのそばで必死に声をかける坂田。周りには既に数名のスタッフが集まっているようだった。
緊急事態であることを察し、状況把握のためスタッフを掻き分け2人に寄る。

(これ、過呼吸なるやろっ、)

「坂田っ!」
「あ、まあし!センラこれ過呼吸に移行しそうやわ、っ」
「ッみたらわかる」
「さかた……っ!!かこきゅ、っちゃう、だいじょぶやから!ッゲホ、早よ……!!、っハぁッ、ハッ……!」

呼吸が異常であることは一目瞭然なのに、センラは疲れただけだと吸入を欲し、みるみる空気を吸い込んでいく。坂田の声すら聞き入れず、その手を振り払おうと必死になっていた。

(……復活は時間かかりそうやな、)

「センラ、俺のいうこと聞け!!今吸入なんてしたら死ぬぞ!! …あ、ねぇまーし、!」
「スタッフさん、水とタオルお願いしていいですか。あと、ユニットうらさか先発にしましょう」
「っ相談してきます!」
「坂田、あとなんかある?」
「〜〜助かるっ!大丈夫!」

(俺も他のスタッフ達に話しにいかないと。うらたさんにもソロが終わったら説明しなきゃ、)

この状況じゃあ、従来のセトリでライブを遂行するのは不可能だ。
今回の演出を担当したのは自分だし、演出変更にかかる時間や手間も場数を踏んだおかげで理解してきた。俺がスタッフの元に走って周知徹底をはかり、センラのことは坂田に任せる──今俺たちに科された役割分担は、それが正解なはず。

(──でもっ、センラ、のこと、)

「俺に合わせろ、吸って、吐いて」
「ひっ、ハッ、ハッ、ァ……!」
「そうそう、うまいで」

ほんとうは、本当は、センラが心配で仕方がない。
俺には何千人ものファンを楽しませるための責任がのしかかっているというのに、今はそれすらも投げ打ってしまいたい我儘が己の背中を引き留めていた。

(っいやでも、今の俺がいたところでっ………)

「っだいじょぶ、ハァっ、さかた、ソロ、」
「ッセンラ、しゃべらんでええから」

(あぁ、早くしないと坂田のソロが始まってまうのに……っ!!)

センラのそばにいたいという気持ちとは裏腹に、今の俺には、坂田なしでセンラを安心させられるような材料を持ち合わせていなかった。相応しい免許を持っているからとかそんな問題じゃなくて、それよりももっと大事な仲間としての信頼が、今はこれっぽっちもないのに。

 

坂田がいなくなって 重症化したら?
俺がそばにいたせいで もうステージに上がれなくなったら?

(……ダメだ、やっぱり、坂田に、任せなきゃ)

「だいじょうぶ、ゲホッ、ハ…っ!さかた行って、っ!」
「センラ、っ」

優先順位と状況判断で頭をいっぱいにし、互いの手を押し合う2人の間で固まるしかなった、とき。

「もう、ひとりでっ、だいじょぶやからっ、!」

センラが、一際大声でそう叫んだのだ。

───ああ、おれ、何を迷ってんだよ、
この期に及んで、おれはまた、センラをひとりにさせて
また、ひとりで、泣かせるの

(そんなの、
もう許されないって)

(───センラは、俺が、守る)

「坂田、スタンバイ行って」
「まあし……!でもっ、センラは、」
「おれがみてる」
「セトリの変更も、っ」
「うらたさんにだって任せられる。な?大丈夫やから」

きっとここを逃したら、浦島坂田船も、志麻センも、そしてセンラも、全部こぼれて失ってしまう気がする。

(だから俺が、全部救う)

「ソロ!頑張ってこいよ!」
「〜〜……っ、ごめん、ありがとう……っ!」

自分の出番と仲間の一大事の狭間で葛藤する坂田。その責任感と優しさを十分に受け取りながら、ようやくその背中を押し出した。

「スタッフさん、うらたさんがはけたら状況伝えてあげてください!うらさかMC長めで、せめて5分、時間引き延ばして!」
「わかりました!」

「まあし、っはふ、ッは」
「……センラ?志麻やで」
「ごめ、っ」

坂田が舞台袖に消えていくのを見届け、早急にスタッフへ指示出しをする。それからスタッフが動き出すのを確認してセンラに向き直れば、坂田がしてくれた看病の甲斐あって、重症化は免れたようだった。

「大丈夫、ここいるから」
「こんなときに、ごめんっ」
「うらさかとしませんチェンジしてもらうし、キツイと思うけどギリギリまで休も」

少しのセトリ変更でとりあえず状況は収まりそうだと安心し、センラへ水を手渡す。顔にびっしょりと掻いた汗をタオルで拭き取り前髪を整えてあげれば、彼は泣きそうに俯いた。

「まあしっ、も、行っていい、ひとりでっ休める、」

(っそんなこと、言って……ッ、)

顔も上げられないくらい、苦しいんだろ。
胸を押す手も、躊躇いが混じってるんだろ。
ひとりでなんて、いられないんだろ。
そのくせ、ひとりでいいと頑なに俺の胸を押そうとして。

 

「……もう、ひとりにせんから、っ」

 

「……っしまく、」

俺が今、いちばんしたいのは、センラをひとりにしたくないと、ただそれだけだった。

こんな状況に陥った原因の答え合わせなど、今更必要なかった。センラの謝罪を聞きたいわけでも、なかった。

「………もう、“他人”になんて、なれないんだよ…っ」
「…?まあし、?」

こうなったのは、全部俺のせいだったんだ。

一番大切にしたかったはずのお前を、一番に切り捨ててしまったせい。

俺に振られて「わかった」と言うしかなかった後も、
「最初から恋人にならなければよかった」と俺に言い捨てた後も、
初めてうらさかに「活動の方が大事」と告げた後も、
俺がお前を「友達」と突き放すたびにも、

お前をずっと、ひとりで泣かせてしまったせい。

お前を、他人にしてしまったせい。

 
(全部、俺のせいや……っ)

「……ごめん、」
「…?」
「センラ、ごめんな、っ」
「しまくん、?」
「俺のせいや、ぜんぶ、……ひとりにしてごめん、ずっと、泣かせてごめん……っ」
「っし、まく」

センラがソロで力を発揮できなかった時から今の状況まで、俺は自分の罪から目を背けていた。いや、俺がセンラを振った時から、ずっと。俺のせいだと認めた先の責任を恐れて、勇気が出せなかった。俺らを認めない周りが悪いのだと、ずっと被害者ヅラしていた。

きっと狡い俺は、センラがこんなことにならなければ未だ何事もなかったように、平気でユニットを歌ってた。
きっと逃げっぱなしの俺は、隣で震えるお前を置いて、平気でステージを降りてた。

他人のふりを、続けてた。

「情けなくてごめん、っ俺が、守らないといけないのに、守るふりして、逃げてただけやった……っ」

こんなにもセンラは泣いていたのに。
呼吸を奪われるほど、助けを求めていたのに。

お前が愛おしいと思っていたのに。

幸せにしたいと、思っていたのに。

「顔、あげてや」
「っせん、」

「……守ってくれたやん、」
「え、?」

「今、しまくん、ここに居って守ってくれてる」

情けなくも謝罪を繰り返し涙を流す俺に、センラは目元のメイクよりも一層血色を濃くして、そう俺に笑いかけた。久方ぶりに見る、俺だけに向けた笑顔だった。

「……ふは、やっとしまくんにさわれたぁ」
「〜〜〜……っ!!」

それから恐る恐る、俺にゆっくりとしがみついて、嬉しそうに顔を寄せるから。

「うわ、っ」
「センラ……ッ、!」

俺はいじらしいその手と細い体躯を引き寄せ、ひたすらに掻き抱くしかなかった。
凍ったこころを簡単に溶かすこの体温も、俺の半分になってくれていたこのカラダも、どうしてあんな簡単に切り離してしまったんだろう。

(ばか、ほんまに、俺ってバカ、)

「もう、ひとりでいいなんて、……言わないでくれ」
「うん…せんら、ひとりに、なれんかったよ」

あんなに遠回りしなくても、このカラダひとつで、何にも怖いことなんてなかった。

おれも到底、ひとりになんて、なれやしなかった。

「……まあし、ひとりは、さむかったね」
「っうん、ッ」

「まあしい」
「…うん、」

「わがまま、言うていい?」
「うん、なあに、」

「……ただのともだちになんて、もどりたくない」

ねえ、
 

(俺らの答えって、これが正しいんじゃないの)

「すきです、しまくんがすきなんです」
「っ、」
「………はなれたく、ないんです」

俺ららしいしませんでいれたのは、お互いが一番の理解者になって、隣にいながらも心地いい距離を保ってさ。でもそこには、絶対的な好きの感情があったんだよ。愛してるが必要だったんだよ。それが俺らを形成してたはずだったんだよ。

なのに、必要だった感情はがんじがらめにされて、隣にいることもできなくなって、触れることもできなくなって。俺はただ、お前を傷つけることしかできなかった。俺からの刃を受け入れ続けて、お前はもう血だらけだったのにな。

「センラ、」

それでも、こんな俺を許してくれるのなら、

もう泣かせないから。
ひとりで歩かせないから。
一生かけて、その傷を癒すから。

これからも、
俺が必要だと、言ってくれよ。

「 愛してる 」

お願いだから、

(俺のそばに、いてくれよ、っ)

♢sn

「はぁ〜〜〜!打ち合わせなしでMC引っ張るの大変やったんやぞ!」
「ご、ごめん2人とも……」

「センラ、体調大丈夫?」
「大丈夫、うらたんも心配かけてごめんね」

志麻くんとふたり、急いで舞台袖にスタンバイする。イヤモニを通してうらさかに準備ができたことを伝えれば、2人はどっと疲れた顔をしてステージを降りた。

「まーしい!センラのこと任せて良かった!」
「坂田がギリギリまでいてくれたおかげや、ありがとう」

俺が立てなくなっている間、坂田と志麻くんが切羽詰まった様子でいたのは傍でなんとなく感じていた。坂田をなんとかソロステージに押し出した後には、ソロを終えたばかりのうらたんの指示出しが響いていたことも知っている。
坂田にも、うらたんにも、いっぱい言いたいことはあったけど、今はそれよりも大事なことがあるから。

「ほら、後にしろ。曲流れんぞ」
「はいっ」
「行ってくる」

暗転したステージに2人で向かい、中央に立つ。

「センラ、」
「ん、はあい?」

「怖くないからね」
「んふ、うん」

暗闇の中、こっそり指を繋ぐ。その指はすぐに離れたけど、不安や恐怖はない。マイクを握る手にも、ステージを踏み締める足にも、震えなんてない。

「隣、おるからね」
「せんらも、いるからね!」

イヤモニからカウントが始まり、爽やかなピアノの音が響く。心地よいメロディが重なって。

(やっと、ふたりでうたえる)

そして、明転。

紫と黄色に塗り替えられる、会場の海。

(う、わぁ)
 
ずっと味方だったはずのファンをも敵に感じ、黄色の海に真っ向からプレッシャーを押し付けられ、思うようにソロ曲をこなせなかった数十分前。
この黄色が2色に増えたとき、俺はどんな顔をしてファンに向き合えばいいのかと、ずっと考えていた。

──ずっと隣にいてね

そして、いつしか彼がそう言ってくれたことを突然に思い出して、息ができなくなった。
ファンはそうやって隣にいる俺たちを求めて、そんなしませんを認めてくれているはずなのにと。
隣にいない俺たちを見たら幻滅するかな、嫌いになるかな──そんなことを考えれば考えるほど、サイリウムの波がどんどん大きなものに見えて怖かった。
彼が隣にいないことをまた自覚して、立てなくなった。

「──煌めくこの感動を
何度だって君と見つけたいから、」

でも、今はめちゃくちゃこの海が綺麗に見えるよ。

「大丈夫
迷うこともあるだろう
無駄なことなんてないさ」

「舞い上がれ
花は咲き誇るだろう
一つずつやればいいさ」

目があって思わず泣きそうになった俺を、迷わず抱き締めるその紫にまた涙が滲んで、

2色から、4色に増えた海に、

俺らを外から勢いよく包んだ、赤と緑の温もりに、

今度こそ、俺は涙を流してしまうのだ。



終演後、楽屋に戻った俺たち。

「ふたりとも、ほんまにごめん、」
「……迷惑かけて、ごめんなさい」

あれからなんとかユニットも歌い終えて、そこからは滞りなく演目をやり終える事ができた。みんなとハイタッチを交わしたあと、俺たちのゴタゴタに付き合ってくれた2人にコトの顛末を話し改めて謝罪していたはず、なんやけどなあ。

「ほんま、坂田とうらたさんのおかげで、」
「そんなことはええねん」
「エッ」

「そうだよ。それより、な?」
「まーしい、ちゃんとセンラに言わなあかんことあるやろ!」
「ウッ」

「まーしい、漢になれ〜」
「このままだと帰れねえからな〜」
「……………………わかってます…」

(あれ、流れ変わったな)

いつの間にか謝罪の空気は断ち切られ、志麻くんは坂田とうらたんに囲まれて逃さねえからと言わんばかりの勢いで凄まれていた。
まさか謝罪に対し「そんなことはいい」なんて言われるとは思ってなかったけどな。

(ウケる、カツアゲやん)

さっき2人で話した時は時間がなくて、伝えたい気持ちも言葉もたくさん飛ばしちゃったから。「今度こそ、ちゃんと話せよ。もっと言うことあるだろ」って、またリーダーに背中を押されてしまい、なぜか2人に見守られながら告白大会が始まったわけだ。

「えっと〜、なにから伝えたらいいのか…」

「ウジウジすんな〜」
「ダサいで〜」

でも、2人の気持ちも分かっている。俺たちの軋轢に巻き込み、何度も悩ませ、ずっと焦ったい思いをさせてしまっただろうから。何度もぶつかり合って、俺たちに一生懸命になってくれていたから。

「まず、………いままでごめん」
「うん」

「簡単にセンラのこと振って、ずっと傷つけて、ステージにも満足に立てなくさせて、…ごめん」

でも、そんな2人が求めていた言葉とは裏腹に、俺に向き合った志麻くんから発せられる言葉は、さっきたくさん聞いた謝罪ばっかりで。

「うん、いっぱい聞いたで」
「!っだ、…だよね」

「まぁぁあしい〜〜〜」
「まーしいッッ!!」
「っちょ、ふたりとも焦らせんといて!」
「ふはは!」

(ふたりが、やさしくてよかった)

きっと2人は、気を抜けばすぐ不穏な空気になる俺たちを心配して傍にいてくれてる。
俺だってもう、お通夜みたいな雰囲気で話したいことなんてないよ。あなたから欲しい言葉はもう、ひとつしかないのになあ。

「お……、おれ、センラと離れて、ずっとキツかった」
「うん」

「センラがいないと、なんも、できんかった。……ひとりは本当に、つらかったっ、」
「……、ん」

公演中、「ひとりで大丈夫」と頑なだった俺に「ひとりにさせない」と抱き締めてくれた彼のカラダは、その実「ひとりにしないでくれ」と叫んでいた。ひとりの苦しみから、助けて出してくれと。

ぽつぽつ、目の前で彼が言葉を落とすたび、その苦しみがまたカラダがこぼれ落ちていくようだった。

 

「諦めようってなんかいも思った、それでセンラを守れると、おもってた」

「けど、諦めようとするほど、センラに対して…その、厳しい態度を、とってしまって、」

「泣かせてばっかりで、」

「なにが、正しいのか、わからんくなった」

俺を振ったあとの志麻くんは、いつでも冷静で、それでいて残酷なほど冷徹だった。でも、その態度は自身を律するためのケジメで。
「俺らは友達だ」と、「ただのメンバーだ」と何度もそう繰り返してきたあなたは、俺を説得するためじゃなくて、きっといちばんに、自分自身を説得したかったんだよね。

自分に厳しいあなたのことだから、
責任感の強いあなたのことだから、
俺を何より優先するあなたのことだから、
助けて欲しいなんて、言えなかったよね。

謝ることなんてないんだよ。
自分のせいだなんて責めるけど、全部俺のためだったの、知ってるから。

ねえ、

「センラも、センラもね。

本当は、ずっと諦めようと思ってたの。」

お互いの感情が、お互いの場所にあってはいけないことを突きつけられてから、ずっと。
いつか、その感情が新しい居場所を見つけて離れられるようになるまで、我慢しようと思ってたの。

「それが、ふたりのためになると、思ってた。」

「けど、けどさ、」

既に、あなたはセンラの全部を持ち去った後で、センラには自分で歩く足もなくなってるわけ。

好きの感情だってさ、あなたが居場所だったの。ここじゃないって言い聞かせても、言うこと聞かんの。

「やっぱり、間違ってるわけなんてなかったよ。こいびとでいることが、俺らの正解だったよ。」

バカだよ。
そんなやつが、ひとりで歩けるわけないじゃん。
そんなふたりが、ひとりになれるわけないじゃん。

「せんら、」
「うん」
「おれたち、一緒にいていいのかな」
「…センラは、いたいよ」

「せんら、」
「…っうん」
「おれたち、好き同士でいていいのかな」
「…せんらは、まーしいを好きにしか、なれないよ」

「……っ、センラ、」
「……はい」

いつの間にか、ふたりきりになっていた空間。

「………ずっと、ずっと好きでした」

「おれと、付き合ってください」

真っ直ぐな彼の言葉に頷いたあと、リップの乾いた唇が重なって、
俺たちは、ようやく正解に辿り着いたんだ。

(もう、ひとりにしないで、)

(ずっと、そばにいて、)

ねえ坂田、

こんな俺たちでも、4人でいてくれる?

ねえうらたん、

こんな俺たちでも、突き放さないでいてくれる?

「……よかったやん」
「よし、打ち上げ行くぞ」

幸せになるために生まれてきたんだから

好きな人と、一緒になろうよ

『 ご報告
 
浦島坂田船の志麻とセンラより、
  crewの皆様へ────         』

Bạn đang đọc truyện trên: Truyen2U.Pro

#kntrtmemo