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○迷える子羊
まんきつ
春休みも気がつけば4月を目前に控えた30日になっていた。
ここ数日間は特に何をするでもなく、時間の大半を自室で過ごして休みを満喫。
このままのんびりと新学年を迎えることになるかとも思っていたが……。
8時前に起床すると、1通のメッセージが届いていることを知る。
差出人は1年Bクラスの生徒「一之瀬帆波』。
その内容は、春休み中のどこかで会えないかというものだった。
残りの春休み、やはりそのまま淡々とは過ぎていかないようだ。
日にちはいつでもいいらしいが、出来れば堀北を交え会いたいとの要望だけ添えてあ
いちのせほなみ
たんたん」
はりきた
る。
133ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
その一言から察するに、オレはオマケに過ぎず、堀北の方がメインだろう。
大体話の内容は予測がつく。
1年度最終試験の選抜種目試験に関すること。情報収集はある程度しているだろうが、
クラスとの戦いで3勝4敗に至った経緯を事細かに知りたがっているはずだ。
そして他にも、2年生に上がった後に関する話が予想される。
けいい
は」
オレたちのクラスと一之瀬のクラスが友好関係にあることが関係している。
それを継続していくのか、破棄するのか。その辺を詰めておきたいはずだ。
どちらか一方の話というよりも、その両方の可能性が高そうだ。
特に後者に関しては、春休みの内にしっかりと話し合っておくべきことだしな。
「一之瀬のコンディションは戻ったのか、そうじゃないのか」
春休みになってから一度も外では見かけていない少女のことを考える。
学年末試験の結果がまだ、一之瀬の中にはくすぶり続けているんじゃないだろうか。
2勝5敗。Bクラスにとってはかなり手痛い敗戦になったからな。
こっちはDクラスに落ちるとは言っても、ポイント差は確実に詰まっている。
1つの特別試験で入れ替わることも十分に起こりうること。Bクラスまでは団子状態と
言っても過言ではない中、どうしていくかの話し合いは遅かれ早かれ必要なものだ。
1年の序盤に結んだ協力関係は、けして悪いものじゃない。
ま曖昧な協力関係を継続し続けていれば、精神的負担は軽減される。
だが近い将来、この関係が互いに足かせになることも視野に入ってきた。
もっと場が逼迫した時、強引な協力関係の破棄を迫られることになるだろう。
それは俗に言う『不義理』ともなりかねない。
ひっぱく
134ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ともかくその辺りを明確にしておくため、下位クラスはもちろん、上位クラスでも今後
ほりきた
きょうだい
に向けた指針を互いに打ち出す必要がある。
一之瀬からのアプローチを知れば、堀北も似たような考えを持つだろう。
単なる話し合いではなく、恐らく今後を占う上で重要な分岐点。
もし一之瀬がそこまで頭の回る状況でなくとも、堀北の方から切り出す可能性は高い。
今言えることは、話し合いを持たないという選択肢はないということ。
あとは両者のタイミングだけ。オレは今日で問題ないが、堀北はどうだろうか。
堀北兄の話じゃ、3日にこの学校を去ると言っていたからな。
残された僅かな期間、兄貴と話をしていたいと心の奥底では願っているはず。
今日くらい、兄妹水入らずの時間を過ごしても不思議じゃない。
それをあの兄貴が許すかどうか、そして堀北が会いきれるかどうかはまた別の話だが。
とりあえず堀北にはチャットを送っておくか。
ついでに兄貴とはゆっくり話が出来たか?とも文章を添えてみた。
一之瀬が会いたがっている旨を簡単に文章にして送ると、ものの数秒で既読がつく。
そして程なくして来る返事。
『私はいつでも構わないわ』
そんな返事。いや、いつでもってことはないだろ。
内心で突っ込みつつ、日時を明日に指定したらどんな返事が来るか気になったが、わざ
135 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
わざ気にしている部分を突くのも面倒なことになるだけだ。
「その答えは兄貴に関する話題の一切を無視していることからも明白。
『なら4月2日はどうだ?』
一応気を遣って、今日と明日は外してみる。
『今日空いてる』
余計な気を遣うなという、気迫の篭った文章がすぐに返ってきた。
素直に兄貴と過ごしたいというのは難しいだろうが、予定があるとでも返してくればい
いのに。
こっちに予定があるんだなんて言っても、それを信じ込ませるのも一苦労しそうだな。
『そうだな。確かに面倒事は早めに片づけておきたい』
ここで逆らうと後々しんどいので、合わせておくことに。
話し合いが終わった午後でも、十分兄貴と会う時間は作れるだろう。
「……無理だな」
多分、このまま明日の別れの時以外、あの2人が内密に会うことはなさそうだ。
堀北に返事を送って、一之瀬と今日会う約束を取り付けることにした。
その後の一之瀬との話で、ケヤキモールの2階カフェで10時に落ち合うことになる。
136ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
4月が近づいていることもあってか、暖かくなりつつある気温。
朝の9時 0分過ぎ。今現在は快晴ではあるが、昼過ぎから一時大雨の予報が出ているた
め、集合時間は早めだ。昼前には解散する予定になっている。
時間に余裕があるためのんびりとケヤキモールに向かうことにして、エレベーターを呼
ぶ。
休みの日は特に、外ではいろんな生徒とすれ違う。
かんさん
137 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
クラスメイトはもちろん、他クラスに2年生たち。
知人の少ないオレでも少し歩けば、何かしら顔見知りを見かける。
だ、卒業生たちの姿は日増しに減り、もうほとんど見かけることはなくなった。
4月1日になれば2年生以下しかいなくなるため、数日間は閑散としそうだ。
そんな風に思っていた矢先、オレは同学年の見知った女子生徒と呼んだエレベーターで
鉢合わせする。
「……またあんた……」
そんな嫌そうな声と共に限界まで距離を取ったのは、1年Dクラスの伊吹澪。
何となく長期休みは、伊吹とアレコレあるイメージだ。
向こうも同じことを思っているに違いない。
いしざき
しかもエレベーターの中のため、密室空間とも言える。
「休み中なんだ。たまたま会うのは不思議なことじゃないだろ」
「そりゃそうだけど……私はあんたとかかわりあう気はもうないから」
「知ってる」
前回、オレの部屋に来た時もこの上なく嫌そうだった。
石崎に強引に連れられてじゃなければ、訪ねてくることもなかっただろう。
嫌われているオレだが、それでも龍 園のために伊吹は一肌脱いだ。
それだけ龍園がクラスに必要な存在だと感じている証拠でもある。
乗らない選択肢もないため、オレは伊吹の待つ室内に足を踏み入れる。
「また止まったりしないでしょうね……」
「そう言えばそんなこともあったな」
アレは夏休みだったか。伊吹とエレベーターで一緒になり、閉じ込められた。
似たようなシチュエーションにお互い警戒したが、当然そんな偶然は二度も起こらな
138ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
すんなりと1階のロビーにつくと、すぐに伊吹はエレベーターから降りた。
どうやら伊吹もケヤキモールに向かうのか方向は同じらしい。
「いいのか? オレと歩調を合わせて」
さっさと離れるために駆けだしてもらってもいいわけだが。
「なんで私が。むしろあんたがさっさと走って行けば?」
一緒にいるのは嫌だが、自分から身を引くのは我慢ならないらしい。
その辺は伊吹らしいというか、負けん気の強さみたいなものを感じずにはいられない。
とは言えオレが離れるために走るのも変な話だ。
こっちとしては伊吹が傍にいても大した問題ではないし、何よりこれ以上早くケヤキ
モールに向かっても予定より早く着きすぎる。それこそ体力を無駄に消耗するだけだ。
結局両者譲らず、似たような足取りで進んでいく。
寮からは5分ほどの距離だ。すぐに別れることになるだろう。
「龍園が戻ってきて良かったな」
「うっさい、黙れ。話しかけてこないで」
ちょっとした雑談すらも許さない空気。これ以上、余計なことを言うのは止めておこ
りゆうえん」
う。
ぶき
139ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
沈黙を恐れないようなので、ここは伊吹に合わせるように口を閉じることにした。
どこかピリピリとした空気の中の歩き。
「よー伊吹、ちょっと待てよー!」
そんな空気の中歩き出して間もなく、大声が後ろから聞こえてきた。
いしざき」
聞き覚えのある声は、1年Cクラス石崎だ。
から
龍園の側近の1人で、伊吹と共に行動することが多い。
意外とオレと絡むことも多いせいか、最近は普通に話せるようになってきた1人だ。
伊吹は振り返らず、表情も変えず歩き続ける。聞こえなかった……わけがない。
「おい待てって! おい!」
「っさいわね。近くで大声出さないで」
あやのこうじ
「おまえが反応しないからだろうがー。お? 綾小路も一緒かよ。なんだおまえら、
ひょっとして……デートか?」
走っておいついてきた石崎がそんなことを言うと、即座に伊吹の蹴りが膝裏に入る。
「いでっ!なにすんだ!」
「蹴られた理由くらい分かるでしょ。つか暑苦しい、離れろ」
「んだよ。別にいいだろ、どうせこの後落ち合う予定だったんだからよ」
どうやらケヤキモールで、伊吹は石崎と合流予定だったようだ。
「じゃあ龍園ともか?」
「おうそうなんだ――いや……えーっと……」
自然な流れでオレがそう聞くと、石崎はうっかりといった感じで口を滑らせた。
「バーカ」
どうやら2人は、諸事情があって別々にケヤキモールで落ち合う予定だったらしい。
140ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
龍園の名前に強く反応していたことからも、想像は難しくない。
極秘に合流するつもりだったらしい。
「ま、まあいいだろ? 綾小路に隠したって仕方ないんだからよ」
開き直った石崎だったが、伊吹は厳しい表情を崩さない。
「仕方なくないでしょ。結局のところ、コイツ倒さなきゃ私らは上にいけないんだし」
「それはそうだけどよ……」
そういう話はオレがいない所でするべきじゃないだろうか。
龍園の復帰はまだ半信半疑なところがあったが、この感じを見るに間違いなさそうだ
な。
内密に会おうとしているのは、まだ表向きの復帰をしていないからだろう。
一度はその座を降りた龍園。当然クラスメイトたちが簡単に認めるはずもない。
石崎も龍園を倒した男として持ち上げられているジレンマもある。
「なあ綾 小路」
「ん?」
オレがそんなことを頭の中で考え整理していると、石崎が話しかけてきた。
Aクラスに上がるための最強の方法を思いついたんだけどよ、乗らないか?」
あまりに唐突なフリに、なんと答えるか迷ってしまう。
りぬうえん
いしざき
あやのこうじ
141 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
たた
さかやなぎ
「一応聞かせてもらおうか。その最強の方法を」
「おう、と胸をドンと叩き石崎が誇らしそうに言った。
「おまえさ、俺たちのクラスに来いよ。そしたらAクラス行き確定だろ」
「はあ? あんた急に何言ってるわけ?」
いちのせ
「龍園さんと綾小路が手を組んだら最強じゃねえか。坂 柳だって一之瀬だって倒せるぜ」
どうやらそれが、石崎の思いついた最強の方法らしい。
ないない、絶対ないと伊吹は否定する。
しかし龍園と手を組むか……。
「悪い気はしないけどな」
「あんた……本気?」
気持ち悪がるような目でこちらを見てくる伊吹。
「だろだろ? 仲間になるって言うんだったら歓迎してやるからよ。龍園さんと綾小路は
意外と相性いいと思うんだよ。アルベルトだっておまえのこと気に入ってるし。この間も
綾小路の話題になった時にすげぇ興奮してたんだからよ」
山田アルベルトに気に入られているというのは初耳だ。
というかそれは気に入ってるって解釈で本当に大丈夫か……?
※殆ど絡んだこともないが、唯一の絡みらしい絡みと言えば屋上の1件だけ。
かいしゃく
「かん」
殴り合いをしていて、気に入られたりするものだろうか。
どちらかと言えば恨みを買ってそうな気がするのだが。
「それ本人がハッキリ言ってたわけじゃないんでしょ?」
伊吹も疑問に感じたのか、石崎に聞く。
「男なら肌で感じることが出来るんだよ。勘だよ勘」
何ともあてにならない勘だ。
もし本気でオレが龍園のクラスに合流しても、殴りかかられる可能性があるな。
1人で思いつき、1人で盛り上がっていく石崎。
好意だけはありがたく受け取り、真面目に返答しておくことにした。
「実現は無理だ。大前提に、クラスを移動するための2000万ポイントはどうする」
学年末試験でBクラスに勝ったとはいっても、そうそう貯められる金額じゃない。
「それは、アレだよ。龍園さんが何とかしてくれるって」
「何とかするわけないでしょ」
「そうか? 龍園さんも綾小路が仲間になるとなったら手を貸してくれるって」
「私は貸すとは思えないけどね」
その点は伊吹に同意だ。あいつはそんな温いことを考えるような男じゃない。
オレと手を組んでまでAクラスを目指そうとはしないだろう。
りゆうえんあやのこうじ
143 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
める
男のプライドがそれを認めたりはしない。
いや、認めるような男ではあって欲しくないと思っている。
「手を組むより敵としていてもらう方が、こっちとしては楽しい。誘いは嬉しいが遠慮し
ておこう」
プライベートポイントの問題以前に、その点が重要だな。
「そうかよ。くそ、良い手だと思ったのに」
「あんたはあんたで変人ね。あいつと敵同士の方が楽しいって?」
鼻で笑う伊吹。視線は一切こっちを向いていなかった。
「ああ。何をしてくるのか、楽しみにしてる」
こうてい
まね
素直に肯定すると、伊吹は吐くような真似をして嫌そうなアピールをする。
144ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あまり目立つ好戦的なことはしたくないが、龍園となら再戦してもいい。
ただし、そのためにはあいつ自身にもっと成長をしてもらわないとな。
きたいちのせきかやなぎ
堀北や一之瀬、坂 柳と戦い、勝ち上がってくるところを見せてもらう必要がある。
程なくしてケヤキモールが近づく。
「悪いな綾小路、ここまでだ。おまえも俺たちとつるんでるところ見られると面倒だろ」
これからどこで落ち合うのかは知らないが、意見を交わし合うことは良いことだ。
石崎らしくないありがたい配慮を、素直に受けることに。
オレは入り口近くで石崎や伊吹と別れ、別の入り口からモール内に入ることにした。
出会った頃、石崎とここまで会話をする関係になるとは夢にも思わなかった。
伊吹とは初期よりも関係が後退した気はするが、それもまた変化といえる。
「1年経ったんだよな」
オレの周囲を取り巻く環境は1年間で大きく変わった。
他クラスの龍園や坂柳とも、正面から話をすることが出来るようになった。
そんな生徒がまだ何人もいる。
たった1年、されど1年。
確実に時間が流れている証拠だ。
小さい頃には分からなかった時間の流れを、今ならしっかりと理解することが出来る。
そう言えば、とオレは去年の今頃のことを思い出す。
高度育成高等学校への入学式を目前に控えながら、そのことを誰にも悟られないよう静
な時間を過ごしていた時期。オレ は無の体感を味わっていた。特にあの男を.…ヤツを
刺激しないように努めていた。ヤツの目に留まれば阻 止されることは分かりきっていたか
らだ。
様々な要因に救われた。もし日頃からオレの近くにいたならば、見過ごすことはなかっ
だろう。
だが、元々多忙なあの男は家に帰って来ることの方が少なかった。使用人という名の見

145 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
たら刺か
張りは立てていたが、1年間の内、7、8割はホテル住まいをしていた。
オレ自身、家にいたとは言っても馴染みがあったわけじゃない。
ホワイトルームで人生の大半を過ごしていたオレにしてみれば、家など1年弱過ごした
だけの仮住まいに過ぎなかった。ホテルと何ら変わりはなかっただろう。
「ホワイトルームか」
あの男はまだ諦めていない。
いや、むしろ強い手ごたえを感じているはずだ。
オレの知らないこの1年間で、既に再稼働に至っていると見て間違いないだろう。
ホワイ トルームに必要とされている限り、オレはあの場所へと戻ることになる。
この問題は遠くない未来、2年後に訪れる。
2年間、この学校で過ごすことが出来れば……だが。
今、この時に考えるのはあまりに勿体ない話だな。
ともかく、1年前には想像もつかなかったような状況にオレはいるということ。
そして掛け替えのない思い出として、刻まれていることだけは確かだ。
集合場所のケヤキモールの北口付近に着く。
普段の休日であれば10時オープンだが、長期休み中は一部が9時から開放される。
この後向かう予定の2階のカフェも、その9時オープンの店舗だ。
もったい
146 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
まんっ」
「本当に満喫、だな」
好き勝手に行動し、自由気ままな高校生活を送っている。
携帯で同級生とやり取りをして、ちょっとした待ち合わせをしている。
どこか、まだ非現実な日々。
充実していないと言えば嘘になる。
もちろん学校生活の上で、面倒なことは色々とあるわけだが。
数か月前と今を比べても随分と変化してきている。
目の前から近づいてくる少女の存在も随分と受け入れるようになった。
そう……『表面上』のオレはまるで別人のようになってきている。
思考を一度停止させ、完全に別物に切り替える。
今は、これからの話し合いの方に注力することにしよう。
「随分と早い到着なのね。予定までまだ20分近くもあるのに。暇なの?」
当然ながら私服姿でやってきた堀北が、わざわざ携帯の画面を見ながら言う。
「その3分前に到着してるおまえだって同じようなものだろ」
お互い、春休みにたいして予定が入っていないことの証明をしたようなものだった。
特に打ち合わせのようなことをすることもなく、2階にある目的地へ。
「あなたも今日の話し合いが何であるか分かっているようね」
ひま
はりきた
147 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
いちのせ
ほりきた」
こっちが確認しないことから、そう判断したらしい。
正解だが、ちょっと誤魔化しを入れてみるか。
「どういうことだ?」
「分かってて余計な手順を踏むつもり?」
「いや、何を言いたいのかサッパリなんだが。一之瀬は何を話すつもりなんだ?」
強引に押し通すことで、疑っていた堀北を誤魔化すつもりだったが……。
「本当に分かっていないの? もし分かったうえでとぼけているなら、承知しないわ
よ?」
「……まぁ落ち着け」
今にも噛みついてきそうな堀北に睨まれ、オレはその誤魔化しをすぐにひっこめること
にした。
「何となくは察してる。そんなに難しいことじゃないだろ」
「そんなに難しいことじゃないのだから、いちいち誤魔化そうとしないでもらえるかし
148ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
至極当然の突っ込みを入れられる。
こんなことで堀北の頭の中を探ろうとしても意味がないか。
「私が理解しているか、試したの?」
ひま
「勘繰りすぎだ」
「本当かしら?」
鋭くなってきた、というよりオレのやり方を理解してきたというべきか。
堀北に浅い仕掛けは通じなくなってきたな。
これ以上の追及は傷を負うことになるだろうから、逃げることに。
「それよりも……着くぞ」
一之瀬がカフェの入り口で待機している姿が見えたので話を切り替える。
約束の時間まで10分あるが、一之瀬は更に早い到着だったようだ。
「一之瀬も春休みは、オレたちと同じで暇なのかもな」
着いたばかりとは思えない。一体どれくらい前から待っていたのだろうか。
「私たちと一緒なわけないでしょう。彼女の場合は単純に律義というか、しっかりし過ぎ
ているだけ。相手を待たせることが嫌だっただけでしょうね」
堀北の言うようにそんなところだろうな。
「おまえの中でも一之瀬の評価はそんな感じなんだな」
「最初は善人のように振舞っているだけの偽善者だと思っていたわ」
言い過ぎなくらい、ズバッと思っていたことをストライクゾーンに放り込む。
「けれど流石に1年で考えを改めたわ。彼女は純粋な、そして生粋のお人好しだってね」
149ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ひとよ」
善人を装う人間は大勢いても、本当の善人はまず見つけられない。
大抵は心の中で毒づいているものだ。
その中の貴重な善人の1人は、あの一之瀬であることはもはや疑いようがないだろう。
「どんな生活を送ってきたら、あそこまで善人になれるのかしらね」
そればかりはオレにも見当がつかない。
「善人であることは彼女の武器でもあり、そして弱点でもあるのだけれど」
そう言って、褒めるようなどこか危ぶむようなため息をつき、近づいていく。
純粋な善人であるほど、悪人には利用されてしまう。
「善人じゃないほうがいいと思うか?」
「自然に囲まれて1人山の中で生きるならそれでもいい。でも、競争社会で生き残るため
には、私は完全な善人であることは捨てるべきだと思うわ」
「なるほどな」
「ただ彼女の場合は、きっと最後まで善人を貫き通すんでしょうね」
不利になるようなことであっても、一之瀬は善人であり続けるだろうと堀北は言う。
「それでも一之瀬にも善悪の区別はついてる。クラスメイトに危害が及ぶようなことがあ
れば、どんなことだってする覚悟だと思うけどな」
「だといいわね。さ、くだらない話はお終いよ」
はりきた
1150ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あやのこうじ
ちそう
これからの話し合いに臨むべく、堀北は真剣な顔つきに変わっていた。
こちらも雑談を切り上げ、一之瀬に接触する。
「一之瀬さん早いわね。待たせてしまったかしら」
「おはよう堀北さん、綾小路くん。ううん全然、私もさっき来たところだから」
お決まりのセリフだが、さっき、とは本当にいつのことやら。
変わらぬ笑顔を向け歓迎する、私服姿の一之瀬に迎えられたオレたち。
「流石に朝一だと簡単に席が取れそうだな」
まだ生徒たちの姿も疎らで、どこでも座れる様子だった。
「ささ、好きなもの頼んで。私がご馳走するよ」
ドンと胸元を握りこぶしで軽く叩き、支払いに関して任せろと言ってくる。
「それが駆け引きの材料になるわけないわよね?」
手料理を振舞って優位に物事を運ぼうとした過去があるだけに、堀北は一瞬警戒する。
「おまえじゃないんだ、ないだろ」
「言い方は気に入らないけれど……そうね」
さっき堀北自身が口にしたように、相手は他ならぬ一之瀬。
こんなところでマウントを取りに来るとは思えない。
もしマウントを取りに来ても、堀北ならマウントを取り返すくらいのことはするだろ
たた
151 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さいそく
かす
「じゃあ、お言葉に甘えてもいいのかしら」
「もちろん。どうぞどうぞ。堀北さんから決めちゃって」
そんな風に一之瀬に催促され、先に堀北が注文することに。
ひとつ心配事があったオレは、小声で一之瀬に話しかけようと距離を詰める。
今日も微かにだが、シトラスの香りがするな。
「一之瀬、プライベートポイントの方は大丈夫なのか?」
奢ると申し出てくれるのはありがたいが、Bクラスのクラスメイトの退学阻止に伴い0
ポイントになったはずだ。
呼び出した手前、奢るくらいはと思っているんだろうが懐具合を心配する。
「あ、うん。ここで支払った後も、あと3000ポイントくらいは残るかな。大丈夫だ
152ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
間もなく4月。
それだけの残金があれば、確かに乗り切るのに問題はなさそうだ。
しかし一度プライベートポイントは0になったはず。
そんなオレの疑問を感じ取ったのか、一之瀬が補足する。
「ドライヤーをね、Aクラスの西川さんに買い取ってもらって工面したの。3月を乗り切
にしかわ
しの
あやのこうじ
るためには仕方ないかなって。他の子たちも似たような形で頑張ってもらってる」
無料で凌げるように制度が出来ているといっても、元手が必要になるケースはある。
店で買うよりも安いなら、売買など上手く交渉が成立することも普通にあるだろう。
「だから綾小路くんも遠慮しないでね。さ、頼んで頼んで」
背後に回った一之瀬は背中を優しく押し、そう言った。
確かにオレだけ遠慮するのも、一之瀬にとっては逆にうれしくないことだろう。
堀北が注文を終えたところで、続いてコーヒーを注文する。
それから3人で商品を受け取り口でもらい、オレたちはカフェ一角のテーブル席に着
く。
生徒たちが少ないうちに、話を進めておきたい。2人の意識はそこで統一されているは
ずだ。早速というように堀北が話を切り出す。
「声をかけてきたのは試験に関する話かしら。それとも4月以降の方針に関して?」
オレと事前打ち合わせするまでもなく、堀北にも一之瀬の話の予測は出来ているよう
だ。
153 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「あはは、見抜かれてた。正解だよ」
笑いながら認める一之瀬だが、目の方は真剣そのもの。
この話し合いが軽いモノではないことをよく理解している証拠だ。
ひま」
ほほえ
「迷惑だったかな?」
「いいえ、私も近いうち必要だと思っていたから、一之瀬さんから声をかけてくれて助
かったわ。あなたは人気者だから予定を押さえるのは難しいもの」
「そんなことないよ。春休みは結構暇してるんだから。いつでも声かけてね」
答えて一之瀬は小さく微笑む。
その様子には、どこか切なさを滲ませているようにも見えた。
誘いはあるが断っている、といったところだろう。
その原因が何であるかは当然、堀北にも察しのつくところだ。
「最終試験は苦戦したみたいだな」
話の切り出しとして適切ではないかも知れないが、オレはそう一之瀬に話を振る。
傷口に触れないよう遠回しで話を進めても、遅かれ早かれ触れることになる。
それなら最初にある程度痛みを伴っておいた方が完治も早い。
少し遠回りするつもりだったのか、堀北は硬い表情を一瞬だけ見せたが。
それでもこちらが切り出したのを察知するや切り替える。
「いやー、うん。負けちゃった。龍 園くんの作戦にまんまとやられたって感じ」
思い出しているのか、深いため息とともに首を左右に振った後に肯定した。
どこか焦燥感を漂わせた一之瀬は、繰り返し自分に対して落胆のため息をつく。
ほりきた
154ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
こうてい
いちのせ
「私は詳細も何も知らないの。何が敗因だったの?」
「敗因は明らかだよ。私がダメだったんだ」
一之瀬は相手のせいやクラスメイトの責任にはしない。
当然、司令塔だった自分だけが全ての原因だというように、迷いなく答えた。
「直接試験を見ているわけではないけれど、あなたが大きなミスをするとは考えにくい」
被り過ぎだよ。もう、ホントにパニックの連続で……」
褒める堀北に対して、一之瀬は謙遜して否定した。
いや、実際にパニックだったことは間違いないのだろう。
龍園が登場した時から、焦りが見えていた。それを試験中にまで引きずったか。
「司令塔は金田くんだと決めつけてた。それが、その事実が真っ先に歯車を狂わせたの」
「無理もないわ。彼は一度クラスのリーダーから退いていた。それに、プロテクトポイン
トを持たない生徒は司令塔になることはない。それは龍園くんを除き全員が思っていたこ
と」
その通りだ。オレや坂 柳すらも龍園が出てくるとは頭の片隅にも置いていなかった。
対戦相手の一之瀬からすれば、驚くなという方が無理のある話。
負ければ退学。そんな捨て身の戦いが出来るのは龍園をおいて他にはいない。
「最後まで気持ちを立て直せなかった私に責任があることは変わらないよ」
さかやなぎ
155ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あやのこうじ
対金田と考えていたところに龍園が現れる。
他人事ながら同情したくなるような状況ではあった。
司令塔の出来ることは限られる。
だが会話自由のあの試験、徹底的に会話術で一之瀬を追い詰めてたはずだ。
「綾小路くんたちは、Aクラス相手に善戦したんだってね」
話を返してくるように、一之瀬はオレたちを褒める。
ここでひとつ問題が出るとしたら、オレがAクラスとの戦いを一之瀬に希望したこと。
この事実を堀北は知らない。堀北はオレにDクラスと戦うよう指示をしてきた。そしてく
じに敗れた結果、それが叶わなかったということになっている。
話の進め方によっては、矛盾が出ると少し厄介なことになる。
あらかじ」
一之瀬と予め打ち合わせしておけば良い話にも思いがちだが、ここで厄介なのは Aクラ
スとの戦いを希望したのは堀北だということにしてあることだ。
堀北の指示でAクラスとの戦いを希望したと思っている一之瀬。
くじに負けて仕方なくAクラスと戦うことになったと思っている堀北。
両者共に真実には気づいていない段階。
このまま気付かせないよう、強引に 進めることも出来ないわけじゃない。
いつものオレなら、間違いなく事前に根回しを済ませている。
ほりきた
いちのせ
156 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あるいは急場を凌ぐために、気付かせないよう立ち回る。
ちょっとした思案のしどころだが、ここはあえて自分の身を切ることにした。
このタイミングまで何も手を打たなかった理由。
それは、堀北がどこまで成長したかを確かめるため。
「負けは負けだ。わざわざおまえにAクラスと戦う権利を譲ってくれとまでお願いしたの
にな。もしBクラスがAクラスと戦ってたら結果は違ってたかも知れない」
「そんなオレの何気ない一言を聞いて、一瞬堀北が視線だけオレに向ける。
もちろん、この視線が持つ意味は考えるまでもない。
『Aクラスと戦うことを指名したってどういうこと?』そういう視線だ。
だがオレがそのままスムーズに話していることから、この場では話題を流す堀北。
この一瞬の視線は一之瀬すら疑問を抱く余地を与えないほど、自然で僅かなものだっ
た。
どうよう
157ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
今触れるべき内容でないことを、耳にした瞬間に把握した証拠だ。
かつての堀北なら『今のはどういうこと』と口にして一之瀬にも疑問を与えた。
そこまで至らなかったとしても変な動揺を一之瀬に植え付けていただろう。
理解力も判断力も随分と上がっている。いや、冴えてきたというべきか。
ここで堀北が堪えることで、一之瀬には『やはり堀北が決めた』という事実だけが残
ずいぶん
る。
かねだ
他クラスに対して、オレの存在感を薄めることが出来る。
「私のお願いのせいで、結果的に一之瀬さんたちは苦しい戦いを強いられたわね」
こちらの強引な歩幅に合わせるように、堀北が一之瀬に謝罪する。
「それは自己責任だから。堀北さんが謝ることじゃないよ」
相性の悪さが露見しやすいDクラスとの戦いは、結果的にBクラスの2勝5敗。
それによってBクラスは一気にクラスポイントを失うことになった。
「全部たらればだから。そもそもくじ引きで勝ったのは、Dクラスの金田くんだった。そ
してBクラスを指名したんだから、その点は問題じゃないよ」
確かに、結果論だけを見ればそう言うことになる。
根回しせずとも、Bクラス対Dクラスの戦いは避けられなかった。
「堀北さんたちが気にすることじゃない。私が……私がもっと、しっかりと勝てる戦略を
って挑むべきだった。そのことを強く反省してる」
前向きな発言ではあるが、どこまで切り替えられているかは別問題だ。
「もしあなたさえ良ければ、どんな種目でどんな戦い方をしたのか教えてもらえないかし
ら。もちろん引き換えと言ってはなんだけれど、私たちのことも詳しく教えるわ」
堀北も噂話程度であれば話を耳にしているだろう。
だが具体的に司令塔の間で起こったことは、当事者たちにしか分からない部分だ。
「っ堀

158 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほりきたうわさ
いちのせとうなず
その提案に対して、一之瀬は頷く。
一之瀬たちが選んだ種目、龍 園たちが選んだ種目。
どんな順番で、どの種目が選ばれたのか。龍園が仕掛けてきた手。
そしてどこで勝ちどこで負けたのか。負けた理由も含めて包み隠さず話す一之瀬。
龍園たち現Dクラスは、種目の全てを格闘技系に固め勝ち抜き方式を採用していたこ
と。
すどう
やま
こうえんじ
さすが
Bクラスにとってかなり致命的な種目。
「流石と言ったところかしら。自分たちが活かせる戦い方をしてきたのね」
「オレたちでも対抗できなかっただろうな」
「そうね……男子は須藤くんくらいよね、勝ちを確実に拾えそうなのは。いえ、それも山
田くん相手となれば絶対の保証はない」
高円寺が本気を出せば頭数に入る、というのは流石に堀北も口にしない。
女子の方でも堀北以外じゃ、どこまで対抗できるか怪しい。
「龍園くんの戦い方なら、Aクラスにも勝ち得たわね」
「それは同意だ」
完全なくじ運。少しでも龍園に運が傾けば、どのクラスにでも勝てる可能性があった。
それでも総合して、一番勝率が高くなるのはBクラスを相手にした時。
159ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
最初から完全な狙い撃ちをしていた証拠だ。
「けれど、Bクラスが選んだ種目の方が多かったのに、2つも落とした理由は何かしら」
龍園の戦略は確かに強力だが、それはくじ運を掴んだ場合だ。
Bクラスの種目から4つ選ばれていた点からも、一之瀬に一定の勝ち目はあった。
「……うん」
まだ何も知らない堀北。当然オレも、この場では何も知らない前提で話を聞く。
龍園が仕掛けた戦略。それがどのようなものであったかを。
生徒たちを、何をするでもなく、つけまわし精神的苦痛を与え続けたこと。
強引に接触し、プレッシャーを与えたこと。
そして当日に突然の体調不良で、数名が実力を発揮できなかったこと。
しかし最後まで語った後、一之瀬はこう付け加える。
「私は自分が選んだ得意種目を落とした。臨機応変に対応できなかった、司令塔のミス」
龍園のせいではなく、自己責任だとハッキリ言った。
「複数人が腹痛、そして精神的に落ち着きがなかったというのは……」
当然、堀北にもそれが龍園の放った戦略だということは分かる。
「間違いなく龍園くんの罠だったと思う。体調を崩したクラスメイトにヒアリングした
たら、試験の前にカラオケで石崎くんたちに絡まれたって後で聞かされた」
160ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
しざき」
から一
ずいぶん
うつた
けんせい
カラオケ、か。生徒たちが監視の目を受けないで済む数少ない場所だ。
そこで何らかの細工をして一服盛った。随分とハイリスクな手を打ったものだ。
「ダメ元で学校側に訴えるべきじゃないかしら」
既に試験終了から1週間は経過している。生徒たちの食べ物や飲み物などは当然処分さ
れてしまっているだろう。薬局で薬を購入した形跡は見つけられても、それを実際にBク
ラスの生徒たちに使用したかは水掛け論になってしまう。
「訴えを起こすことは悪いことじゃない。今回は実らなかったとしても、次回への牽制に
はなるわ。無茶を繰り返せば当然学校側の判断も厳しくなる」
事実であれば由々しきことであり、学校が対策に乗り出す可能性はあるだろう。
「かもね。でもどちらにしても、私は今回の件で何も報告するつもりないかな」
そんな提案を一之瀬は突っぱねる。試験が終わってから1週間。その間に何度も、クラ
スメイトからは訴えるように進言されていたはず。それでも動いていないから当然か。
「どうして? 完全な泣き寝入りで構わないの? 彼らに見過ごした、些細な落ち度でも
あれば、試験の結果がひっくり返る可能性もある大きな事件よ」
証拠が絶対に出てこないとも限らないと堀北は言う。
よっては停学以上の措置を受けることもあるだろう。
いちのせ
さい
ほりきた一
161 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
時場
間合
がに
経たよ
てっ
時間が経てば経つほど訴えは難しくなる。
ひとみ
わず
「あなたさえ良ければ、私も協力するわ」
堀北であれば絶対に泣き寝入りしない。だからこそ、強く一之瀬に申し出る。
「ありがとう堀北さん。だけど、やっぱり訴えないかな。現時点では確実な証拠はない
し、それに……今回のことを強い戒めにしたいの」
「戒め? どういうこと?」
堀北の説得にも、一之瀬は首を縦に振らない。
「私、運が良かったと思ってる」
先ほどまで沈んだ表情をしていた一之瀬だったが、その瞳に活力が僅かに戻っていた。
壊れかけたエンジンが、必死に点火しようともがいているように。
「もし、今回の試験みたいなことが2年生の終わりや3年生の大事な時に起こった出来事
だったら、どれだけ窮地に追い込まれていたか分からない。でも、今ならまだ大丈夫」
うんと頷き、一之瀬は力強い瞳でオレたちを見る。
それが今この瞬間だけの輝きだと分かったのは、恐らくオレだけだろう。
「今回の負けはクラス全体で重く受け止める。そして、次に活かすことに決めたの」
「そう。それなら他所のクラスの私が余計なことを言う必要はないわね」
「そうだな」
この場では、ひとまずBクラス対Dクラスの話し合いは終わりを迎える。
きゅうち」
なす
162ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
りゆうえん
うかが
たんたん
一之瀬対龍園の試験内容は聞いた。今度はオレたちの出番だ。
堀北が一度こちらを窺うように目で伝えてくる。
司令塔だったあなたが話して?という確認だ。
いちのせ
オレは司令塔として、一之瀬と同じように種目とその結果を報告していく。
その内容は当たり障りのない淡々としたものだが。
どんな種目で戦い、どんな勝ち方、負け方をしたのか。
フラッシュ暗算でオレが最終問題を答えたことなど、もちろん余計なことは話さない。
「結果は聞いてたけど良い勝負だったんだね」
「とはいえ、もつれ込んだ7種目は坂 柳のチェスに力及ばず敗北、そんなところだ」
チェスに関してはゲームのひとつ。元々自信があった種目だと言っておけばそれほど深
く突っ込まれることはない。何より坂柳に負けている以上、そんなものかで済む。
「唯一の好材料……と呼べるかは微妙だけれど、マイナスのポイントで済んだことは救い
ね。上位のクラスとこれ以上離されるわけにもはいかないもの」
「堀北さんたちは着実に力をつけてきてる。私たちも油断できないよ」
近い将来ライバルになることを見越し、一之瀬は素直にそう賞賛を送った。
「そうね。私たちのクラスは強くなる」
さかやなぎ
しょうさん
163 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
その自信を持った堀北の言葉と目を見て、一之瀬も小さ
てっぱい
「今日の話し合いで一之瀬さんに伝えておきたいことがあるの、いいかしら」
「うん」
ここからが、後半戦。本当の話し合い。
一之瀬からではなく堀北から切り出した。
「率直に言って、来年度からは協力関係を撤廃させてもらいたいの」
その堀北の提案は思いがけないもの、ではなく一之瀬も覚悟出来ていたことだ。
「多分そう提案がくるんじゃないかなって思ってた」
「私たちは1年生最後の試験でAクラスに負けて、Dクラスに落ちるわ。順位だけを見れ
ば負けたままだけれど、内容ではけして負けていない。いいえ、むしろ詰めたと思って
る」
「そうだね。一度0ポイントになってたことを考えれば、年間で一番クラスポイントを増
やしたのは堀北さんたちのクラスだし。それにAクラス相手に3勝4敗の惜敗……」
計算すれば簡単に分かることだが、一之瀬もその事実には気がついていた。
数字の結果の僅差も然ることながら、勝負はどちらに転んでもおかしくなかった。
月城の妨害があったことが決定打だったものの、勝つチャンスは十分にあったと言え
せきはい
つきしろ
164ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
る。
求 「でも、上手く関係を維持することは出来るんじゃないかな?」
堀北に対して、一之瀬はすぐに撤廃を快諾しなかった。
「たとえばクラスポイントがもっと詰まった時に、また話し合うとか」
「ありがたい申し出ね。でも、やはり協力関係は続けるべきじゃないと思ってる」
協力関係を安定して成立させるには2つ条件が必要になる。
1つはクラスポイントの差が埋めがたいほど広がっていること。
1つは協力関係の上に立つクラスが安定していること。
去年5月地点では650ポイントの差があった。そしてBクラスは年間を通じ安定した
ポイントを保持して推移させてきた。だからこそ苦戦しているオレたちのクラスと組んで
も支障が生じることはなかった。
ところが今、その両方がない状態だ。オレたちのクラスは一年を通じ300ポイント以
上を獲得し、逆にBクラスは数字を落とす結果に終わった。差は大きく詰まっている。
つまり2つの条件、そのどちらをも満たしていないことになる。
「私は来年度、Bクラス以上になることを確実な目標にしたいと思っている。そしてAク
ラスを抜き去るため、ポイントも射程圏内に捉えるつもりよ」
強い目標を打ち立てた堀北に、一之瀬は動揺を見せた。
「……そう、そうだね」
それはつまり、目の前にいる一之瀬率いるBクラスを倒すということでもある。
ほりきた
いちのせどうよう
165 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あやのこうじ
うなず
当然、そうなれば協力関係だのと言ってられなくなる。
中途半端な関係は、完全に足かせになると判断しての拒否。
「異論ないかしら、綾小路くん」
「ああ。もちろんおまえに従う。Aクラスに上がるための正しい判断だ」
堀北に問われオレも頷く。その判断は間違っていない。
一度目を閉じ、一之瀬は大きく息を吐いた。
「救いようのなかった私たちに協力関係を持ち掛けてくれた一之瀬さんには感謝している
わ。でも……恨まれるとしても、この先私たちは敵同士よ」
そんな堀北の決意を、一之瀬は静かに受け止めた。
「恨むなんてとんでもないよ。元々敵同士だった私たちが一時的に休戦していただけ。私
だって沢山感謝してるんだから」
ゆっくりと目を開いた一之瀬は、当然堀北やオレを憎むような眼はしていない。
「2年生からは明確な敵同士だね」
「ええ」
差し出された一之瀬からの手を、堀北は力強く握り返した。
堀北の頭の中にもある程度計算はあるはずだ。Bクラスの強み、そして弱み。
どうすれば倒すことが出来るのか。
166ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
そして一之瀬にも同様に見えているであろうオレたちのクラスの戦力。
どうやって抑え込むか。それをこれから考えていかなければならない。
こうして短いオレたちの対話は終わりを告げた。
4月からはBクラスとの本格的な戦いも幕を開けることになる。
ほりきた一
167ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
解散となったが、一之瀬はしばらく残るとのことだった。
敗戦と協力関係の破棄。いろいろと頭の中を整理しておきたいところだろうしな。
そのため、オレたちは一足先に帰ろうとする。程なくして階段に着き降りていく。
「ちょっと待って」
そんなケヤキモールのカフェからの帰り、背後から堀北に呼び止められた。
振り返ろうとしたオレに対し、堀北はこう言って制止する。
「振り返らずに聞いて欲しいことがあるの」
そう要望を受ける。
その真剣な口調に、オレは同意の合図として振り返らないことにした。
「なんだ、急に」
「なんだ急に? 私に謝っておくことがあるんじゃないかしら?」
かねだ
背中越しに怒ったような声が飛んでくる。
「なんのことか分からないな」
それでも白を切ろうとすると、堀北は迷わず本題に触れてくる。
「Aクラスと戦えるように、Bクラスの一之瀬さんにあなたが根回ししたのね?」
「そのことか」
「私が話を合わせなかったら、厄介なことになったんじゃないの?」
「問題なく合わせただろ」
「それは余計なことになると思ったからよ。説明してもらえるかしら」
「一之瀬も言ってただろ。金田がくじ引きで勝ってBクラスと戦うことを決めた。つま
り、オレが裏で何をしてても結果は変わらなかったってことだ」
「私が聞いているのは、どうして無断でAクラスと戦うことを決めていたのかってこと
よ」
「勝てる可能性が一番高いと判断したんだ」
「どう考えても金田くんや龍 園くんのクラスと戦う方が良かったと思うのだけれど?」
「Bクラスと同じようにやられてた可能性も高い。須藤や堀北くらいだろ、通用するの
は」
「それは結果論よ。あの時は間違いなくDクラスと戦うべきだった」
168ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
一歩、こちらに詰めてきたのが声の距離感で分かった。
それでも強くは詰めてこない。
「私の言っていることは間違っているかしら?」
「いいや。確かにAクラスと戦うのは最大のデメリットだ、それは否定できないな」
「私の忠告を無視したことはこの際置いておくわ。どうしてAクラスだったの」
独断で決められたにしても、その点だけは納得いかないんだろう。
「どうしてだと思う。どうしてオレがそんな根回しをしたかおまえに分かるか?」
こちらから問い返してみる。けして答えの出ることのないであろう問いかけ。
オレと坂柳の関係、ホワイトルームの因果を知らない人間には解けない問題。
「推理できる材料で考えるなら……あなたの言った『勝ちの可能性が一番高い』の言葉か
ら答えを導き出すこと。なら、何故BクラスとDクラスを除外しなければならないのか。
まずBクラスは問題なく外せるわ」
わざわざ根回しせずとも、Bクラスとは協定関係にあった。
その協定を破ってまで、一之瀬が戦いに来る可能性は低いと判断してもおかしくない。
「問題はDクラス。普通なら迷いなく選ぶ対戦相手だけれど……。実際に戦ったBクラス
それは龍園 くんの奇策が上手くハマったから。私たちも、同じフィール
ドに引きずり出されていたら勝負はどうなっていたか分からなかった」
互角、あるいは不利になっていた可能性も排除しきれない。
いちのせ」
169 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
りゆうえん
「誰もがDクラスは簡単な相手だと思っていた。だからこそあなたは不気味さを感じた」
恐らく導き出せる最大限の推理だろう。
「龍園くんが出てくることや選んでくる種目を予見していたの?」
「もしかしたら、ってな。それでBクラスを人柱にしようとしたんだ」
「もし言っていることが本当だとしても、それは私に相談すべきだった」
「そうだな」
そこは否定せず受け入れる。
オレが単独で動いて良い理由にはならない。
「でも本当にそれが理由かしら」
「と言うと?」
「クラス内投票であなたはAクラスから多くの投票を得て1位になった。そしてプロテク
トポイントを得た。退学を賭けた司令塔としてAクラスと戦うことになったわけだけれ
m ど、これは単なる偶然? まるで……あなたと坂 柳さんが示し合わせていたような……」
今の話には単純な偶然もある。だが、オレと坂柳の関係性とその背景に気付き始める。
「いいわ……これは流石に無茶もある。何より確証すらない話よ、忘れて」
そう言って堀北は自分の発言を取り下げる。
「考えを改めて聞いておきたい。今、あなたはAクラスに上がるつもりでいるのよね?」
「さっきそう言ったよな」
さかやなぎ
さすがむちゃ
170ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「ええ。でも、それが本心かどうかは分からない。入学当初から最近まで、私が知る限り
のあなたはクラスが上にあがることに対して極めて消極的だったわ」
「人は成長する。おまえだって入学当初からは見違えるほど成長した、それと同じだ」
実際、オレは上位クラスを目指す考えを持ち始めているが、それを信用できないと疑っ
てくるのは無理もないことだ。特に堀北に対してこっちは協力的じゃなかったからな。
相手の立場に立ってみれば不気味な存在に映っていても無理はない。
「そうね。人は成長する……見方も変わってくるわね」
一定の不満は持っているだろうが、やや強引に自分自身を納得させる堀北。
だが、今回の話はこれで終わりそうにない。
「私たちのクラスは成長した。強くなっている実感もある。だけどそれじゃまだ足らな
い。Aクラスに上がるためにはあなたの協力は必要不可欠なの」
「つまり?」
「これまであなたは、勉強も運動も中途半端に手を抜いてきた。確かに平均的位置にいる
なら足を引っ張っていることにはならないけれど、それでは貢献にもなっていない」
耳の痛い話だ。目に見える貢献度では、確かに殆ど成果を得られていない。
「もうその縛りを解き放ってもらえないかしら。この先、どんなことにも全力で取り組ん
でもらいたい。それこそが、Aクラスに上がる意思のある証明でもあるはずよ」
n これは脅しやお願いという類のものではない。
こうけん」
171 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あいきょう
ほりきた
オレの出方を窺うための言葉。もちろん、とげとげしいものがあるのはご愛敬だが。
「断る」
「やっぱり」
呆れるよりも、分かっていたと鼻で笑う。
「あなたは口先だけ。Aクラスに上がるための協力なんてするつもりがないのよ」
「少なくとも現状ではな」
売り言葉に買い言葉で、オレは堀北に言い返した。
今言った言葉がどんな意味を持つのか、処理に少しだけ時間がかかる。
「……え? 現状では?」
絶対に引き出せないと思っていたオレからの協力。
だが、オレは今ある程度譲歩しても良いと思っている。
「こっちにも積み上げてきた1年間の事情がある。春休み明けいきなり全力でやれば、ク
※ ラスメイトどころか学年全体……いや、学校全体で噂が駆け巡る。それは極力避けたい」
「あなたが優秀なことは認めるけれど、随分高い自己評価ね。いったん勉強だけに絞って
話をするけれど、クラスメイトだけでも私や幸村くん、他クラスなら一之瀬さんや坂柳さ
実ん。大勢上位に名を連ねる生徒がいるのよ? あなたはそこに肩を並べられるのかしら」
急に割って入っていける話じゃないと堀北は呆れながら言う。
うわさ
いちのせ
さかやなぎ
172 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
はっき
「確かにギャップという意味では一時的に悪目立ちするでしょうけれど、結果的に学年の
上位1~3%の立ち位置に落ち着くのなら、すぐに馴染むんじゃないかしら。短期間で劇
的に成績が伸びる生徒なんて、珍しいものじゃないわ」
堀北の考えでは、そういう結論で終わるらしい。
その物差しが正確なものなら、確かにそれで終わるかもしれない。
だが、正確でない以上話は終わらない。
「悪いが堀北、現状は同学年で相手になるヤツはいないと思ってる」
成長の伸びしろがある生徒や、不真面目で本領を発揮させてない生徒を除いてだが。
「……言うわね。呆れるほどに大口だわ」
納得するはずもなく、堀北は反論する。
「兄さんに一目置かれているからと言って、それは何の証明にもならない。あなたは明確
に私に対してどれだけ凄いかを、まだ一度も見せることが出来ていないのよ」
「これまでの日々じゃ足りないか」
/ 「勉強であなたが1番である証明はある? いいえ、勉強以外でもいいわ。その大言を認
めさせるには、何でも勝つくらいの実力が必要よ。たかだか1つの種目ではあるけれど、
あなたは坂 柳さんにチェスで負けたわ。もちろん、信じられないくらい高レベルな争い
だったことは認める。でも、負けは負けよ。それで同学年に相手がいないなんてよく言え
173ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
sるわね」
はっき
ほりきた」
ない
うそ
「どう捉えるのもおまえの自由だ堀北。オレの発言は単なる虚勢かも知れないしな」
「結局そうやって逃げるんじゃない。あなたは不真面目なだけの嘘つきだわ」
「ならその烙印を押し付けることで満足してくれるのか?」
その返しに、堀北が黙り込む。
鬱憤を晴らすことで満足するのなら、これでこの話は終わりになるだけだ。
階段を降りようと一歩、足を踏み出そうとする。
うっぷん
「試させて」
174 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
強い口調で、そう返ってきた。
「なにを」
「本当の実力をよ。頭が良いことも運動神経が良いこともある程度分かるけれど、雲を掴
むようにハッキリしない。あなたの実力は何もかも不明確なまま」
自分の持つ物差しで推し量りたいということか。
「あなたの実力が隠すに値するものなのかどうか知りたいの」
おまえが正確な物差しになれる自信はあるのか?」
「私はあなたより筆記試験で高い点数を取れる自信があるし、本気で戦えば喧嘩で勝てる
自信だってある」
確かにこの一年、当然のように堀北はテストでオレよりも常に上であり続けた。
足の速さや筋力は男が有利だとしても、技術を織り交ぜた戦いならば有利だと言いたい
気持ちも分かる。事実堀北は体調不良の中で伊吹相手に好勝負を繰り広げていた。
それに入学当初兄貴と軽く揉みあったことも見ているはず。
それらを加味した上で自信をもって、オレに勝てるとの断言だ。
「なら、それをどうやって試す?」
「方法なんて幾らでもあるわ。私かあなたの部屋でだって筆記試験の勝負は出来る」
後ろを振り返るなと言ったのはオレと声以外の駆け引きを避けるためだ。目と目を合わ
せるだけでも様々な感情を読み取れてしまう。それを不利だと判断しての立ち位置。
唯一心理戦だけはオレとしたくないと、警戒している。
「受けてもいいが一方的な話ばかりだな。こっちに得がない」
「損得の問題かしら。あなたは実力を隠しその秘密を私に握られている。ここで受けなけ
れば強制的にバラしてしまって、無理に表に引きずり出すことだって出来るのよ? ただ
でさえあなたは、最近色々と注目の的だもの。誤魔化しきれないんじゃない?」
ごまか
175 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
脅しとしても弱い。今後不利益になることを思え
北はどのみちバラしたりはしな
だ きょう
ただ、堀北の成長を考えればここが妥 協ラインかもしれないな。
こちらの長考に対して堀北も静かに答えを待つ。
「ならこうしよう。4月以降の筆記試験で1科目だけ事前に決めて高得点を競う。これな
ら仮にオレが100点を取っても、1科目だけ猛勉強したからと言い訳も立つ」
他の科目が高い点数でなければ十分に通じる言い訳だろう。
「実力を測るには、少し弱いけれど……ともかく公式の場での戦いでいいのかしら」
「一応おまえに負けた時のことも考えておかないとな。今後全部の科目で高い点数を取る
ことになるなら、その布石は作っておきたい」
「いいわ。あなたの案に乗ってあげる。けれど、対決する科目の決め方はどうするの?」
「もちろんおまえが好きに選んでいい。時期も当然任せる。そして、その対戦科目が何で
あるかは本番当日、試験直前に伝えてくれて構わない」
「なるほど……事前通達なしであなたが勝つためには、日頃から満遍なく勉強しておくこ
とが最低条件になる。1科目だけでもある程度実力が推し量れるということね」
これなら、ある程度堀北にも納得してもらえるだろう。
「私が勝ったら、その時はあなたの実力はそれほどじゃないと判断して、以降は全てに対
して全力で取り組んでもらうことになるけれど、それでいいわよね?」
「ああ。ただしこっちが勝ったらオレの願い事を1つ聞いてもらうぞ」
まんべん
おはか
176ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「そうね、一方的なのは不公平ね。何が望み?」
「さあ。何にするかは考えておく」
「……卑怯じゃないかしら。ここで快諾すれば無茶な要求も飲まなくてはならなくなる
ひきょう
わ」
「もう負けた時のことを心配してるのか? もっと強気な上での提案だと思ったんだが」
「言うわね……」
「無理しなくていいんだぞ。自信がないなら、この勝負自体を無しにしてもいい」
そう言われれば、堀北は当然下がることは出来なくなる。
「いいわ、もし私が負けたらどんな条件でも飲む。これでいいかしら」
「十分だ。決まりだな」
こうして4月以降、一番近いテストでの堀北との筆記試験対決が確定する。
歩みを進めた堀北がオレの隣に立つ。
そして、先に降りていく。
「楽しみにしているわ。あなたとの直接対決」
もちろん、堀北は万全の対策を取って試験に挑んでくるだろう。
ま、こっちはいつも通りにやるだけなんだがな。
オレはその場に立ったまま、決意を固めた堀北の背中が見えなくなるまで見送った。
「さて、オレはこの後どうするかな」
177ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
当初は真っ直ぐ帰るつもりだったが、少し気が変わった。
いちのせ
少し一之瀬の様子が気になるな。
先に帰ってくれということだったが、今1人で何を考えているのだろう。そんなことを
考えていると、ある男がこちらを見ていることに気付いた。
たまたま目が合ったわけではないようだ。
その視線に誘われるように、オレは階段を下るのだった。
りゆうえんかける。
同日、午前11時半過ぎ。
ケヤキモール2階の男子トイレ。
そこで2人の男が立ち話を行っていた。
1人は一度リーダーの座を降り、そして再び表舞台に戻ってきた、龍園 翔。
そしてもう1人は、1年間クラスをキープし続けたAクラスの生徒、橋本正義。
偶然に集まったのではなく、橋本から連絡をしてあえて人気のないこの場所を選んだ。
「で? こんなところに俺を呼んでどんな悪巧みを話そうってんだ?」
「悪巧みなんて人聞きの悪い。ただ1年間の総括でもしようと思ってな」
はしもとまさよし
178ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
そうかっ
そんな風に、どこかすかした態度を取る橋本。
常日頃から掴みどころのない空気を出す男を龍園は嫌いではなかった。
しかし、同時に好きでもない。
まだ石崎や のような体力バカの方が分かりやすくて好感が持てる。
もちろん橋本も龍園を信用してはいないし、信用されているとも思っていない。
利害が一致している間だけの関係。
だが、それは時に強固な繋がりであることも2人は知っている。
「学年末試験じゃBクラスをボ コボコにしたみたいだが、完全復活と見ていいのか?」
「さあどうだろうな。単なる気まぐれかもな」
真面目に答えず、龍園は腕を組んで笑みを見せる。
「気まぐれ? だとしたら、これ以上ない怖い気まぐれだな。気まぐれでAクラスまで狙
われたらたまったもんじゃないぜ」
「戦うのはごめんだと、橋本は白旗をあげるように一度両手を軽く上げて見せた。
「そんなに俺の動向が気になるのか?」
「一度後ろに下がったおまえがまた前に出てきたんだ、気にならないほうが変だろ」
自分たちの障害になりうる存在の動向には、人一倍気にかけている。
次 「坂柳に指示を受けて偵察にきたか?」
179ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さかやなぎ
あいまい
りゆうえん
さかやなぎ
はしもと
「生憎と、簡単には答えられない質問だ」
曖昧にする橋本だが、これが坂柳の指示で嗅ぎまわっているわけでないことは龍園は分
かっている。その上で、あえて龍園は一度坂 柳の名前を出し橋本の様子を探った。
「それで? 今後はどうしていくつもりなんだ?」
「どうしていくもクソもあるかよ」
鼻で笑うと、龍園は橋本へと詰め寄っていく。
僅かに体を強張らせた橋本は、万が一のための防衛、その気構えを作る。
自ら選んだ場所とはいえ、ここは人気の少ないトイレ。もしもの時に身の安全を保障し
てくれる監視カメラはない。携帯で録音もしくは録画しておくべきだったと脳裏を過った
が、それがバレた時に龍園との関係が消滅する恐れもある。
「二重スパイとして賢く立ち回ってりゃ勝てると安易に思うなよ?」
笑いながらもかけてくるプレッシャーは、凡人のそれとは大きく異なる。
「はっ。腐っても鯛、迫力満点だな」
若干の焦りを感じながらも橋本は喜びを同時に感じていた。
Aクラスは盤石。しかし坂柳の気まぐれ次第では上にも下にもブレる。
その下にブレた時、勝ちあがって来るのは十中八九龍園のクラス。
そこに唾をつけておくのは当然の判断だった。
ばんじゃく
180ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
だからこそ否定しておくべきポイントを橋本は口にする。
「悪いが龍園。俺は2クラスだけで済ませるつもりはないぜ」
「クク、どういう意味だそりゃ」
「ちょっと早いが――」
橋本は携帯を取り出し、わざわざ一度龍園にディスプレイを見せる。
録音などを行っていない証明をしつつ、どこかへ電話をかけはじめる。
そのコール時間は僅か。
相手も橋本からの電話を待っていたことをすぐに見抜く龍園。
「来いよ。事前に伝えた場所のままだ」
そう短く相手に伝え通話を終える。
「誰だと思う? 龍園」
181 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「さあな」
あやのこうじ
「綾小路だよ」
「綾小路? あぁ、一瞬誰かと思ったぜ」
橋本が出した名前にも、龍園は慌てない。
不意を突けば何か拾える情報があると読んだ橋本の目論見が外れる。
だが、まだ諦めるには早いと執拗に追いかける。
しつよう
だからこそ否定しておくべきポイントを橋本は口にする。
「悪いが龍園。俺は2クラスだけで済ませるつもりはないぜ」
「クク、どういう意味だそりゃ」
「ちょっと早いが――」
橋本は携帯を取り出し、わざわざ一度龍園にディスプレイを見せる。
録音などを行っていない証明をしつつ、どこかへ電話をかけはじめる。
そのコール時間は僅か。
相手も橋本からの電話を待っていたことをすぐに見抜く龍園。
「来いよ。事前に伝えた場所のままだ」
そう短く相手に伝え通話を終える。
「誰だと思う? 龍園」
181 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「さあな」
あやのこうじ
「綾小路だよ」
「綾小路? あぁ、一瞬誰かと思ったぜ」
橋本が出した名前にも、龍園は慌てない。
不意を突けば何か拾える情報があると読んだ橋本の目論見が外れる。
だが、まだ諦めるには早いと執拗に追いかける。
しつよう
「ここに綾小路を呼ぶ理由、思い当たる節はないか?」
はしもとあやのこうじ
りゅうえん
「ないな」
ハッキリと言い切った龍園はすぐにこう続ける。
「本当にここに呼んだのはそいつなのか? 俺にはそうは見えねえな」
仕掛けたつもりが簡単に仕掛け返される。
「……ったく、中途半端な嘘は通じないか」
橋本は綾小路の名前を出すことで、龍園が普段とは違う反応を示すのを期待した。
しかし龍園は小物の名前を口にするのも煩わしい、そんな態度を見せる。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。何か裏があるのか? 橋本」
綾小路を気にかけている橋本にこそ、何かあるのではないかと逆に疑いを向けられる。
そこには演技のようなものも見られない。
が、それでも橋本は綾小路と龍園に対する不信感をぬぐい切ることはない。
王様を気取っていた龍園が、石崎たち相手に簡単に引き下がったとは思えないからだ。
坂柳の一連の行動からも綾小路の影がちらついている。
あとひとつ、何か情報があればそれらは確信に変わる。
「ここに呼んだのは――」
2階のトイレに、足音が近づいてくる。
さかやなぎ
182ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かんざきりゅう じー
そして姿を見せる1人の男子生徒。
「あ?こりゃまた、面白いヤツを呼んだもんだな橋本」
龍園と橋本の前に現れたのは、1年Bクラスの神崎 隆一
普段交わることのなさそうな3人が集まることになった。
おめどお
「どうしてもおまえに御目通りしたいって言ってな。俺が橋渡しをすることにしたんだ」
「で? その見返りはなんだ」
「決まってるだろ? Bクラスへのコネクションさ」
「坂柳は一之瀬に弓を引いた。つまり敵同士だ。神崎が受け入れると思ったのか?」
「受け入れるさ。そうだろ?神崎」
「俺はおまえを信用していない橋本。だが、利用価値はあると思っている」
「だってさ」
利害関係が一致すれば、橋本は神崎とも組めるとアピールする。
そして、へらへらと笑いながら橋本が神崎の肩に手を置く。
「こいつの話を聞いてやってくれよ。俺のために」
「なるほどな。2クラスで終わらせるつもりがないってのはこのことか」
橋本はこれまで龍園のクラスにしか興味を持っていなかった。
だが一度龍園が後退したことで、視野を広げる方向へとシフトさせた。
183ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
おく
さんばい
「ああ。後は綾小路のクラスの方にも種を撒いていくつもりさ」
どのクラスが勝ちあがっても、自分が救済されるように動くと宣言する橋本。
だが、既に龍園の興味は橋本ではなく神崎に移っていた。
「退屈させない話題を持ってるんだろうな?」
「何を期待しているか知らないが、喜ばせるような材料は何もない」
神崎は龍園相手にも臆することなく続ける。
ここに来た、自らの話をしておくために。
「学年末試験。その時のことで話をしておきたかっただけだ」
「惨敗の感想でも聞かせてくれるのか?」
「悪いが龍園、俺はおまえに負けたとは思っていない」
強気な発言に、橋本が口笛を吹く。
四 「汚い戦略で強引に勝利を掴んだに過ぎない。そのことを忘れるな」
神崎がそう訴えるのも分からなくはない。正攻法で戦っていれば互角以上に渡り合えた
と自負しているからだ。龍園の卑劣な戦略によって奪い去られた勝利。
「くだらねえ。そんなことを言うために、わざわざこの場に姿を現したのか?」
龍園にしてみれば、綺麗も汚いもない。
勝ちは勝ちであり、神崎の負けは絶対に変わることのない結果だ。
りゆうえん
はしもと
かんざき
びれつ
184ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
たた
いちのせ
ひと
「そもそも汚い戦略ってのは何だ。俺が司令塔になったことか?」
「とぼけるな。試験当日の腹痛と一部生徒に対する精神的攻撃。そのことを言っている
試験の中身については詳細を把握していなかった橋本は、面白そうに手を叩く。
「そりゃキレたくもなる。随分派手にやったんだな龍園」
「この手の卑劣な行為は、今後Bクラスには一切通用しないと言っておく」
「クク。一之瀬に防げるとでも思ってんのか?それとも学校にでも泣きつくつもり
か?」
「いいや。それは無理だろうな」
神崎は即座に否定する。お人好しの一之瀬に、どうにか出来ることではないと。
「なら誰が防ぐ」
「俺だ」
迷わず言い切る神崎に対して、龍園は拮抗した考えを2つ思い浮かべる。
単なるハッタリか、それとも―と。
「一之瀬の腰ぎんちゃくだったおまえに、何ができる」
それを探るために一歩踏み込んだ。神崎の言葉の意図を見つけるために。
「俺はこの1年、確かに一之瀬を立てその横でサポートをしてきた。だがそれは、入学時
次点で一之瀬が他クラスの生徒と比べても優れた統率力とチーム力を発揮出来る人材だと判
185 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
はっき
断したからだ。その点に関する信頼は今も揺らいでいない。だが、危機的状況を回避する
能力や、いざという時に弱者を切り捨てることが出来ない大きな弱点も抱えている」
「ほう? なんだ、つまんねー話しかしないと思ってたが、意外にも面白いじゃねえか。
お手々繋いで仲良くやってるだけのBクラスに、そんな考えを持ってるやつがいるとは
な」
いつしゅう
しかし、と龍園は一蹴する。
「口だけならいらねえぜ。虚しく吼えるだけなら犬にもできる」
「だったらやってみろ。それを証明する」
Bクラスへのコネクション作りのためだけに神崎に協力をした橋本だが、神崎の評価を
少しだけ改める。思っていたよりもやれるのかも知れない、と。
「いいぜ。おまえがお望みなら、次はもっと徹底的に潰してやるからよ」
「どんな汚い手を使うつもりか知らないが、俺は一之瀬と違って容赦はしない。自らの
フィールドで負けるのが嫌なら正々堂々戦うことだ」
「クソみたいなクラスじゃなかったことを期待するぜ」
龍園は笑いながら用を足す。
それに続くように橋本も隣へ。
「面白いだろ? また何かあったら俺に相談してくれよ神崎」
ようしや
りゅうえん
186ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かんざき
宣言を済ませ帰るだろうと思った神崎に対して、そう残す橋本。
だが神崎も近づいてくると、更に橋本の横に立つ。
2人に対して後れを取らないことをアピールするためか、神崎の威圧が場を包む。
そして用を足し終えると、神崎は最後にもう一度強い口調で言う。
「よく覚えておけ龍園」
そう言い残し、神崎は一足先にトイレを立ち去る。
こえ
たた、お一
「クックック。怖え怖え」
「次はどんな手でBクラスをどん底に叩き落としてくれるんだ?」
「さぁな」
そう笑って誤魔化す龍園だったが、その時は全く違うことを思い出していた。
橋本と神崎を交えた話し合い
間ほど前の出来事を。
187ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

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