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Chiều cao dòng

ほりきた
あやのこうじきよたか
「何かを残す……。それはあんたのように眩しい人間にしか出来ないことだ」
そう否定したが、堀北兄は納得する様子を見せなかった。
「もし学校に対して何も残すことが出来ないのなら、生徒たちに残せばいい。綾 小路清隆
という生徒がいたという記憶を、刻まれた生徒たちは忘れることはないだろう」
オレの存在を誰かの心に刻む。
そんな風には考えたこともなかった。
「おまえが妹を成長させようとしてくれていることには感謝している。だが、その程度で
終わる男じゃないことは、この1年を通じて十分に理解できた。おまえは巨大な強さを秘
めている。だからこそ……失望させてくれるな」
生徒会長、そして高度育成高等学校の先輩としての叱咤激励。
「縛りの中で自己を追い求めるのなら、3年間の中で周囲の記憶に残る存在になること
だ」
「記憶に残る存在か。2年や3年の途中で退学するかも知れないけどな」
「おまえが何らかのアクシデントで3年を待たずして退学する運命になったとしても、記
憶に残すことは出来る。3年間を振り返った時、綾小路清隆がいて良かったと1人でも多
くの生徒に思わせることが出来れば、それは成し遂げたことと同義だと俺は考える」
改めて言われ、オレは心の中に言葉が少しずつだが確実にしみこんでいくのを感じた。
しったげきれい
231 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「なるほど……な。よく考えてみる」
今、それがオレに答えられる精いっぱいの回答だった。
「それでいい。答えは俺が導き出すものじゃない、おまえが導き出すものだ綾小路」
南雲率いる生徒会のことも、堀北妹のことも、そして学校のことも。
最後に決定するのはオレ自身。
この世は成長する材料で溢れている。
どこにでも、己を高めるためのヒントは落ちている。
今、こうして堀北兄と対峙していることもそうだ。
このまま水面下で静かに残りの学校生活を送れたとして、確かに何が残るだろう。
オレの想い出。ただ、漫然と楽しかったと思えるような記憶。
最初はそれで満足だった。
だからこそこの1年間、極力静かな生活を送ってきた。
だがそれは答えじゃなかったのかも知れない。
この学校に来たことにも意味がある。
その通りだ。
「最後の最後に、妙に説教臭い話になってしまったな。許せ」
232ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
いや。後輩として先輩から最高の言葉をもらった気がする」
ほりきた
なごりお
あんたと別れるのは、どこか寂しい。
そう言いかけてやめた。
「ふっ……お互いにらしくない一面を見せてしまったようだな」
距離があくと分かっているからこそ、話し合えることもある。
そして、言葉にしないからこそ分かり合えることもある。
「そろそろ行くことにしよう」
2時10分を過ぎて堀北妹が現れないことを感じ取ったのか、兄貴がそう言った。
そしてどこか名残惜しそうに学校を、1年生の寮の方角を見た兄。
来るはずだった妹の不在。
誰にもこの展開は予想できなかっただろう。
それがおまえの答えなのか? 堀北。
そう疑問を感じずにはいられない
確かに兄妹にはちょっとこじれた関係が構築されていたことは認める。
だが、それを壊すためにおまえは何年も苦しみ続けたはず。
そしてやっと、正解に辿り着こうとしていた矢先だった。
ポケットの中に手を入れ携帯を掴む。
ここは強引にでも兄貴と会わせておくべきではないだろうか。
きょうだい
233ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
つか
一瞬であっても、一目であっても、それが堀北の糧になるのなら多少強引な手も……。
いや――そんなことをしても逆効果か。
雪解けしかけている兄妹の関係に亀裂を入れることにもなりかねない。結局会うか会わ
ないか、会いたいか会いたくないかは両者の想いが重なって成り立つもの。
第三者が介入すべきことじゃない。
「すまないな。最後まで妹が迷惑をかけて」
こちらの感情を見透かすように、堀北兄は静かに謝った。
「オレは何も被害を受けてない」
背を向け、この学校で3年間先頭を走り続けた男が去って行く。
「この3年間。俺は立ち止まることなく、先頭を歩き続けてきた自負がある」
それは総括だった。
3年間を振り返る堀北兄からの最後の言葉。
「途中、大勢のクラスメイトを失った。他クラスの生徒もそうだ」
Aクラスで卒業したことに対する喜び、そんなものは微塵も感じさせない。
かといって、悲観するわけでもない。
起こった出来事を粛々と振り返る。
「結果的に卒業までに、合計4名もの退学者を出した。3年生の時だけで3名だ」
それは例年と比べると多いのか少ないのか、オレには分からない。
234ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
また、
2年の南雲たちが、確か冬の段階で7人の退学者を出していたはず。
「おまえたち1年生は、まだ3人だったな」
学年を跨ぐごとに厳しくなっていくことは想像に難くない。
「課題を乗り切れなかった生徒が落ちるのは必然なんだろ?」
「確かにそうだ。脱落していく生徒は、基本的に水準を満たせなかった生徒。だが、時に
は優秀な生徒を失うこともあるだろう」
誰かを庇ったり、あるいはより強大な相手に罠にハメられたり。
予定外の生徒が消えていくことは、必ずしも不可思議なことじゃない。
「学校のやり方を疑問視する声もある。しかし、俺はこの学校にはとても感謝している」
理不尽に仲間を失うこともある学校のやり方を、堀北兄は否定しない。
「この学校では、生徒たちが日本の将来を担うために教育を学んでいる。100人が10
人、当然その適合者になれることはない。それはどんな大学や企業に就職する者もそう
かば
ほりきた
だ」
235ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
向き不向きだけじゃなく、様々な結果の果てに合否が判断される。
「俺はその理念を学ぶことが出来た。ここを出た後、生半可なことでふるいから落とされ
ることはないと肌で感じている」
それだけの成長をさせてもらったということか。
すずね
果たして同学年でどれだけの生徒がこの高みにまで上り詰められただろうか。
「ここまでだな」
正門。あと数メートル先の門を見つめる。
そして最後にオレと向き合う堀北兄。
「一方的な願いになるが、鈴音のことはおまえに任せた」
その言葉を受け、堀北兄はオレに右手を差し伸べてきた。
「握手してもらえるか」
「ああ」
差し出されたその手を、オレは握り返す。
握手とは、自分の手と相手の手とを握り合わせる行為。
握った堀北兄の手は不思議な力強さを含んでいた。
そしてどちらともなく手を放す。
「また会おう、綾小路」
そう別れを残し正門へと近づいていく。
ここを抜けてしまえば、誰にもどうすることは出来ない。
最短で2年。あるいは退学という道でしか兄と再会することは叶わないだろう。
そしてオレもまた、二度とこの男と会うことはない。
あやのこうじ
236ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かな
「兄さん
オレの後ろから叫ぶ声。
それが誰の声であるかなど、この状況では疑問を抱く余地もない。
その声を聞き、堀北兄が足を止める。
どうやら最後の最後、ギリギリで間に合ったようだ。
正午を過ぎ、あと数メートルで引き離されるところ。
もしあと1分到着が遅れていたら、その顔を見ることは叶わなかっただろう。
兄貴が振り返った時、その瞳に初めて見る驚きが強く含まれているのが分かった。
妹が来たことがそんなにも意外だったのか。
もちろんそれもあるだろう。
そう思ったが、そうではなかった。
いや、それだけじゃなかった、というべきか。
驚いた真の理由、答えはすぐにオレにも分かる。
「おまえ……」
237ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
はりきた
予定の時刻を過ぎ、焦って走ってきたであろう堀北が息を切らせてオレに並ぶ。
だが今この時間、堀北にとってオレは周囲の景色と同じ。
視界には映っていない。
そして呼吸を整えながら兄の下へと一歩近づいた。
「遅くなってしまって、すみませんでした……!」
そう頭を下げ謝罪する。
どうして遅れてしまったのか。
普通ならそう問うているだろう。
「いや――」
しかし今回に限っては、その理由は答えるまでもない。
一目見て、その理由を悟れる。
困惑、いや純粋な驚き。
昨日の堀北と今日の堀北には大きな違いがあったからだ。
これだったのか。
この学校に入学して、堀北兄がすぐに妹が成長していないことを見抜いた理由は。
堀北学は堀北の状態を見て言葉を失っているように見えた。
オレもそうだ。
この最後の別れの日。
238ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
堀北は、遅れることを覚悟でこの場に臨んだことがよく分かる。
そんな妹を、兄が叱れるはずもない。
「変われたようだな」
妹が現れたことにどこか安堵した様子の兄貴は、静かにそう言葉をかける。
「私は……変われたのでしょうか」
「いや――――少し訂正しよう。昔のおまえに戻れたんだな、鈴音」
それは始まりではなく、原点回帰だった。
「1年、いいえ……何年もかかってしまいました」
息を整えながら、兄からの質問にゆっくりと答える堀北。
「どうしてもっと、もっと早く自分を取り戻せなかったのか……悔やんでも悔やみきれま
せん」
一歩、堀北は自分から兄の下へと距離を詰めた。
「今何を考えている」
「何でしょうか……。正直、まだ混乱している部分が無いと言えば嘘になります」
言葉が上手く続かず、戸惑う堀北。
その様子を穏やかな瞳で見つめながら、堀北兄は言葉が紡がれるのを待つ。
「ですが、これだけはハッキリ言えます。私は……ずっと、ずっと兄さんの影だけを追い
続けてきました。だけど、そんな私は、もうここにはいません」
うそ
うま
おだひとみ
239ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
兄のことだけを想い、兄のためだけに生きてきた堀北鈴音。
勉強もスポーツも、全ては自身の兄に認めてもらうため。
「なら問おう。俺の背中を追うことをやめたおまえは、これからどうしていくのかを」
兄からの問いかけ。
堀北は呼吸を整え、更に言葉を紡ぐ。
「もう、誰かの背中を追うのはコリゴリですから。私は私だけの道を探します」
今、まだ堀北は自らの迷いを抜け出しただけに過ぎない。
周囲をやっと見渡せるようになったばかり。
それでも足は止めていられない。
「そして ―」
自分で自分の道を歩く。
それは簡単なようでとても難しいこと。
それを示せただけでも、兄にとっては十分な贈り物だったはずだ。
しかし、堀北はそれだけで終わるつもりはないようだった。
「私は、これからクラスメイトのために自らが前を歩いて行けたらと思っています」
周囲の手本となり、導く指導者。
リーダーとしての重要な要素。
240 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
まなぶ
「そして自分の道を見つけるために、この学校で仲間と共に学んでいきます」
1年前に堀北と出会った時、ここまでの成長を遂げるとは思っていなかった。
人よりも秀でた、ちょっと生意気な優等生。単なる席が近いだけの隣人。
良くも悪くも個の能力しかない、そんなイメージだった。
「そうか。やっと、本当に……俺の記憶の片隅に残っていた、昔のおまえに戻ったという
ことだな」
そんなオレとは違い、堀北学には見えていたのかもしれない。
妹の持つポテンシャルを誰よりも知っていて、信じていた者。
堀北兄は一度手にした荷物を足元に置き、残された堀北との距離を詰める。
あと少しで去ってしまう、その距離からの解放。
既に2人は、手を伸ばせば届くだけの距離にあった。
「俺がおまえを突き放した一番の理由が何だか分かるか?」
「……いえ」
恐らく堀北は兄貴の気持ちまではよく分かっていない。
ただ、自らの過去の呪縛を解き放っただけ。
無意識のうちに、鍵のかかった宝箱を無理やりこじ開けたような状態だ。
そこには鍵という答え合わせがない。
どうして堀北兄が妹を拒絶するようになったのか。
ほりきた
241 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5


厳しく突き放すようになったのか。
「俺はおまえのことを大切に思っている」
「っ 」
その鍵のありかを教えるように、兄からの最後の贈り物が贈られる。
「そして、幼いおまえに大きな才能を感じていた。未熟ながらも、原石のような輝きを見
ていた。やがてその原 磨かれて、俺を超えるだけの力を身に着けてくれるような期待
を抱いていたんだ」
最後の一歩を、堀北兄が詰める。
もはや少し腕を上げるだけで触れられる距離。
「だが、そんなおまえは俺という幻影に囚われた。俺に劣っていると決めつけ、そして追
い抜くことは不可能だと諦め、自ら伸びしろを捨てる選択を選んだ。ただ俺の背中に
つくことを終着駅として選んでしまった。そのことが、どうしても俺は許せなかったん
だ」
兄貴の影を追いかけ、その横に並びたいと思うこと。
確かにそれは悪いことじゃない。
ある種立派な目標ともいえる。
だが、言い換えれば兄貴に並んだ時点がゴール。まさに終着駅ということになる。
兄に追いつくことを終着とする妹と、追い抜きその先へ進んでほしい兄の葛藤。
とら
た追
んい
242ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
きょうだい
それがこの兄妹に大きな隔たりを生んでしまったのだろう。
「他者に強くあれ。そして優しくあれ」
兄は優しく、妹を抱き寄せる。
立っているだけで精いっぱいな堀北を、兄として力強く抱きしめる。
『短く切られた』堀北の髪が揺れる。
「兄さー」
「おまえはもう大丈夫だ。俺は、それを今確信した」
もはや、オレが何かを言うことはない。
何も言ってはいけない空間がそこにはある。
「数年間黙っていたことがある。おまえに謝罪しなければならないことだ」
「謝罪……?」
何のことだか分からず、堀北は顔を胸元に埋めたまま聞く。
「ここまで、俺たちの関係が拗れた大きな原因は俺にある」
「どういう、ことですか……?」
小さく聞き返す堀北。
「昔、俺は長い髪が好きだと言ったことがあったな。あれは適当についた嘘だ」
「え? そ、そうなんですか?」
はい
243 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
今の今まで知らなかった、と堀北が驚きの声をあげる。
「短い髪型を好んでいたおまえが、俺の言葉を真に受け、自分の色を失ってでも髪を伸ば
すのかどうか、それを確かめるためについてしまった」
結果、堀北は兄の好みに合わせようと髪を伸ばし始めた、ということだ。
だからこの学校で再会した時、すぐに理解した。
堀北鈴音は何一つ変わっていない。
兄の背中だけを追い続ける妹に、失意を向けて接した。
勉強やスポーツの出来不出来を確認するまでもなかったこと。
「――その嘘を許せ」
「……酷いですね、兄さん」
「言い訳のしようもない」
244 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
245 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきた
恐らく堀北兄は、それをあえて訂正しなかった。
いつか変わってくれると信じていた妹の変化を察知するために。
「許します、兄さんのその嘘。その嘘のお陰で、きっと今があると思いますから」
それを堀北も分かったからこそ、その嘘を笑って許す。
妹の肩を抱き、顔と顔を見合わせる。
堀北は自分に出来る精いっぱいの笑みを浮かべ兄に向ける。
そして、それを受け堀北兄もまた、自らの仮面を外すように笑顔を見せた。
けして笑顔を見せたことがない男じゃない。
だが、こんなにも柔らかい笑顔を見たのはこれが初めてだ。
この笑顔を、オレが見ることはもう叶わない。
あと1年。
もしも、あと1年同じ学び舎で過ごすことが出来たなら。
オレはもっと堀北学という男と親しくなれた気がする。
そして変わることが出来たかもしれない。
それがとても心残りだ。
「鈴音。2年後、俺は正門の外でおまえを待っている。成長したおまえを見せてもらう」
はい。精一杯……最後の最後まで戦い抜いてきます」
もはや堀北の成長を妨げるものは、全て取り除かれた。
ここから先、堀北は前を向いてどこまでも走り続けるだけだ。
246ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あやのこうじ
「綾 小路。おまえとも会えることを楽しみにしている」
もしかしたら堀北兄もまた、オレと同じ気持ちを抱いていたのかもしれない。
「そうだな」
オレはそれが叶わない願いだと知りながら、気持ちは同じだと強く同意した。
「そろそろ時間だ」
2時半が近づいている。
気がつけば、バスがやって来るであろう時間が目前に迫っていた。
なごりお
名残惜しそうにしながらも、両者がゆっくりと距離を取る。
「また会おう」
そう言い残し、堀北兄は正門をくぐる。
こうして、去って行く1人の男。
堀北はその背中を、まっすぐに見つめ、瞬きすら惜しむように見つめ続けた。
堀北学は妹共々、オレに道しるべを残してくれた気がしていた。
247 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
正門から兄の背中が見えなくなっても、しばらくオレたちは同じ方向を見ていた。
ほりきた
あやのこうじ
だが、いつまでもこうして感傷に浸っているわけにもいかない事情がある。
動けないでいる堀北の硬直を、オレが言葉で解く。
「寂しくなるな」
「……そうね」
今生の別れではないが、この先2年は兄の姿はおろか、声を聞くことも叶わなくなる。
だが堀北の表情は強く引き締まり、凛々しいとも思える顔を見せていた。
「ありがとう綾小路くん……今日は、あなたがいてくれて助かったわ」
「そうか? 単に邪魔にしかならなかったと思うが」
「そんなことないわ。あなたが兄さんと話をしてくれていなければ、私は間に合わなかっ
たもの。本当に感謝しているの」
明らかに場違いな男に対して、堀北が改めて礼を言う。
だが視線はこちらを捉えておらず、どこか明後日の方を向いている。
「それに兄さんの旅立ち、その日に見送りが私だけなのは悲しいもの……」
兄貴が選んだ道とは言え、確かにどこか物寂しさはあるな。
もっと大勢の生徒に見送られるべき存在だった。
それもきっと、妹のため。
堀北が自分と向き合いやすくするために、他人を寄せ付けないようにした。
248ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
きゅうきよ」
どこまでも兄貴の計算の中だったのかも知れないな。
「オレも何だかんだ堀北の兄とは縁があった。もう少し話がしたかったくらいだ」
当初は歓迎すべきこととして受け入れていなかったが、今ならもう少し話を聞いてやっ
ても良かったと思っている。後悔先に立たず、だな。
2人で寮へと戻る道を歩く。
「それにしても髪、バッサリいったんだな」
昨日までいつも通りだったことや、さっきの遅刻を考えれば、今朝思い立ち急遽切って
きたことは想像に難くない。ギリギリの中での選択だったのだろう。
「昔からこれくらいが好きだったのよ。でも、なんだか変な感じだわ」
とは言え、適当に切って兄の晴れ舞台を汚すわけにもいかない。
きちんとした格好で見送るには、遅刻という選択を取ってでもの一か八かの賭け。
結果的に堀北は勝ったわけだ。
「ただ、1つくらい事前に手を打っても良かったんじゃないか? 兄貴に会えなくなるく
らいなら、オレを使って足止めさせた方が会える確率は上がった」
来ることが確定していれば、多少協力することも出来た。
たまたまオレが話をして時間を稼いだから良かったものの……。
お願いして、あなたが素直に協力してくれたのかしら?」
かつこう
いちばら
249ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「流石に今日くらいはするだろ」
「どうかしら。と言いたいところだけれど……実際は頼ろうとしたのよ」
そう答える堀北。しかし、取り出してみた携帯にはやはり何も履歴は表示されない。
「あまりに慌てていたせいね。携帯を寮に忘れたまま髪を切りに行ってしまった。そのこ
とに気付いたのはカットが始まった後よ。まったく、抜けてるわね私も」
つまり、どうにもならない状況になってしまったわけか。
終わった後携帯を取りに戻るくらいなら、正門にダッシュした方が早い。
「間抜けね」
自嘲的な笑いを見せる堀北。
「それだけ、今日思い立ったことが堀北にとって大きなことだったってことだろ」
慌てて開店と同時に駆け込んだところを想像すると、ちょっと面白いが。
じちょうてき
どうよう
250ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
普段計画的に動く堀北だけに、その動揺によるミスも無理ないことだろう。
「髪を切ったのは、私なりのケジメだった」
「兄貴の好みがどうとかってのは、頭の片隅になかったのか?」
「もちろんよ。単に過去の自分に戻ろうと思っただけ。けれど、私が兄さんを追いかける
うになった時と時期がシンクロしていたから。そういう意味でこうすることが、一番気
持ちが伝わると思ったのよ」
すずね
偶然が呼んだ最善の策だったわけか。
1年間長い髪を見てきただけに、その違和感はとても強い。
「何年ぶりかに、自分らしく戻ってどうだ?」
「どう、と言われても困るわね。確かに小さい頃は今みたいなショートが好きだったわ。
でも、ずっと長い髪で過ごしていると愛着も湧いてくる。正直複雑ではあるわね」
昔好きだったショート。今は受け入れていたロング。
昔の自分と今の自分。そのどちらもが、堀北鈴音であることは間違いない。
「今、私はどっちの自分も受け入れられるような感覚でいる」
そう言って、短くなった自らの髪に一度指先で触れる。
「だからもう一度0から考えるわ、今の私には見えていないものがあるから。この学校を
卒業する時まで伸ばし続けるのか、それとも伸ばしていないのか。もし伸ばし続けたとし
たら、元の長さに戻るまで多分2年くらい……ちょうど卒業する時期かしらね」
昔の自分と過去の自分。そのどちらをも受け入れた堀北。
「分かっているのは、髪の長さなんて関係なく、私は堂々と兄さんに会うことが出来ると
いうこと」
一度は短く切った髪が今後どうなっていくのか、それをオレも楽しみにしよう。
最後の最後で堀北学は、大きな財産を堀北に残して行った。大きく手助けしなければ成
日 長しないと思っていた堀北だが、それはオレの見立て違いに終わるかもしれないな。
251 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
なごりお
りなずはりきた
「名残惜しくはあるんだろ?」
本当なら、1時間―いや、1日程度じゃ語りつくせないほど話したいこと、話した
くても話せなかった数年分の想いが山ほど有り余っているはず。
「そんなの……それは、仕方がないことよ」
自分を納得させるように頷く堀北。
「それに、もう私と兄さんとを邪魔する壁は取り除かれた。これからの2年間を走り抜け
て、その後でいっぱい話せばいい。そうでしょう?」
「確かにな。卒業後に待ってるとまで言わせたんだからな」
卒業式が終われば、外部と連絡を取ることも自由になっているだろう。
その時堂々と、兄貴に会ってゆっくり語り合えるか。
「今日の出来事は大収穫、これ以上の贅沢は罰が当たるわ」
切り替えが早いことで。
そう。表面上は、切り替えている。
今頭の中で懸命に平静を装って、切り替えようとしている。
だが気持ちの切り替えなんてそう簡単にいくものじゃない。
「でももう、ここまででいいわ」
足を止めた堀北は振り返ることもなく、立ち止まってそう言った。
252 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
その顔はもうオレを見ていない。
いや、見ることが出来ないと言った方が正しいか。
「どうした」
本当は分かっていながら、オレは一度だけとぼけたフリをして聞いてみた。
いつもの冷静な堀北ならこの一言がとぼけたものだと気がついただろう。
しかし、今そんな余裕のない堀北には見抜ける様子もない。
「私は……ちょっとだけ、寄り道をして帰るから」
誤魔化すように、暗にオレに帰れと告げている。
「寄り道?」
どこに行くのかを尋ねても、堀北は答えられない。
「いえ、散歩、みたいなものね」
濁してそう答える声に、微かなる震え。
「付き合おうか?」
「結構よ」
そう言って曖昧にして、堀北はオレに背を向けて歩き出す。
ケヤキモールに行くわけでも、コンビニに向かうわけでもなく。
どこか人気のない場所を求めて歩き出す。
にご
253ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ひとけ
オレと共に寮に戻っていたら、間に合わないと思ったんだろう。
そんな堀北をオレは追う。
当然、堀北は1人になるつもりが後をつけられてきては落ち着くことも出来ない。
「どうして……後をつけてくるの」
振り返らず、堀北は声を殺しながら言う。
「さあ、どうしてだろうな」
「理由がないなら、つけてこないで」
拒絶する態度を取るが、オレは帰る素振りを見せなかった。
この1年間、堀北には何度か意地の悪いことをされたからな。
「じゃあ理由を言ってやろう。ちょっと意地悪をしてみたくなったからだ」
「……何を言ってるのか、理解できないわね」
「そうか。だったら言ってやろう」
「言わなくていいわ」
「いや、そうもいかないな」
オレは堀北が堪えている防衛ラインを崩壊させるつもりで、ゆっくりと口を開く。
「悲しい時は、我慢せずに泣いていいんじゃないか?」
ほりきた
254ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
と。
ただ、それだけを言った。
「……あなた、私の話を聞いていなかったの?」
「聞いてた。兄貴と和解出来て心底嬉しかったんだろ?」
「そうよ。それで、満足したの。どこに、どこに悲しむ要素があるのよ」
「満足なんかできないだろ。確かに2年後には語り合えるかもしれない。けど、人はそん
な簡単に納得できる生き物でもない」
その日を夢見ていた少女が、また2年間の延期を食らったのだ。
晴れ晴れした気持ちがないわけじゃないだろうが、それだけじゃ終わらない。
「私は……私は満足した。満足したのよ」
「だったらこっちを振り向けるか?」
背中を向けたままの堀北。
こちらのお願いを聞き入れることなく、首を左右に振る。
「断るわ。どうして、あなたを見なきゃいけないの?」
「さあ、どうしてだろうな」
早歩きして、逃げようとする堀北にもう一言だけ背中越しに声をかける。
「泣いたっていいんだ」
兄との2年ぶりの再会、そして拒絶。
無人島での高熱との孤独な戦い。
クラス内投票による憎まれ役。
255ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
どんな時も、堀北は泣くことはなかった。
「わ、私は……」
歩みを続けようとしていた足が止まる。
頑張って頑張って、やっと兄と心を通じ合わせることが出来たばかり。
きっと明日から、笑って話し合える仲に戻っていたことだろう。
しかし、兄はもう門を越えて新たな旅立ちを迎えてしまった。
次に会えるのは、最短で2年後。
「やめ……やめて……」
声が、徐々に震えだす。
その長い歳月を、堀北はここで、この学校で戦っていかなければならないのだ。
「だって、仕方ないじゃない……!」
反論しようとした堀北だったが、堪えていたモノが溢れ出す。
今、まさに別れたばかりの兄を思い出す。
「だってー!」
「やっと……やっと私は自分の過ちに気付いたのに…!」
崩れ落ち、膝をつく。
両手で顔を覆い、どうしようもなく溢れてくる涙を受け止める。
ほりきた
こら
256ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ひざ
「また兄さんと離れ離れになってしまった……!」
できることなら、正門の向こうへと一緒に飛び出したかったはずだ。
それをおくびにも出さず、立派に兄の背中を見送った妹。
「ああ。寂しいな」
「寂しい……寂しい……!」
大泣きする少女は、まるで小さな子供のようだった。
257ようこそ実力至上主義の教室へ11.5

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