#2[R18][ShimaSen] 永遠の命を捨ててでも・中編

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Author: スピリッカ

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〈大前提〉

・nmmnです。意味のわからない方は読まずにお引き取りください。

・お名前をお借りしている方々とは一切関係ございません。

・迷惑行為はおやめください。ルール、マナーを守ってお楽しみください。

・ブックマークしていただける場合は必ず非公開でお願いいたします。

〈作品・作者について〉

・人間のsmさん×神社の神様snrさんの、二十年ほどにわたる恋物語の中編です 。後編に続く予定です。

・全編通してsmさん視点

・高校生smさん×見た目20代の一時的女体化snrさんの控えめなR-18シーンあり

・後編にmbsn(過去の回想)がある予定です

・宗教的な部分の設定はおおらかな目で見ていただければ幸いです

・作者は関東人なので方言はご容赦ください

・ファン歴も浅いため色々とご容赦ください

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千羅神社が実はセンラさんを祀るために建てられたわけではなく、それどころか正式な神社ですらないという驚きの事実を聞かされたのは俺がまだ小学生の時だった。

あれは確か、俺が「大人になったらここの土地を買う」と宣言してから少し後のことだったと思う。真冬のとても寒い日で、俺はセンラさんが用意してくれた炬燵で至福の時を過ごしていた。炬燵に乗った籠の中には、お供え物だというみかんが小さな山を作っていた。

甘くておいしいみかんを味わいながら、俺はみかんの皮をむいて口へと運ぶセンラさんの綺麗な手つきをぼんやりと、半ば見とれるように眺めていた。

「ねえセンラさん、千羅神社って名前にはどういう意味があるの?」

何がきっかけでその質問が口から出たのか、今となっては覚えていない。とにかく俺は前から気になっていた素朴な問いをセンラさんに投げかけてみたのだが、返ってきたのはあまりにも意外な答えだった。

「それがな、俺も知らんのや」

「えっ、なんで?だってセンラさんの神社やんか」

「いや、実はそうやないねん。おじいちゃんやおばあちゃんからどういう風に聞いとるか知らんけど、そもそもここって正式な神社ではないんや」

「えーっ、うそ!由緒正しい神社やって、じいちゃんは言うてたよ」

「それはいつの間にかそういうことになってるだけで、ほんまはちゃうねん。そんなに古いもんでもないし、由緒もへったくれもあらへん。詳しく教えたろか?」

「うん、教えて!」

俺は食べかけのみかんの存在も忘れて身を乗り出した。とにかくセンラさんのことなら何でも知りたいという思いで、小学生には難しい部分もあったが熱心に耳を傾けた。

「この神社は昔、とある金持ちのオッサンが勝手に自分の家の敷地内に建てたものなんや。相当な変わり者やったみたいで、自分で神主の真似事やって自分で参拝するだけの、完全に自分のためだけに作ったのがこの神社や」

「へーえ、そうなんや」

「でもな、少なくともそのオッサンなりに切実な理由があって神社を作ったんやとは思う。どうしても叶えたい願いとか、何かにすがりたくなるような辛い気持ちとか、あるいは自分以外の大切な誰かのために作ったのかもしれん。それはそのオッサンにしかわからへん」

「ふーん」

てっきりちゃんとした歴史のある神社なのかと思ったら、めちゃくちゃ個人的な成り立ちやった。

「千羅神社いう名前の由来もようわからんねん。そのオッサンがどういうつもりで付けたのか、誰にも教えんかったらしいからな。案外しょうもない由来なのかもしれんし、もしかしたら好きだった人の名前とかなのかもしれん」

どうりで、じいちゃんもばあちゃんも、誰も名前の由来を知らなかったわけだ。センラさんすら知らないのだから。

「オッサンは変わり者やけどおもろくて気のいい人で、周りの人たちにも好かれとった。最初はオッサンが勝手に作っただけの神社やったのが、だんだん近所の人たちも参拝に来るようになって、本物のちゃんとした神社みたいになってきたんや。ほんまは人間の世界のルール的にあかんっちゃあかんことなんやけど、まあ田舎のことやし特に害も無いしで、大した問題にはならんかったらしい。で、前にも言うた通り俺は神様の組合みたいなもんに所属しとって、その組合がこの神社の存在に目を留めたんや。正式な神社やないけど人々の信仰を集めてるみたいやから、いっちょ本物の神様置いたるか、あ、じゃあ僕行きますわ、っていうノリで俺が出向いてきたんや」

「そ、そんな感じなんや......思ってたのと全然違っとった」

「ふふふ、びっくりしたやろ。せやから俺、ここへ来る前はセンラ様やなかったんよ。いろんな土地に行くのが好きで、あっちこっちの神社へ転勤しとったから、そのたびに違う名前で呼ばれとった」

センラさんがセンラさんじゃなかった時代があるってことか。なんか、不思議な感じ。

俺が子どもなりに漠然と抱いていた神社というものに対するイメージとは全く違ったけれど、一方で普段からのセンラさんの様子を見ていれば不思議と腑に落ちる部分もあった。

むしろ、神様なのにまるで近所の普通のお兄さんみたいに気さくなセンラさんに、この神社はよく合っているような気もしてきた。

「俺もそのオッサンのことは好きやったし、近所の人もええ人ばっかりやったし、ここがすごく気に入ったんや。今まではフラフラしとったけど、これからはずっとここにいてもええかなって思うくらいにな。でも、」

楽しそうに語っていたセンラさんの声と表情が、うっすらと曇った。

「何事もずっと同じではいられないもんや。オッサンが亡くなって息子が跡を継いだんやけど、これがまあえらい道楽者でな。毎日毎晩、飲む打つ買うで......」

「のむうつかう?」

「あ、えーと......働かずに遊んでばっかりいるってことや。家の財産はどんどん減っていって、たくさんあった土地も、ここだけを残して全部売り払ってもうた。ほんで新たな商売を始める言うて、道楽息子は家族を引き連れて都会へ出ていってもうたんや。逆によくここを残してくれたなって思うけど、親父さんがここを大事にしてた記憶があるからさすがに忍びなかったんやろうな」

「よかった......残してくれて」

もしもその時に千羅神社がなくなっていたら、俺はこうしてセンラさんに出会うこともなかったわけや。

「ふふ、そうやな。で、それ以降ここは無人の神社になってもうたんや。元々正式な神社やないし、そのままつぶれてもおかしくなかったんやけど、ありがたいことに今までちゃんと残って、近所の人たちが未だにお参りに来てくれとる。志麻くんのおじいちゃんやおばあちゃんも含めてな。まあそれも、厳密に言うたら私有地に勝手に侵入しとることになるんやけど、それはもう黙認されとるな」

「でも、この神社もうかなりボロ......あ、ごめん」

「ははは、ええよええよ、ほんまのことや。そうやなあ、近所の人らもがんばって掃除や修繕はしてくれとるけど、素人では限界があるよな。とは言え、さすがに勝手に業者呼んで本格的に修繕するわけにもいかんのよな、赤の他人のものやから」

「センラさんが自分で直すことはできひんの?センラさんは何でもできるやん」

「できるかできひんかで言うたら、できる。でも、それはやったらあかんことなんや。神社いうのは人間の信心によって保たれるべきもんやからな。人間が介入せんでもひとりでに修繕されて、いつまでも崩れへんような神社があったとしたらそれはもう、神様やなくて魔物の類や」

ちょっと難しかったかな?そう言ってセンラさんが俺の頭を撫でる。手つきも声も、表情も優しい。

近所の普通のお兄さんみたいなセンラさんももちろん好きだけど、こうして神様として話をしてくれるセンラさんも俺は大好きだった。

「ううん、わかるよ。でも、ほんならこの神社は今、誰のもんなんや?」

「道楽息子が遠くへ行ってもうたから、その後のことは俺にもようわからへん。まあ普通に考えたら子孫代々へ受け継がれていってるはずやな。何年か前に全然知らん若い男がここへ来たことがあるんやけど、連れの人との会話の内容からすると、たぶんその人がここを作ったオッサンの子孫で、今の持ち主やと思うねん。遺言やからしゃあないとか、厄介なもん押しつけられたとかブツブツ言うとったからな」

「ひどい!そんな言い方......」

「ええねんええねん。むしろ取り壊さずにいてくれるだけありがたいわ。壊されたらまた他の神社に行くからええんやけど、俺、ここが好きやねん。一日でも長くいられたらええなって思っとる」

「大丈夫やでセンラさん。大人になったら俺がそいつからここを買うんやから。そしたら建物もちゃんと綺麗に直したる。センラさんがずっとここにいられるようにしたる」

「ふふ、ありがとう。でも無理はせんといてな」

センラさんは照れたようにふにゃっと笑うと、食べかけのまま置かれていた俺のみかんをひとつ摘まんで、あーんしてくれた。心なしか、さっきよりも甘い気がした。

炬燵のあったかさとはまた別の、胸のあたりにじんわり広がるようなあったかさを感じたことをよく覚えている。

この時の俺は、センラさんですら、知る由もなかった。
千羅神社がなぜ、ここまで取り壊されることなく続いているのかを。

それを知るのは俺が大人になってからの話になるが、それより先にとりあえず、俺が高校生の頃の話をしよう。



「ねえ、センラさん」

「さてと、お仕事お仕事。はー、忙しい」

「あ、なんか嫌な予感しとるやろ。聞こえないふりすんなや」

「参拝者からのお手紙が届いとるから、目え通さなあかんな。神様は大変や」

「センラさん、それ明日じゃダメなん?今日はもう仕事しないって言ってたやん」

「おっ、子どもの字やん。なになに、同じクラスの山下くんと両想いになりたい......なんやこれかっわええ!即叶えたるわこんなん!!」

「なあセンラさん、好きや。セックスしよ。急に仕事始めたって逃さへんで」

「えーっと、この子はあれやな、二丁目の八百屋さんの子やな。ついこの前赤ちゃんやったのに、いつの間にか大きくなったなあ」

「あんまり無視しとると手加減せえへんよ?こっちは溜まってんねんぞ」

「この子もじいちゃんばあちゃんに連れられてよくお参りに来とったから、志麻くんと同じパターンやな。はあ......志麻くんも昔はこれくらいピュアでかわいかったのに、どこでどう間違えてあんなエロガキになってもうたんやろなあ」

「おい、本人の前で悪口言うなや。だいたい、戦犯はあんたやろ」

「あー、つくづく判断ミスったなあ......筆下ろしなんかしてやるんやなかったなあ......まさかこう毎回毎回、会うたびに盛ってくるようなエロガキになるとはなあ」

「言うて数ヶ月にいっぺんやろ。こっちは女子の告白全部断ってあんた一筋なんやから、たまに会えたときくらい相手してや」

「ああ、なんでこうなったんや......俺は志麻くんが女の子といいお付き合いをして、悔いのない青春を送れるように応援しようとしただけやのに......」

「もう諦めてや。俺はセンラさんにベタ惚れなんや、責任取って」

「ちょ、やめっ......おい、こら、触んな触んな、尻を揉むな!」

高校生になった俺は、引き続き長期休みになれば田舎の祖父母の家に帰っていた。いつも祖父母に顔を見せたらすぐに友達に会いに行くといって家を飛び出し、センラさんのいる神社へすっ飛んで来ていた。

センラさんに童貞を捧げ、恋心を自覚したあの日以来、俺はセンラさんに猛アタックを続けているのだが、ずっとつれなくされている。なんだかんだ言って最終的には押し負けて抱かれてくれるものの、そういう行為に誘うのも、好きと言うのも、いつも俺からの一方通行だった。

「わかったからちょっと待てって、女になるから」

「えー、ならんでええって。頼むから男のまんま抱かせてや」

「あほか、なにが楽しくて男同士でやらなあかんねん」

「なあ、お願い。もちろん女の姿もええで、最高やで、でも俺はそのまんまのセンラさんを抱いてみたいんや」

「こんなゴツゴツした体抱いて何がおもろいねん。声が出たらキショいだけやし、何もええことないやろ」

「そんなことないよ、なあお願い......」

「あかん!だめ!」

俺の懇願も虚しく、センラさんはいつも通りのたおやかな女性の姿に変身してしまった。

まあ、これはこれでもちろんええんやけど、やっぱり俺が一目惚れしたのは男のセンラさんなので、いつかはそのままの姿で抱いてみたいと常々思っている。

だがセンラさんが頑なに応じてくれないため、最近ではそれを逆手に取り、だったらせめて〇〇してくれ、という交渉の仕方を覚えて実にいろんなことをしてもらっている。センラさんは渋々ながらも大抵のことには応じてくれて、おかげで俺は経験人数はセンラさん一人でありながら、高校生にして妙にいろんなプレイに精通したキモい男になってしまった。

むしろここまで色々してくれるのに、どうして男の姿で抱かれることだけセンラさんがこんなにも頑なに嫌がるのかが不思議なくらいだった。

今日はコスプレしてほしい気分だったのでセンラさんにはセーラー服を着てもらい、おかげで大いに盛り上がった。

「まったく、千歳超えたジジイに何やらせんねん。セーラー服脱がしたかったら本物のJKが学校中におるやろ」

セックスを終えて、げんなりした顔でセンラさんがぼやく。セーラー服を剥ぎ取られ、白い肌のそこかしこにキスマークを散らしたスタイル抜群のお姉さんの姿で布団に横たわるセンラさんは、いくら男の口調でぞんざいに喋っていても、事後特有の気怠い色気が凄まじいほど漂っている。

「それがなあ、うちの学校ブレザーやねん」

「そっかー、なら仕方ないねー......ってなるかい!セーラー服がええんやったら他校の女子を狙うか、いっそネットで買えやそれくらい。俺なら何でもすぐに出せると思って便利に使うな」

「ちゃうねんちゃうねん、確かに便利やけどそういう問題ちゃうねん。俺はJKよりセンラさんがええんや。なあ、もう一回ええ?」

「もう勘弁してくれ。こっちは千歳超えたジジイや言うてるやろ、十代の性欲と体力に付き合わせんな」

口ではそう言いながらもセンラさんは決して拒まず、いとも簡単に組み敷かれてくれる。

ちなみに、センラさんの方こそ神様だから体力は無尽蔵なんじゃないかと俺は思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。人間のように身体を壊したり過労死したりするようなことはないというだけで、セックスすればちゃんと疲れるし無茶をすればしんどいのだそうだ。

結局もう一ラウンド終えた頃には、センラさんの身体に散らされたキスマークはさらに倍以上増えていた。

「センラさん、かわええ。好きや」

センラさんを抱きしめて囁くが、返事はない。ただ、俺の背に回された手がかすかにぽんぽん、と肌を叩く。

「なあ、センラさんも好きって言うてやあ」

「......何度も言うてるやろ、志麻くんは友達や。こういうことすんのは、志麻くんに彼女ができるまでの話や。童貞奪った責任取ってんねん俺は」

「そんな日は来えへん。俺はセンラさん一筋や」

「そんなこと言うても、そのうち絶対身近な女の子とくっつくで。センラさんは何でもお見通しや」

そう言うとセンラさんは俺の腕からすり抜けて掛け布団の中にもぞもぞと頭まで潜り、一瞬で男の姿に戻って出てきた。服はまだ着ていない。あかんあかん、センラさんそれ、俺には目の毒や。

「女の子がなんぼでも寄ってくる顔しとんのやから、少しは青春謳歌しいや。ほんまに宝の持ち腐れやで、後悔しても知らんよ」

言いながらセンラさんは布団から這い出て、脱ぎ捨てられたセーラー服をいつもの男物の着物に変えて素肌にまとった。俺はその様子を、息をするのも忘れて凝視していた。男のセンラさんの身体も綺麗やなあ。やっぱり抱きたいなあ。

「......ほんまにセンラさん、つれないなあ。そういうとこがたまらんのやけどな」

「はいはい、とんだドМやな」

センラさんは怠そうに頭を掻くと、「あー、しんど」と呟きながら布団を離れて向こうへいってしまった。

こんなやり取りをもう何度も、何度も繰り返している。センラさんは身体だけはゆるゆるに許してくれるくせに、俺のそういう意味での好意は絶対に受け止めてくれない。俺は俺で、一貫して好意は伝え続けているけれど、これ以上押したら本気で突っぱねられそうな場面になるとついついちょけて、なんとなくその場をうやむやにしてしまう。

こういう関係が、最良だなんて決して思っていない。本当はちゃんとお付き合いしたい。恋人同士になりたい。センラさんからの好きという言葉がほしい。でも、決定的に振られるのが怖くて、一定のラインを超えて踏み込むことができずにいる。
少しでも望みがあるとすれば、俺がもう少し大人になった時だろう。今はまだ、見た目年齢に十歳くらいの差があるけれど、それが同じくらいになるまで俺が一途に想い続けていれば、もしかしたらセンラさんも本気で受け止めてくれるんじゃないだろうか。

男の姿に戻ったセンラさんは、簡単に消せるはずのキスマークを身体にたくさん残したままだった。それはうっかりなのか、はたまた無関心なのか、それとも......と思ってしまう。

言葉とは裏腹に、変なところで一縷の望みを与えてくるセンラさんはほんまに、罪な神様や。





「センラさんお願いしますデートしてください」

最初から土下座しながら言ったので、センラさんがどんな顔をしたのかは見えなかったが、はぁ、という小さなため息だけは聞こえた。

「センラさん、俺に青春謳歌しろって言うたやろ。俺はセンラさんとのデートの思い出で青春の一ページを飾りたいです」

季節は夏真っ盛り。お付き合いするのはまだ無理だとしても、せめてどこかへデートしたいという気持ちが抑えられなくなってきた俺は、正攻法でお願いしてみることにした。

「せっかくのお誘いやけどな、俺は神様としての仕事があるから、ここから離れられんねん。デートなら学校の女の子でも誘えばええやろ」

「嘘や、初めて会った時に俺のこと家まで送ってくれたやん!一歩も出られないってことはないわけやろ」

がばっと顔を上げて必死に訴える。センラさんは分が悪いという表情をしていて、これは頑張れば押し切れるかもしれんと俺は瞬時に判断した。

「......子どもを無事に家まで送り届けるのは神様の仕事の範疇や。エロガキとデートしてる暇はないねん」

「神様の仕事って言うんやったら、俺の願い事叶えてくれなおかしいやろ!なんやねん、二丁目の八百屋の子の恋は叶えてやったくせに。神様が依怙贔屓してええんか」

「あのなあ、志麻くん。俺が一番依怙贔屓しとんのは志麻くんやで?俺がこうして姿を見せるのも友達付き合いすんのも、ましてや好き放題にセックスさせるのは志麻くん以外おらん」

「そっ......それは、ありがたい、けどぉ......」

そう言われて悪い気はしない、むしろとても嬉しいが、ここで丸め込まれるわけにはいかない。

「ほんのちょっとでええ!近場でええし、短時間でええねん。今日な、すぐそこで夏祭りやってるんや。ほんのちょっとでええから、センラさんと一緒に行きたいねん。屋台でなんか食って帰ってくるだけでええから」

「あー......夏祭り、ね」

センラさんの様子が、少しだけそわっとするのを俺は見逃さなかった。 もしかして、ちょっとは行きたいんちゃうか。

「お願いしますセンラ様、志麻はセンラ様と一緒に夏祭りに行きたいです。行けたら学校の勉強も部活も大学受験も頑張ります。親孝行もします。じいちゃんばあちゃん孝行もします。弟も可愛がります」

両手を合わせてセンラさんを拝み、頭を下げる。こんな子どもじみたお願いの仕方は不本意だが、背に腹は代えられない。

少しの沈黙の後、くっくっと押し殺したような笑い声が頭上から降ってきた。

「しゃあないなあ。ほんまにちょっとだけやで?」

「やったー!!」

思い切りガッツポーズをして叫んだ俺を、センラさんは目を細めて見つめた。

その表情に何か含みを感じたような気もしたが、あまりの嬉しさに細かいことは何も考えられなかった。

「あ、センラさん。デートはそのまま、男の姿でお願いします」

「はっ?なんでやねん、俺はてっきり女の姿で行くもんやと思っとったけど」

「それもええけど、そのままの方がええな。神様として姿を見られるのがあかんだけで、人間のふりしとる分にはべつにそのままの姿でうろついてもええんちゃうの?」

「いやまあ、それはそうやけど。ほんまにええんか?女の姿やったら手ぐらいつないでやらんこともないけど、男でそれはさすがに目立つから無しやで」

「うっ......手も、つなぎたい、けど......いや、やっぱり男のままがええ」

「まあ、志麻くんがそれでええなら、ええよ」

「やったあ!言ってみるもんやな。ほな、俺浴衣着てくるから!また迎えに来るから待っとって!ぜーんぶ俺が奢ったるからセンラさんは手ぶらでええよ!」

俺はこの日のために用意した浴衣を祖母に着せてもらうべく、意気揚々と帰宅した。

数十分後、黒い浴衣に紫の帯を締めて千羅神社を訪れた俺は、目にした光景に絶句していた。

「せ、せ、センラさん......、そ、その格好は......」

「え、だって夏祭りやろ?志麻くんが浴衣着てくる言うから俺も合わせたんやけど、なんかおかしかったか?」

おかしいわけがない。俺はセンラさんも浴衣を着てくれと頼み込むつもりでいた。断られたらいつもの地味な着物姿でもまあ仕方ないかと思っていた。まさか既に着てくれているとは予想外だったから驚いたのだ。

センラさんは部分的に黄色の入ったいつもよりも派手かつ涼しげな浴衣姿で、髪までちゃんとセットしてくれている。帯には団扇を差して、頭には狐のお面までかぶるという準備万端ぶりだ。

「おかしないっ!ええ、めっちゃええ!最高!!」

「はは、よかった。うち稲荷信仰でもないのに狐の面は変かなと思ったんやけどな、なんか感じ出るやろ?」

そう言ってドヤるセンラさんは最高にかわいい。自分の魅力をちゃんと自覚しているのかいないのか、たまにわからなくなるのがこの人のたまらなくかわいいところのひとつだ。

「行こう、センラさん」

「はぁい」

心なしか、センラさんの声も弾んでいる。やっぱりセンラさんも、ちょっとは行きたかったんや。

俺は浮かれ気分で、センラさんと並んで夏祭り会場へ向かった。


この町に住んでいたのは小学生までだったが、センラさんに会うためにしょっちゅう帰ってきているついでに他の友達にも会ったりしているので、未だに仲の良い同級生もたくさんいる。

夏祭り会場ではそういった友達と何回かすれ違い、そのたびにセンラさんのことを尋ねられた。こんな田舎町にいきなり見知らぬイケメンで美人なお兄さんが現れたのだから、気になるのは当然だろう。

「志麻、その人誰や?めっちゃかっこええやん」

「親戚のお兄さんや。セ......センちゃん言うねん」

「センちゃんです、よろしく。志麻がいつもお世話になってます」

センラさんも俺に話を合わせ、無駄に愛想を振りまいている。親戚設定だからか呼び捨てにされたのが妙に嬉しい。

「志麻には似てへんけど、やっぱイケメンの親戚はイケメンやな〜」

「ふふん、そうやろ。ほな、またな」

友達と別れ、屋台の並ぶ方へと向かう。

「あー、ええなあ」

すれ違ったおじさんが手にしていた缶のお酒を見て、センラさんがぽつりと呟いた。

「センラさんお酒屋飲みたいんか?俺買うたるで」

「ええってええって。未成年に酒買わすわけにいかんやろ」

センラさんは俺の頭を軽く撫でてから、「ラムネにしようや。俺出すから」とラムネを売っている屋台へすたすた歩いていく。

「え、ちょっと待ってセンラさん。俺が全部奢るって言うたやろ」

「そう言われてほんまに奢られる大人なんておらん。俺には貯め込んだお賽銭という財産があるから任せとけ」

そう言うとセンラさんは俺が止めるのも聞かず、さっさと二本分のラムネの会計を済ませてしまった。

「はい、志麻くん」

「......ありがと」

複雑な気持ちで差し出されたラムネを受け取る。

センラさんの言うこともわかるけれど、ここは奢らせてほしかった。センラさんにとっては俺のわがままに付き合っただけだとしても、俺は一応初デートと思って意気込んでるんやから、かっこつけさせてほしかった。

そりゃ俺はセンラさんよりも見た目十歳くらい年下で、実年齢は十歳どころの騒ぎではないけれど。抜かしたかった身長もどうやらもう伸びなさそうで、簡単に頭を撫でられてしまうほどセンラさんの方が高いけど。

「あ、志麻くんいた!」

「親戚のお兄さんってその人?」

「うわ〜、本当にめっちゃかっこいい!!」

「ちょ、おい、なんやねんお前ら」

突然女子の友達何人かが俺達を見つけてわらわらと押し寄せてきた。どうやら俺とセンラさんのことをさっき会った奴らから聞きつけたらしい。

あっという間に取り囲まれて、センラさんは質問攻めにされてしまった。

「センちゃんは年、いくつなんですか?」

「ふふっ、秘密や。若く見られるけどけっこういってんねんで」

「お仕事は何してるんですか?」

「んー、一言で言うなら何でも屋さんやな」

「彼女いるの?」

「んふふ、どうやろねえ」

センラさんは女子の矢継ぎ早の質問を次々とやんわり受け流していく。さすが年の功やな、と思わずにいられながったが、蚊帳の外に置かれた俺としては面白くない。

「ねえセンちゃん、綿菓子食べたーい!」

「あたしはクレープ食べたーい!」

「ええよ、買うたるよ。みんな好きなもん食べや」

「やったー!!」

「おい、お前ら何やねん!ええ加減にせえよ!セ......センちゃん、こんな奴らほっといてええからもう行こ」

とうとう我慢できなくなって、センラさんを引っ張って強引に女子の群れから連れ出した。後ろで一斉に抗議の声が上がったけど知るもんか。センラさんは俺に引っ張られるまま付いてきたが、振り返って「ごめんな、またな」と手を振ってあげたので、今度は一斉にキャーッという黄色い声が響いた。

「志麻くん、なに怒ってんねん。綿菓子くらい食わせたれや」

「センラさん、見損なったわ。なんやねん若い女にデレデレして」

「デレデレしてへんわ。志麻くんの友達やからちょっとお話しただけやないか。まあ、確かに志麻くんを放っておいたのは良くなかったな、ごめんな。みんなに奢ってあげてから適当に切り上げようと思っとったんよ」

センラさんは怒るでもなく、困ったように笑って優しく俺を諭してくる。先に謝るなんてずるい、これじゃ完全に俺がただのガキやん。かんしゃく起こした子どもみたいやん。

「あんなん物珍しさとノリで騒いでただけやから気にすんなや。志麻くんの方が普段からよっぽどモテてるやろ。なあ、腹減ったな。焼きそば食わへん?あー、たこ焼きもええなあ」

「......なんもいらん」

「あーもー、拗ねんなや。焼きそばでええな?買ってくるから待っとき」

センラさんは俺をその場に残して焼きそばの列に並んだ。通りすがりのお姉さんが、あからさまにセンラさんを目で追っている。

もしもセンラさんが俺の恋人だったなら、女子にキャーキャー言われることもお姉さんに見惚れられることも、誇らしさや優越感を感じられたのかもしれない。だけど実際は、ようやくデートに漕ぎつけただけの、俺の片思いや。 いくらセックスだけはいっぱいしていても。

今までは閉じられた空間でセンラさんと二人っきりで過ごしていたから案外気にならなかった現実が、こうしてセンラさんを外へ連れ出したことではっきりと目の前に突きつけられる羽目になってしまった。

イケメンなんて言われて学校とかではモテていても、結局俺はまだまだ子どもでセンラさんには不釣り合いなんや。重々わかっていたはずのことなのに、改めて思い知らされるとなかなか辛いものがある。

「志麻くん、お待たせ。あっちで食べよか」

焼きそばを手に戻ってきたセンラさんに促され、人の少ない場所へと移動して食べ始めた。センラさんは俺の不機嫌さにも鷹揚に構え、美味しそうに焼きそばを味わっている。

「志麻くん、今日は誘ってくれてありがとうな」

「えっ、あ、うん」

無理を言って来てもらった上、八つ当たりとしか言いようのない態度を取ってしまっているのに、予想外にお礼を言われて戸惑ってしまった。

「久しぶりに夏祭り来たけど、やっぱりええなぁ、この雰囲気。来てよかったわ」

「......昔は来てたの?」

そんな風に言ってもらえるのは嬉しいけれど、久しぶりにという言葉が気になる。

「うん、毎年とまでは言わんけどけっこう来とったよ。ははっ、さっきは神社から離れられんようなこと言うたけど、あれ嘘やねん。実は昔はけっこう遊び歩いてたんや、ごめんなぁ」

「あ、うん、それはええけど......なんで今は、遊び歩かんようになったん?」

「んー、まあ、年取ってめんどくさなってきたのと、余計なトラブルを招かんようにやな」

「トラブル......?」

「犬も歩けば棒に当たるって言うやろ。あ、なあ、やっぱたこ焼きも食わへん?」

またや。触れられたくない話題になると、センラさんはいつもするりと逃げてしまう。

そりゃ千年以上も生きてれば過去に色々あってもおかしくないけど、やっぱり気になってしまう。 好きな人のことは良いことも悪いことも、全部知りたいと思うのが普通だろう。特にセンラさんの場合、本人の口から聞く以外に得られる情報はほぼ無いと言っていいのだから。

さっきまで感じていた嫉妬心やイライラは一旦薄れていった代わりに、別のモヤモヤした気分が俺の心を覆っていった。


「はー、食ったな。そろそろ帰るか」

追加で買ったたこ焼きも食べ終わった辺りでセンラさんが切り出した。

「えー、もう?」

「ちょっとだけって言うたやろ」

「うん、まあ、そうやけど......あっ、りんご飴だけ食べたい!ねえ、りんご飴だけ俺に奢らせて!」

「え、俺りんご飴はそんなに......」

「りんご飴美味いやん!それにセンラさん絶対りんご飴似合うから!!ほなここで待っとってな!」

「なんやねん似合うって、おーい、志麻くん」

センラさんの声を背中に受けつつ俺はりんご飴の屋台へ走っていった。

二本のりんご飴を手にして急いで戻ろうとした時に、なんとなく嫌な予感がした。 センラさんを一人置いてきて、果たしてよかったのだろうか。

案の定、ちょっと目を離した隙にセンラさんは綺麗なお姉さん二人に逆ナンされていた。

なんや、その笑顔。センラさんがお姉さんとにこやかに話してる様子に思わず腹が立つ。さっきは俺の友達やから仕方ないとしても、知らん人にまでそんな丁寧に応対することないやろ。

「セ......センちゃん」

俺が声をかけると、二人のお姉さんが振り向いて俺をまじまじと見つめた。

「え、うそぉ。連れがいるっていうからてっきり彼女かと思ったら、こんな若い男の子だったんだ」

「弟くんかな?やだ、この子もめっちゃイケメンじゃん!」

お姉さんたちは少しお酒も入っているのか、俺とセンラさんを交互に見やってキャッキャキャッキャ言っている。

「弟ちゃうよ!」

思わずむっとした俺が強めに訂正すると、センラさんが落ち着けと言わんばかりに背中をさすってくる。

「そう、弟じゃなくて親戚の子です」

センラさんはにこやかに俺の訂正を補足した。俺が作った設定通りのことを言っただけなのに、なぜだかその言い方が俺をひどく傷つけた。

「えー、そうなんだ。ねえ、一緒にどっか飲みにいかない?」

「あ、いや、この子未成年なんで」

やめて。頭ぽんぽんしないで。この子、なんて言わないで。
こんな人らに愛想よくしないで。

「そっか未成年か〜。そりゃダメだわ、あははっ」

「じゃあお酒は無理ならご飯食べに行こうよ」

「......っ!」

あと一秒、遅かったらブチ切れていたというところで、センラさんが俺の肩をぐっと抱き寄せ、頭をこてんと俺の頭に乗せるようにして傾けてきた。

「あのーせっかくですけど、今日はデートなんです。なっ?」

(......?......!!)

ただでさえ抱き寄せられてフリーズした思考が、なっ?の時に息がかかるほど近くまで顔を覗き込まれて、完全にスパークした。

「えー、まさかのカップルだったー!!」

「やばー!あははは!」

お姉さんたちはまったく本気にしている様子はなく、断られた残念さと気まずさをごまかそうとするかのように、一際大きな声で騒いでいる。

「そうなんです、僕、未成年に手を出す悪い大人なんです。すいませんね、じゃあ失礼しまーす」

俺はフリーズしたままセンラさんにがっちり肩を抱かれ、半ば引きずられるようにしてその場を離れた。




「ごめんな志麻くん。志麻くんは知らんやろうけど、あのうちの一人がな、志麻くんのおじいちゃんおばあちゃんとも友達で、神社にもよく来てくれる人のお孫さんやったんよ。せやからあんまり無下にもできんかったんや」

ある程度離れた場所まで来てから、センラさんが俺の肩から手を離して申し訳なさそうに言った。

俺はセンラさんの顔をまともに見られず背を向けた。二本のりんご飴を持ったままであることに、そこでようやく気づいた。落とさなかった自分を少しだけ褒めたい。だが、それよりも。

「......」

「怒っとる?ごめんな」

「いや......あの......」

「ん?」

「......」

「ちょっと待て、その前屈みの体勢はまさか......」

「......ごめん、勃った」

後ろでぶふっと吹き出す声がして、でもすぐに「だいじょぶ、だいじょぶ。あっちの方行こ」と更に人気のない方へセンラさんが誘導してくれた。

俺は笑えなかった。恥ずかしいのと情けないのと、センラさんの態度が一部嬉しかったのと一部ムカついたのとで、感情がぐちゃぐちゃになって涙が溢れ、抑えられなくなった。

「泣かんでええ、泣かんでええ。十代は大変やな」

「ふっ......ぐすっ......、センラさんが、くっつくからぁ......」

「そやな、俺が密着してもうたのがあかんな。ごめんごめん。あ、あそこ座ろか」

センラさんが腰かけられそうな石段を見つけてくれて、ひとまず腰を落ち着けることができた。 やや前傾姿勢で、問題の箇所がなるべく目立たないように座る。

「りんご飴、もらうな?」

横に座るセンラさんが俺の手からりんご飴を一本、取っていく。「うん、うまい」と言って食べてくれたが、気を遣っているだけで実際そんなに美味いと思っていないことは明らかだった。センラさん絶対りんご飴似合う、絶対かわいいと思ってせっかく買ったはずなのに、食べているセンラさんの方をまともに見ることができない。

「......センラ、さん」

「ん?なんや?」

ダメだ、言うな。何をヤケクソになってんねん。絶対あかん。

「......俺、センラさんが好きや」

そこまでにしとけ。そこでやめとけば、いつもみたいに流されて終わりや。

「ほんまに、どうしようもないくらい、好きなんや。セックスするだけやのうて、ちゃんと恋人になりたいねん。センラさんが振り向いてくれるまで頑張ろうって、あと十年くらいすればもしかしたらって、そう思うとったけど......もう、我慢できへん」

言うな、言うな、言うな。自分で逃げ道塞いでどうすんねん。当たって砕けようとすんな。

付き合うのはまだ無理でも、せめてデートしたい。デートができれば、少しは満足できるはず。そんな気持ちでセンラさんとここへ来たはずなのに、完全に逆効果だった。

センラさんと付き合いたい、自分のものにしたい、センラさんの特別になりたい。そういう欲求が抑えきれなくなってしまうとわかっていたなら、あのままずっと二人だけの空間に閉じこもっていたのに。

「今じゃなくてもええから、約束だけでも欲しいんや。俺がセンラさんと同じくらい大人になってからでもええから、ちゃんと俺と付き合ってほしいねん。俺、センラさんのこと絶対、幸せに......」

そこで言葉が出てこなくなった。幸せにする、と勢いだけで言えるほどの子どもでもなかったから。

幸せにする?

千年以上生きている神様を、どうやって?

ただ一緒にいられればそれでいいと、俺は思っていた。

他愛ない会話をして、くだらないことで笑って。

一緒においしいものを食べて、季節の移り変わりを楽しんで。

ただそれだけの穏やかな日々を、センラさんと共に過ごせればいいと思っていたけれど。

俺はそれでよくても、センラさんにとってはどうなんだろう。

もしセンラさんが俺と同じように、そんなささやかな生活を幸せだと感じてくれたとしても。

俺はただの人間で、確かにもうちょっとすればセンラさんの見た目の年齢に追いつけるが、そこで留まることはできない。あっという間にセンラさんを追い越して年を取り、あっという間にセンラさんを残して先に死ぬ。

たとえ俺が人生のすべてを捧げてセンラさんを幸せにしたからといって、それはセンラさんにとってはほんの束の間の出来事に過ぎないのだ。

俺が死んで、ほんの短い夢から覚めて。一人取り残されたセンラさんは、一体その時どんな気持ちになるんだろう。

「志麻くん」

「......ごめん、今の無し。忘れて」

「志麻くん」

「忘れて。なんも聞かんかったことにして」

「ごめんなあ、志麻くん」

「嫌やっ......!それ以上、言わんで......」

センラさんは石段から腰を上げて俺の前に回り込むと、しゃがみこんで俺の手を握った。手つかずだった俺の分のりんご飴が、ぽろりと落ちて地面に転がる。

「やっぱり筆下ろしなんかするべきやなかったなあ。それもあかんかったし、その後もあかんかったな。ずるずる身体許してもうて、俺はほんまに悪い大人で、悪い神様や」

「やめ、て......センラさん......」

「もう、こういうのは終わりにしよ。終わりにせなあかん。前みたいに、友達として会うようにしよ。そうでなければ、俺のことはきっぱり忘れて」

「嫌や、そんなん......っ!!どっちも、嫌や......」

溢れる涙が地面に黒い染みをつくる。俺の手を握るセンラさんの手に、ぎゅっと力が籠もる。

「ここで俺が、ええよ志麻くん、付き合おうって言えば志麻くんは喜んでくれるのかもしれん。でもな、じゃあそれからどうなるかって話やんな。周りの友達が結婚したり子どもができたりしていく中で、志麻くんは人知れずこっそりあのボロ神社に通い続けるってことやで?」

「......」

「まあ、要するに先がないっちゅうことや。俺は志麻くんと一緒にいることはできても、本当の意味で一緒には生きられへん。一緒に年を取ることも、一緒の墓に入ることもできひん。ただそれだけのことがしてあげられへんのやから、神様なんて言うてもしょぼいもんや」

「っ......、センラさ......」

センラさんの言っていることは、俺の考えと結局は同じことなんだろうけど。

でも、そんな言い方せんでよ。そんな、まるで、センラさんが悪いみたいな、俺が可哀想みたいな言い方。

勝手に一目惚れして、センラさんの優しさに甘えて、振り回してるのは俺の方なのに。

「本当はもっと早く終わりにせなあかんかったんやけどな。今はまだ志麻くんも結婚とか考えるような年やないからええかなって、俺もつい甘えてもうたんや。ごめんな、俺のせいで志麻くんの青春、台無しにしてもうたな」

「センラ、さん......」

俺がもっと大人になれば。もしかしたら望みがあるんじゃないかって、浅はかにも思っていたけれど。

現実はそんな甘いもんじゃなかった。俺が大人になるということはその分、タイムリミットが刻一刻と迫っていただけだったのだ。

ここで俺が暴走しなくても、どの道センラさんは頃合いを見て今のような話を切り出すつもりだったのだろう。

「待って、待ってよセンラさん。......ほんなら、ほんならセンラさんは、俺のことちょっとは好きってことなんか。それだけ聞かせてや......センラさんは、好きなんか、俺のこと」

「......」

センラさんは真っ直ぐに俺の目を見つめた。その瞳が少しだけ、揺れたように見えた。

握っていた俺の手を離し、センラさんが立ち上がる。

「志麻くんは、俺のたった一人の、大事な友達や」

「......そうやなくて、」

「それ以外の感情を持ったことはあらへんよ」

「嘘や、だったらなんで」

だったらなんで、背を向けるんや。

だったらなんで、声を震わせてるんや。

......あかん。

センラさんをこれ以上追い詰めてどうするんや。

大人になれ、志麻。男を見せろ、志麻。

このまま駄々をこねたって、みっともないだけや。俺がみっともないだけならまだええけど、センラさんを苦しめることになるんや。

センラさんのことが本当に好きなんやったら、大事に思うんやったら、ここで引かなあかんやろ、志麻。

「......わ、かっ......た。俺、諦めるわ」

自分の喉を掻き切るような思いで、ようやくその言葉を絞り出した。

「センラさんのこと、諦めるから......せやから、これからも、友達でおって」

「......うん。ごめんな志麻くん。ありがとう」

今日だけで俺は一体、何回センラさんにごめんと言わせてしまったんだろう。

それでも、振り向いたセンラさんはいつも通りの柔らかくて色っぽい笑顔を浮かべていた。

地面に落ちてしまった俺のりんご飴をセンラさんが拾い上げる。二、三度軽く手を振れば、べっとりと付いた砂が消失して元通りの綺麗な状態になった。

「なあ、志麻くん。神社に帰ったらな、」

センラさんが俺にりんご飴を手渡す。そのまま俺の頬を濡らしている涙を拭うように、頬をつるんと撫でた。

「何でもしたるから、最後に好きにしてええよ。閉店出血大サービスや」

「......」

あかん、せっかく落ち着いてたちんこがまた勃ったやん。
センラさんが綺麗にして渡してくれたりんご飴も、またもや地面に落としてしまった。

「......ほんなら、男の姿で」

「ごめん、それだけはダメや」

最後に抱いた希望は、あっさりと打ち砕かれた。




センラさんは何でもしてくれると言ったけど、俺は特に何も求めなかった。女になったセンラさんの身体をただひたすらに隅々まで、骨の随までしゃぶり尽くすように愛した。

すっかり覚えたセンラさんの身体中の敏感な部分を順番に、じっくりと愛撫する。もう二度と触れられないのだと思えば、どれだけ時間をかけても満足できなかった。

センラさんは自分も何かしなければという気持ちからか、それとも絶え間ない愛撫から逃れて休みたいからなのか、何度も手を伸ばして俺に触れようとしたが、その度に俺がその手を押さえつけて動きを封じるので、途中から諦めてすっかり身を任せてくれた。 

部屋の中に響くセンラさんの声は最初のうちは控えめだったが、延々続く俺のねちねちとした愛撫で何度も絶頂を迎えさせられているうちにどんどん大きく、乱れていった。四回目か五回目くらいまでは絶頂のたびに「あかん、いく」と訴えていたのに、訴えたとて俺がまったく手を緩めないことを悟ってからはそれすらも言わなくなり、悲鳴にも似た呻きと共に身体を痙攣させるだけになった。

センラさんは俺がどんなにしつこくしても、もう嫌だとかやめろとかは決して言わなかったけれど、執拗に与えられる快感から無意識に逃げようとしてずりずりと布団の上を這い回った。そのたびに細い手足や腰を掴んで引き戻し、「逃がさへんよ」と囁いてやればセンラさんは嗚咽のような声を漏らした。

こんな風に、いつもするりと逃げてしまうセンラさんの心まで無理矢理にでも捕らえてしまえたらどんなによかっただろう。

「センラさん、好きや......好きや、好きや、センラさん」

「んんっ......あ、ん......」

耳元で、繰り返し囁く。すっかりぐずぐずになったセンラさんは声と吐息の刺激だけで、びくんびくんと大きく身を震わすほど感じている。

「なあ、センラさんも好きって言うて」

「あ、んっ......!ふっ、う......」 

力の入らないセンラさんの身体を強引に起こして、背中を俺に凭れさせる。女の姿のセンラさんは俺より小さくて、後ろからがっちりと抱きかかえればもう逃げられない。

俺は耳元で囁き続けながら、片手はセンラさんの胸へ、片手は下半身へ指を這わせて敏感な部分に触れた。

「あ、あっ、やぁっ......ひっ、う......」

「なぁ、言うて。好きって言うて。もう疲れたやろ、言うてくれたら、休ませたるから」

「あ、ぅ、くっ、あ......んんっ」

「一度だけでええから。嘘でもええから。お願いや、センラさん」

「は、あっ、ん......そ......それ、は......あかんよ、志麻くん......」

快楽の波に飲み込まれながらもセンラさんは首を横に振り、俺を必死に諭そうとした。それにも関わらず、俺は指を止めなかった。舌打ちしたいような気持ちでセンラさんの敏感なところを指先で擦り、摘まみ、捏ねて、弾いた。同時に耳の軟骨を舌でなぞり、そっと歯を立てた。

「あ、んっ......嘘でも、ええなんて、んんっ......言うたら、あかん......あっ、あぁ......ふっ、ぅ......言葉には......魂が、宿るんや。一度、発した言葉は、戻せん......ひっ、あ......そのまま、人を、縛ってしまうんや。......ひぁ、あっ......言うた方も......言われた方も。ん、あっ......せ、せやから、やめとこ......その方が、お互いのためや......あ、ああっ、しまく、んっ......ひっ、やっ......!あぁっ、あ......!」

何も反論できない俺は腹立ち紛れに無言で指の動きを速め、センラさんをもはや何度目かもわからない絶頂へと押し上げた。

「はぁっ、はあ、ぁ......んっ」

呼吸を整えるのに必死なセンラさんの両足を掴んで、大きく開かせる。溢れる蜜でとろとろに濡れた入り口に大きく反り返った俺のものをあてがうと、怯えたようにセンラさんが息を飲んだ。

「ん、あ、あっ......、ひぅ、あ、あ、んっ......、」

まだ一度も達していないそこは猛り狂った凶暴さを内に秘めながらも、あくまでゆっくりとセンラさんを貫いた。

「あっ......ふ、ぅ......っ、あっ、あっ......ん、んん、あぅっ......」

そのままゆっくりゆっくりと、抜き差しを繰り返す。ここからがさらに長丁場となった。センラさんの中にあるいいところは確実に責めながらも自分の絶頂はなるべく先延ばしにするように、挿れる角度や深さや速さを調整しながら計算高く腰を動かした。可能な限り堪えた末にやっと絶頂を迎えても、若さゆえの体力でまたすぐに一から繰り返す。この時間を一秒でも引き伸ばしたい。永遠にセンラさんと重なっていたい。そんな思いで長い長い時間をかけてセンラさんを抱いた。

俺もしんどいと言えばしんどかったが、センラさんのしんどさは俺の比ではなかっただろう。それでも何も言わずにただ俺にいつまでも、いつまでも身を委ね続けていた。甘んじて罰を受けると覚悟した罪人のような悲壮感を漂わせて。

「センラ、さんっ......ねえ、センラさんっ......」

「ぁ......ふぇ......?」

夏の短い夜がすっかり明けきり、センラさんの意識が朦朧としてきた頃に声をかける。センラさんは焦点の合わなくなった目を泳がせたまま、俺の声に辛うじて応えた。

「センラさん、好き、好きや......センラさん、好き」

「ん......しぁ、く......」

「好き。好きやで。センラさん、好き」

「ふ、ぅ......は、あ、......」

「なあ、センラさんも言うて。好きって言うて。お願いや、言うて」

限界なんてとっくに越えて、理性も判断力も根こそぎ奪われたようなこの状態なら。断る力も残っていないセンラさんから、好きという言葉をもらえるかもしれん。 

最低な行為なのはわかってる。それでも俺は、その一言が欲しかった。その言葉に縛られるなら上等だった。その一言さえもらえれば、俺はこの先ずっとその言葉を噛みしめ続けて生きていこうと思った。味も形も何もかも、すっかりなくなってしまうまで。

「......、ぁ......」

センラさんのぷっくりとした唇が開いて、酸素を求める魚のようにはくはくと動く。そのままセンラさんと繋がった腰を突き上げ続けていれば、もしかしたら聞けたのかもしれない。だが思わず身体の動きを止めて耳を済ませてしまったために、失いかけたセンラさんの正気が戻ってしまった。

「......っ、......!」

センラさんの目が焦点を結び、わずかに見開かれた。一瞬の間が空いて、見開かれた目も、しどけなく開いた唇も、ぎゅっと閉じられた。

「センラ、さん......」

センラさんの下唇は噛み締められ、閉じた瞼からこめかみへ、一筋の涙が伝うのが見えた。

それでもう、充分だった。

センラさんのその反応は俺が望んだ「好き」という言葉以上に、深く強く俺の心に刻まれた。

それと同時に、自分がどんなに酷いことをしようとしていたのかがようやく実感できた。

胸を締め付ける痛みに耐えかねて、繋がったままセンラさんの身体をきつく抱きしめる。

「ごめ、なさぃ......っ!センラ、さん、ごめん......っ!」

抱きしめたセンラさんの表情は見えない。息も絶え絶えという表現がぴったりなほどに弱々しい呼吸しか感じられない。それでも残ったわずかな力を振り絞るようにして、か細い声でセンラさんが呟いた言葉は。


「...............ごめんな、ゆるしてや」




俺の初恋は、一世一代の大恋愛は、こうして一度は幕を下ろしたのだった。

<つづく>

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