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295 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
から
理事長との絡みから情報を拾えればと思ったけど、空振りだったかな……。
私は綾 小路くんに声をかけるつもりだったが、それを撤回する準備を始めていた。
あやのこうじ
てつかい
やっぱり、もっと脇を固めてからにすべきかも知れない。
もう少しだけ後をつけて、何もないようなら篠原さんたちのところに戻ろう。
角に消えていく綾小路くんを追いかけながら、私はそう思った。
その日のオレは、ケヤキモールに1人で買い物に来ていた。
春休みが終わって新学期が始まる前に、衣服など新調しておきたいものがあったから
だ。
それだけの一日になる予定だったが、事情が変わり始める。
最初の異変はオレの背後から。
そして次の異変はすぐに前方からやってきた。
「少しよろしいですか」
どこから回ろうか考えていた時、4人の大人たちに声をかけられたことに始まる。
その内3人は工事業者のような格好をしていて、手にはクリップボードを持っていた。
だが、1人は手ぶらでピシッとしたスーツ姿をしている月城だ。
こちらの足を止めさせると、一度3人の方へと振り返る。
かっこう
296ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
つきしろ」
すいぶん一
まんきつ
「では工事の方は手筈通りよろしくお願いいたします」
そんな指示を月城が出し、大人たちを先に歩かせていった。
「綾小路くん、随分と春休みを満喫されているようで。まるでいっぱしの学生のようだ」
優しい口調で何を話すかと思ったら、随分と皮肉を込められていた。
「何か自分に御用でしょうか、月城理事長代行」
「おや。歓迎されている様子ではありませんね」
そんなことを分かっていながら、あえて少しだけ声量をあげる月城。周囲で足を止める
者がギリギリ素通りするレベルなのが、意図的であることを表している。
「理事長に声をかけられると変に注目を浴びますから。この学校じゃ実力のない生徒は日
陰にいるべきだと思ってますので」
可能な限り、手早く相手の要件を引き出したいところ。
オレの後をつけている松下のことも気がかりだ。
「もう一度伺います。用件はなんでしょうか」
距離は離れていて会話までは聞こえないだろうが、色々と余計な憶測を生みそうだ。
「用件は私の話したいタイミングで話します。それが苦痛なようですが、我慢していただ
くしかありません。不服ですか」
こちらの配慮など、月城がするはずもない。
まつした」
おくそく
297ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
たた
つきしろ
むしろ好都合とばかりに、往来の場所で間延びさせるように話を始める。
「分かりました。ではゆっくりとお話しください」
「そうすることにしましょう。では、まずは天気の話からしますか」
パン、と手を叩いてそう提案する月城だが、すぐに目を細める。
オレの反応を見て楽しむつもりだとしたら浅はかだ。
こんなことで、心の中にある感情を上下させることなど出来るはずもない。
「冗談ですよ。私もこの後予定がありますし本題にしましょう」
それも、月城は当たり前のように分かっている。
分かっていて、それでもこちらを挑発してくる真似を取ったようだ。
だが言いたいことはあるようだな。
学校と生徒。その立場は何があってもひっくり返ることはない。
こちらが生徒である以上、抗えない力関係を示してきている。
「どうでしょう。この春休みを最後の休暇にして、父上の元に戻られるというのは」
場所のことなどお構いなく、内容に関しても中々踏み込んでくる。
まあ、こんな話を他の学生が聞いたところでどうにかなる問題でもないが。
オレが不利になることはあっても、この男にダメージはないだろう。
かと言って
きゅう
298ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あいにく
「無視して立ち去りたいでしょう。しかし、そ
おいた方がいい。私も理事長と
しての立場があります。生徒に邪険にされるなら、それ相応の態度を示しますよ」
こちらの考えを見透かすように、月城が笑う。
「生憎ですが、学校を自主退学するつもりは全くないです」
「ホワイトルームに戻ることがそんなに嫌なのですか?」
「オレはこの学校を気に入ってます。学生として卒業したい考えがありますので。それ以
外には理由は何もありませんよ」
確かにここは良い学校です。政府からの潤沢な資金を使って、こんなショッピングモー
ルまで建設してしまったんですから。知る人が知れば税金の無駄遣いだと嘆くでしょう
ね。 毎 年何億という金が、湯水のように使われている。ところが国民の大半
ら。子供たちを育成するための資金であると概要だけを聞いてよく知らずに納得してしま
は、
299ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ため息をつきながら、月城はぐるりとケヤキモール内を見渡す。
「だからこそ、やらなければならないことは無数にある。私も今はこの学校の理事長。学
校のことを思うからこそ、今こうして働いているわけです」
それが工事関係者のような人間とのやり取りだろうか。
表向きは出来る理事長を演じなければならないのだ、確かにやることは多いだろう。
まつした ちあき
つぶや
「ところで君を追いかけている彼女は、同クラスの松下千秋さんでしたか」
こちらに向けた視線を変えないまま、そう呟く。
「一瞬ですが、塀の裏に隠れるのを見ました。随分とモテるようですね」
ほとんど月城の視線はこちらに向いていなかったはずだが、よく観察している。大人た
ちと会話しながらも、常に周囲には気を配っていたということか。
「一クラスの生徒の名前までしっかり覚えてるんですね」
「あなたのクラスメイトくらいは、覚えておいて損はありませんから」
精神的揺さぶりを狙った攻撃とでも称しておこうか。
「彼女はフラッシュ暗算でのあなたの解答を知っている。大方その流れでしょう。段々と
窮屈になってきませんか? 普通の学生として過ごしたいのに、難しくなっている」
学校に対する嫌な印象を植え付けようとしている感じだ。
「我慢しますよ、それくらいなら」
「正直に申し上げれば、私は君のことなどどうでもいいと思っています。むしろ、貴重な
時間を割かなければならないことに強く不満を抱いています」
「だったら、今すぐやめればいいんじゃないですか。無理強いされることじゃない」
「あなたの父上がそれを許してはくれませんからね。あの人に逆らえば、私の住む世界で
は生きていけない。私もまだまだ、上を目指したい人間ですから」
300ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
立ち去る気配もなく、長々と話を続ける月城。
「そう怪訝な対応をしなくても。言い訳など幾らでも出来ます。そうでしょう?」
「まあ、そうですね」
「君のホワイトルームでの成績には目を通しました。確かに非凡な子供であることは大い
に認めます。僅か6年余りという年齢では、異常とも言える能力を兼ね備えている。並の
大人であれば、心技体、そのどれもが君に遠く及ばないでしょう」
- 月城が距離を詰めてくる。にこやかな笑みを浮かべながら。
「何だかんだ、君はこの学校で無事に1年間を過ごせた。それで手を打ちませんか? そ
れが大人というものです」
この1年間を想い出にして、ホワイトルームに戻れ、と。
「オレはまだ子供ですからね。手を打つつもりはありませんよ」
「ふむ。私から逃れられるとでも?」
「最後まで抵抗はするつもりです」
「このような言葉があります。井の中の蛙大海を知らず。君は自己評価が高すぎる傾向に
あるようですね。だから、そうやって分不相応な大きな態度を取れる」
- 月城は軽く両手を広げる。
「この学校内はどうか知りませんが、君はけしてナンバー1じゃない。後発であるホワイ
301 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
トルーム生には、既に同等、あるいはそれ以上の生徒が何人も誕生しているんです。量産
型の1人に過ぎないことを自覚すべきだ」
「もしそれが事実なら、オレに構う必要はなくなったってことになりませんかね」
「あの方のご子息でなければ、そうだったでしょうね。父上は君を更に高みに連れて行き
たいと強く願っているのでしょう。どれだけ冷徹に見えても父親ということです。彼はあ
なたが手本となり、大勢を導ける存在だと信じて止まないのです」
っきしあ
月城は、あの男に対しての不満を隠さずに漏らす。
それは自分の立場の強さや高さを、こちらに対して見せつけているようでもあった。
「ホワイトルームの存在について、月城理事長代行はどう考えていますか」
「どう、とは?」
「必要だと思うのか、不要だと思うのか。存在に対してどう思っているかですよ」
卑屈になるような立場でないのなら、是非ご教授願おう。
「私がお答えする必要は一切ありませんよね」
「その答えを聞けば、オレの今の考えも変わるかもしれません」
「物は言いようですが、いいでしょう。もしそれで綾小路くんの気持ちが変わるかも知れ
ないのなら、安いモノです」
光十中八九オレの嘘だと分かっているだろうが、月城は承諾する。
・あやのこうじ
302ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
うそ
「あの施設のことを語るのであれば、その歴史から振り返る必要があります。ホワイト
ルームが作られたのは今から約3年前。知っていますよね?」
「当然です。オレは『4期生』ですからね」
「そう。ホワイトルームは初年度の1期生から、1年ごとに新しいグループが作られるこ
とはご存知の通り。グループはそれぞれが別々の指導者の下、教育されていく。そして、
どのグループが一番効率よ く育成できるか を検証する。昨年の中断によって9期生ま
か育成はされていませんが……既に何百人という子供たちが、ホワイトルームによる教育
プログラムを受けていることになります」
年齢が違う子供たちとは、顔を合わせることは一度もなかった。
同じ施設にいながら、誰一人として顔も名前も知らない。
ずいぶん
「随分と詳しいんですね。ホワイトルームの事情に」
「一通りは」
月城が、如何に父親に近い人物であるかは会話の通りすぐに理解できる。
向こうもそれを理解させるために話していることは間違いないだろう。
見方によっては単なる小物。しかし、見る角度を変えれば大物にも見えてくる。
その時々で、自分自身を変えられる。
だからこそスパイ的活動を任されたのだろう。
ぬ 「どの子も、一定水準までは成長を見せる。しかし、その水準を超えることがなかなかで
303ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
きない。結果的に3年近く施設を運営しながら、掲げた目標値に達した子供は1人も誕生
することはなかった。そう、君を除いてね。まあ、これは2年前までの話ですが」
いったいどれだけの金がホワイトルームに投資されたのか。
何億という額では足らないだろう。
その結果がオレ1人だけとは、なんとも虚しいものだと改めて思う。
「優秀な人材は出来上がってるんですよね? その子供たちは今なにを?」
オレが何も知らない部分。
去って行った同期たちが何をしているのか、想像もつかない。
少しだけ月城は驚いた様子を見せたが、すぐに納得する。
「君は、施設で脱落していった子供たちの行く末など知る由もありませんでしたね。子供
たちは立派に成長し、社会に貢献できているといったことがあれば、まだ救いも
あったのですが。これまで施設で育った子供の大半は問題を抱えているケースが多く、使
い物にならないのですよ。あの環境に耐えられず心が壊れてしまうのでしょうね」
呆れた様子で、月城は話を続ける。
「生まれた瞬間からの徹底した管理教育。これが実現すれば、日本は世界から見ても類を
見ない大きな成長を遂げるでしょう。しかし、事はそう単純ではありません。不思議なも
母ので、人の成長はそれぞれ大きく異なる。どうしても同じようには育成は成功しない。そ
こうけん
304 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
じょうぜつ
れでも、着実に成果を挙げつつはあります。あなたの後を追う5期生 6期生で言えば、生
き残った子供たちの中には大きな才能を開花させている者もいますしね。これから制度を
整えていけば、何十年か先にはホワイトルームはなくてはならない施設にまで昇華するか
も知れない。あなたの父上の計画はあまりに壮大で馬鹿げていて―そして恐ろしいモ
ノです」
饒舌に語りながら、そして月城はこう締めくくる。
「つまり、それが私のホワイトルームに関する感想です。馬鹿げていて、恐ろしいモノ」
「長々とありがとうございます。勉強になりました」
「魔の4期生と呼ばれ、あまりにも厳しい教育により次々と脱落していく中、たった1人
だけ残り続け最後のカリキュラムまで難なくクリアした。あなたは貴重なサンプルだと私
も考えています。その輝かしい記録に傷がつかないうちに戻った方がいい」
携帯を取り出した月城は、それをオレに差し出してくる。
「今すぐ父上に連絡し、退学すると一言申し出なさい。それがあなたのプライドを守り、
そして父上の愛情に応えることが出来る簡単な方法です」
「月城理事長代行。あなたの言っていることには、確かに嘘である要素はどこにも含まれ
ていない。完璧なまでに真実を語っているようにも見えます」
ホワイトルームに関しても、オレに対しても。
305 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
その通りですよ、と月城が微笑む。
しんびようせい
「オレが思い描く月城理事長代行は、感情を読ませない鉄仮面のような人です。それが、
今の話に限ってその仮面を外しているようでした」
つまり意図的に印象を操作して、会話の内容に真実味を持たせてきた。
それ故に、この話には信憑性があるどころか、嘘くさいものに感じられてしまう。
この男ほどになれば、話の中に真実と嘘を織り交ぜる必要もない。
黒を白に見せることも、白を黒に見せることも自由自在だろう。
つまり純度100%の作り話を、本当のことのように語ることも出来る。
「私のことを信用してはもらえないようですね」
「残念ながら」
「やれやれ……」
「月城理事長代行こそ、ここで身を引いた方がいいんじゃないですか? もしオレを退学
に追い込めなかったなら、父親からの信頼を失う。多少叱責を受けるとしても、この段階
で引き下がっておく方が賢いと思いますが。恥をかくことになりますよ」
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、それは無用な話。私は失敗しません」
どこまで本気で言っているのか分からないが、月城は不気味に微笑む。
「それに、私は大人です。一度の失敗を恐れたりはしません。万が一君が私を退けること
つきしろ
しつせき
306ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ほほえ」
が出来たとしても、それはそれ。次の仕事に就くだけのこと。恥など大したことではない
ですょ」
「父親を恐れて協力する割には、失敗は受け入れるんですね。どっちが本心ですか」
「さあどっちでしょう」
何十年と第一線で戦い続けているであろう月城。
評価した鉄仮面は想像以上かも知れないな。
あの男が送り込んでくるくらいだ、中途半端なヤツではないことは分かっていたが。
「納得いただけないなら仕方ありませんね。お互いやり合うことにしましょう」
「そうですね」
ここで、ようやく月城は満足したのかオレから距離を取る。
「そろそろ私は行きます。これ以上待たせると失礼に当たりますからね」
先に行かせた関係者のことを言っているんだろう。
「しかし自主退学しないとなると、今後の学校生活は大変なものになりますねえ」
「平穏に過ごしたいところですが仕方ないですね。覚悟の上です」
微笑みを向け続ける月城だが、去り際に更に提案をする。
307 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「君に一方的に有利なゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「新学期になると、新入生としてホワイトルームから1名呼び寄せることになっていま
す」
何を言い出すかと思えば、月城から意外な発言。
「そんなことをオレに教えていいんですか」
「なんの問題もありません。君だってその可能性を頭に入れていたはず。引導を渡す役は
その子にと思っているので、正体に気付く頃には退学手続きをしていることでしょう」
自ら手を下すまでもないという判断か。
こちらの警戒心は強まることも弱まることもない。
オレは月城の発言を記憶しつつも、何一つ信じたりはしない。
「信じてはいなそうですね。私が4人も5人も送り込むとでも? そもそも、何人も送り
込めるほど、この学校は甘くありませんから。ナンセンスですね」
「1人と言おうと100人と言おうと、何一つ信じたりはしませんよ」
ねじ込もうと思えば、あの男なら何人でもねじ込んでくる。
「そういう男であることはよく分かっている。
「確かにそうかもしれません」
「でも、それがどうゲームに通じるんですか」
「来年入学する1年生160名。その中に存在するホワイトルーム生が誰であるかを4月
内に突き止めることが出来たら、私は身を引いても構いませんよ。どうですか? 破格
話でしょう?」
308ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
つきしろ」
確かに、それが本当なら破格の話だ。
厄介な月城が去るのなら、こちらにとっては負担が減ることになる。
「とても信じられませんね」
「話半分でもいいではありませんか。君には何もリスクがないんですから」
精神的に受けるダメージはさておき、確かにリスクはないようなもの。
引き受けておいても損はなさそうな話だ。
「分かりました。形だけでも受けておきますよ、そのゲーム。ただ、そのホワイトルーム
生の能力に相当自信があるんでしょうが、オレも1つだけ自信を持っていることがありま
す」
「ほう? それはなんです?」
「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る」
「すなわち……ホワイトルームという狭い世界で突き詰め続けたからこそ、誰よりもその
世界の深さを知っている、ということですか」
揺らぐことのない自信を与えてくれたのは、紛れもないホワイトルームでの教育。
どれだけの子供たちが同じ教育を施されてきたとしても、この高みには達しない。
1つ上の3期生、あるいは年下の5期生だろうと持つ考えは同じだ。
こちらを値踏みするような視線を向け続ける月城に、オレは言葉を続けた。
309ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「オレよりも優れた人間は、当然この世界に存在するでしょう。何故なら世界には億に
も達するほどの人間が生きているんですから。ですが、ことホワイトルームにおいては違
う」
あの世界でオレよりも優れた人間は存在しない。
それだけは確信を持って答えることが出来る。
「その瞳――父上にそっくりですねえ。深い闇を抱いた不気味な瞳です。その瞳の深さ
だけは、如何に他の優秀なホワイトルーム生と言えど真似できるものじゃない」
これ以上の会話は無駄と悟ったのか、月城は背を向け歩き出した。
ひとみ
まね
さまよ
つきしろ
まつした。
ふいちょう
310 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
月城と別れて、しばらくケヤキモールを彷徨っていた。
ひとまず月城の方は忘れて大丈夫だろう。
問題は、ずっと気配を殺し続けて隠れている松下の方か。
このまま接触せず済ませることも出来るが、理事長とのこ を吹聴されても面倒だ。
オレは松下がまだ後を追って来ることをしっかりと確認した後、待ち伏せることにし
た。
何故オレの後を追って来るのか、その理由を確かめておかなければならない。
まず無いとは思うが、月城側の人間ということも可能性としては考えられる。
最初からなのか、あるいは途中からなのかは分からないが。
その点だけでも白黒つけておく。
問題があるとすれば、どこで声をかけるかだ。
今日のケヤキモールは春休み終了も近く、更にお昼前ともあり大盛況だ。
下手に声をかければ悪目立ちすることもある。
タイミングを見計らい、早い段階で決着をつけることにしよう。
救いなのは松下が同じクラスの生徒であることだ。
多少話し込んでいるところを目撃されても、何気ない日常会話にしか思われないだろ
311 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
やや早足で角を曲がり、松下を待ち伏せる。
もし追ってこないようなら、恵を使って手を打つ方法を取るか。
10秒と少ししたところで、松下が角を曲がり追いかけてきた。
「わっ」
オレが松下の方を向いて待っていると思っていなかったのか、驚きの声を出す。
もしオレを追いかけていたわけじゃないのなら、過敏に驚くことはなかっただろう。
「何か用か?」
どう
こちらが冷静に聞き返すと、松下は速くなった鼓動を落ち着けるように胸に手を当て
た。
「あやのこうじ
「用って、何が? ……って言いたいところだけど、バレてた感じだね」
こちらの態度と、自分の見せた失態に下手な言い訳は通用しないと判断したようだ。
しかし何故オレの後をつけてきていたのか。
重要なのはその部分だろう。
普通に声をかけるだけであるなら、隠れて尾行してくる必要はない。
「うん。ちょっとね、綾小路くんの後を追いかけてきたの」
周囲に誰もいないことを松下も確認し、その後尾行していたことを認める。
松下とオレとの間には深い接点は何もない。
だが松下の挙動を隈なく観察していると、かなり警戒していることが窺える。そして心
理状態を見破られたくない思いと、こちらを探ろうとしていることが見て取れる。
「なんで追いかけてきたと思う?」
それは、単なる問いかけじゃない。明らかにオレに対して心理戦を仕掛けて来ていた。
ここから何かを引き出そうと企んでいることは間違いないな。
「さあ。皆目見当もつかない。それよりもいつから後をつけてきたんだ?」
くま」
うかが、
312ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
まっした。
こうじ
うそ
こちらがどのタイミングで気付いていたかはこちらから教えない。
質問に答えつつ、こちらからも質問をぶつけてみる。
「ついさっきかな。そ 」
「ついさっきって?」
追加の質問させないように松下の言葉を遮り、更に聞き返す。
もし隙を与えれば『綾小路くんはいつから気付いてたの?』と返してきただろう。
「誰だっけ……そう、新しい理事長と話してる途中かな」
嘘を混ぜつつも、理事長との会話を見ていたことは認めてきた松下。
だが直後に松下は僅かに口角を下げた。自らの判断ミスに気がついたようだった。
オレはここで間を開ける。理事長とオレの関係性に疑問を抱いていたなら、松下から必
然的に質問が飛んでくるだろう。
「理事長と話すなんて、何かあったの?」
「ケヤキモールの改築をするらしくて、たまたま目についたオレに意見を求めてきた。ど
線んな施設があったら嬉しいとか、そういうことを幾つか聞かれたかな」
「へえ、そうなんだ……」
途中から見かけたと嘘をついた松下。もっと前からオレをつけていたことで得た情報を
ドバンテージにしようとしたのかも知れないが、それは逆効果だ。理事長と行動を共に
うれ
313ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
しんぴようせい
していた作業員たちを見ている以上、今のオレの話を信憑性の高いものとして認識する。
「それで、それがどうかしたのか?」
「それは別に関係ないんだけど、ね。ちょっと気になったことがあって」
そう言って、松下はつけてきたであろう本題を話し出す。
「学年末試験の時のことなんだけど……綾小路くん司令塔だったじゃない?」
なるほど。その一言で松下が何のためにオレに接触してきたかその全てを理解する。
こうえんじ
「フラッシュ暗算の時、私に教えた答えと高円寺くんが言った答え。一致してた」
それを単なる偶然として片づけるのは難しいだろうな。
「中学の時フラッシュ暗算をやってたことがあるから、比較的得意なんだ」
「私もしてたけど、比較的ってレベルじゃないよね。全国レベルだと思うんだけど」
そう言った後、即座に話を付け加える。
尾行のことでオレに先手を封じられたことが気に入らなかったようだな。
「アレは純粋に得意な種目だった。正直に言えば、全国大会にも出たことがある」
「……ホントに?」
「ああ。偶然得意な種目が出たから、多分松下にも誤解を生んだんだと思う」
「でもさ、だったらもっと早く言うべきじゃない?」
「確かにな。けど、オレの性格分かるだろ? クラスの中で堂々と主張できるような立場
314ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
かりそめ
じゃない。偶然プロテクトポイントを持った仮初の司令塔だったしな。何より、相手はA
クラスの坂 柳だ。フラッシュ暗算が得意と言っても、どこまで通じるか分からず不安だっ
さかやなぎ
た」
しんびようせい
まつした。
あやのこうじ
自信の無さ = 発言の弱さ。このイメージをクラスメイトはオレに持っている。
「それは……まぁそうかも知れないけど」
一定の信憑性を感じつつも、そのまま認めるわけにはいかないと松下は次の手を打つ。
「私さ……見たんだよね。綾 小路くんと平田くんが、ベンチで話し合ってるところ」
クラス内投票で孤立していた平田と語り合った時のことだろう。
オレも背中に目があるわけじゃない。見られているとは知らなかった。
ただ、だからって慌てるようなことでもない。
あのタイミングで誰かが遠くから見かけていたとしても、不思議じゃないしな。
「近づくと気づかれると思ったから遠くにいたけど、泣いてる感じとか分かったかな」
あの場面とフラッシュ暗算。材料は幾つか揃っているか。
松下の狙いが浮き彫りになってくる。
挙動や言動からしても、月城とは全く関係が無いと判断して良さそうだ。
「その次の日から、平田くんが復帰してきたのは単なる偶然じゃないよね?」
普通の生徒だと思ってたが意外と鋭いんだな。
つきし
315 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
気になるのはオレに対してこんな話をしてきたことだ。
胸の内に秘めておくことが出来なかった、といった様子でもない。
単なる好奇心を先行させているようにも見えるが……。
僅かに見せる挙動からそれがブラフであることは間違いなさそうだ。つまり別の狙いが
ある。松下なりにロジックを組み立てて今日に臨んでいることを見ても、突発的な思いつ
きじゃないな。事前に接触して、話を切り出すことを決めていた。それが今日だったの
は、恐らくケヤキモールで単独行動しているオレを見つけたからだろう。
「全国レベルのフラッシュ暗算の実力に、体育祭で見せた脚力。それに平田くんを立ち直
らせたこと。総合すると見えてくるもの……。綾小路くん手を抜いてるよね? 本当は
もっと勉強とかスポーツが出来るんじゃない?」
わざわざ関係性の薄いオレに接触してまで、引き出したかったこと。
オレの実力に疑問を抱き、その真実を確認しに来た。
これまで1年間クラスメイトとして接してイメージしてきた松下とは全く様子が異な
る。
316 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「早々に1つの結論に達したオレは、確信を突くことを決める。
「Aクラスに上がりたいから協力して欲しいのか?」
「……認めるんだ?」
あっさりと白状したことに、松下は一定の不気味さと手ごたえを感じたようだ。
まつした
「手を抜いてるのはそうかも知れないな」
「どうして? この学校じゃ成績を良くしておくに越したことはないよね?」
アドバンテージを取ったと思った松下からの、質問責めが始まる。
「目立つのが好きじゃないから……だな。中途半端に勉強ができると、教える側に回った
りすることもあるだろ? そういうのは苦手なんだ。スポーツも似たような感じだな」
「なるほど、ね」
同じように多少隠し持った実力を持っている松下。恐らく自分と重ね合わせ、強く納得
できる部分があったのだろう。こちらの言い分を信じる。
「今後はクラスに貢献して 欲しい。相応の実力を持ってるのなら、それを発揮して欲しい
の。これから私たちのクラスが勝っていくために。もしその実力が本物で、リーダーとし
ての資質もあるのなら、私は綾小路くんを推挙しても構わない」
要は堀北と同じ。実力を持っているならそれを素直に出せという話。
「ちょうどそうしようと思ってたところだ」
「え?」
こちらが素直に協力を申し出ると思わなかったのだろう、気の抜けた声を出す松下。
「けど、過度な期待はしないで欲しい。7、8割の実力はもう出してる。正直全力を出し
ても平田ほどには勉強もスポーツも出来ないぞ」
あやのこうじ
ほりきた
317 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
ひらた
今後オレがどのように学校で生活していくかはいったん棚に上げておく。
今ここでは、松下をある程度の段階で納得させておくべきだろう。
実力を隠していると教えることで、これ以上の秘密はないことを印象付ける。
そしてこちらが松下の隠している実力に察していることには一切触れない。
向こうは当然、心理戦で優位に立っていることを実感し、こちらの実力を暫定算出す
ざんてい
る。
「待って。さっき7、8割出してるって言ったけど……それは本当?」
松下もオレが平田以上だと思う材料は殆どないはずだ。だが、それが真実かどうかを確
かめるために追い打ちをかけてくる。
「ああ」
改めて問いかけに頷くも、松下は受け入れようとしなかった。
「軽井沢さんの件は?」 |
「と言うと?」
「……平田くんと別れたことと、綾小路くんの関連性みたいなもの、というか」
「それはどこから来た情報なんだ?」
「私が個人的にそう感じただけだけど……関連性は間違いなくあると思ってる」
どうやら、相当下調べは済ませているらしい。だから簡単には納得しない。
318ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
松下には明らかな自信が見え隠れしていた。
「どうして綾小路くんを軽井沢さんが特別視するのか……平田くんと別れてまでだよ?
その理由を教えて」
「その理由か……」
平田よりもオレが下であるなら、軽井沢の動機に対して納得できないということだ。
「特別視なんてしてない、そう答える?」
「……あるのかも知れないな」
オレがそう言うと、どこか納得したように一度小さく頷く。
「やっぱり。本当はもっとー
まっした。
「いや……何というか、松下は盛大な勘違いをしているんじゃないかと思ってる」
「勘違い? 私なりに確証を持って聞いてるんだけどな」
かるいざわ
「確かにオレと軽井沢には……普通じゃない関係があると思う」
「それを知りたいの。綾小路くんの本当の実力」
「いや、それは――」
「ここまで来て話してくれないつもり?」
「そうじゃない。何というか、言い出しにくいんだ」
オレは二度、三度と言葉を詰まらせながら、明後日の方角に視線を逃がす。
あやのこうじ
319ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
更に追及をしてこようとする松下に、仕方なく言葉の続きを口にする。
「説明は難しいんだが、いや、難しいわけじゃないんだが……。その、それは単純にオレ
が軽井沢に対して好意を向けてて、それを軽井沢に伝えたせいじゃないかって思う。特別
視というか単純に妙な意識をオレに向けてるんだろうな」
「え……?」
「……え?」
顔を見合わせる。
「軽井沢さんが綾小路くんの実力を見て、特別視してるんじゃなくて?」
「関係ないはずだ」
「でも仮に好意を向けられてるからってそこまで特別視するとは思えない」
オレは松下との距離を詰め、その両肩に手を伸ばす。
掴まれると思わなかったのか思わずぎょっと目を見開く。
その視線をしっかりと捉えてオレは言う。
「好きだ松下。付き合ってほしい」
「はっ ! 」
一瞬、頭の中がパニックになったであろう松下。オレはすぐに肩から手を放す。
「こんなふうに告白すれば、良いか悪いかは別としてその後意識しないか?」
「じょ、冗談ってことね。なるほど、なるほど……ね」
つか
320ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
すべ
直接身をもって体験させれば、その実体験から後は勝手に穴埋めしてくれる。
異性からの真剣な告白を受ければ、少なくとも極端に毛嫌いしている相手からでなけれ
ばある程度意識を向けるようになるのは当然のことだ。
「平田と別れたのは単純に偶然だと思う。オレが気持ちを伝えたのもその後だしな」
そもそも告白をしていないため、松下にはこの順番の真実を確認する術はない。
「……そっか。そういうことだったんだ。ごめんね後までつけてきて」
「1つお願いがある。軽井沢とのことは ―」
「分かってる。流石に言いふらしたりはしないから」
本人が100%スッキリする回答だったとは言い切れない。
だが、ひとまずはこれでお開きになる。それくらいの材料は提供できたつもりだ。
恵とのことに関しても、不用意に口にはしないだろう。
そのことでオレの機嫌を損ねて非協力的になることの方が、松下にとってデメリット
だ。
まつした。
321 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
○動き出す青春
いちのせ
さかやなぎ
つきしろ
先日の松下の一件、その前の堀北や一之瀬の一件。
そして坂 柳理事長及び茶柱、真嶋先生との協力関係の構築。
月城との駆け引き。春休みだけでもオレの周りでは随分と色々なことが動いた。
まず何よりも警戒すべきは月城だろう。他の案件と違い、無視しているだけでは状況は
悪化の一途を辿る。気がついた時には退学通告を受けていたなんてことになりかねない。
そのために教師たちと連携を取り対応していかなければならない。ヤツが言っていた、ホ
ワイトルームから生徒を送り込むという話は、絶対ではないが十分あり得る話だ。月城が
四六時中生徒たちの教室や廊下に出入りなど出来るはずもない。常に試験などの間接的な
モノを通してしかオレに攻撃することは不可能だ。しかし生徒なら話は別。教室も廊下
自由に行き来できる。いつでもオレに対して接触が可能な環境を作り出せる。それだけ退
学させるためのチャンスを得ることも出来る。更に情報偵察としても有能な働きをするだ
学自転
322ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5


ろう。
それが現実のものになれば、周囲の中で一番の大きな変化と言える。
※そして次に堀北と松下の2人。これは言わばクラス内の問題だな。オレの実力に疑問を
抱き、そのポテンシャルを知りたがっている。堀北とは勝負の約束もしているが、ひとま
ずは何も手を打つ必要はないだろう。
一之瀬の方も、これは当分先のことになる。これから1年間の戦いを見た上で、こちら
からやるべきことを淡々と行うだけ。だが、それらはあくまでも周囲の話。
オレ個人の変化は、まだ微細なものでしかない。
たんたん
そう今日までは。
323 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
春休みもこの火曜と水曜の2日を残して終わる。
生徒たちが訪れる新たな戦いを前に、最後の休息を楽しんでいるこの日。
オレは大きな変化を求めて、ある行動を起こすことを決意していた。
物事を進めるならこのタイミング。
時刻は夕方6時過ぎ。
日の入りが始まり、これから夜に切り替わっていく時間帯だ。
ところで、出来ることならオレは大勢の人間に問いかけてみたいことがある。
たとえば好きな異性がいたとしたら、どうやって告白までの道筋を繋ぐだろうか、と。
絶世の美男美女であれば、回りくどい方法を取らずいきなり告白することも出来る。
「君が好きだと言えば私もよと返ってきて、めでたしめでたし。
だが大抵の人間はそんな恵まれた環境にない。
顔のコンプレックス、性格のコンプレックス、あるいは身体的なコンプレックス。
複雑に入り組んだ三角関係なども、告白までの道筋を邪魔する存在か。
ともかく恋愛の入り口である『告白』が、簡単なことじゃないのは確かだ。
だからこそ真剣に頭の中で妄想を膨らませる。
告白の成功確率を懸命に絞り出して、考えるだろう。
10%か、3%か。あるいは2分の1で成功するか。
時には8%%%と、100%に近い確信を得ていることもあるかも知れない。
それでも不安になるものだ。
告白に失敗した時、相手との関係が今までと大きく変わってしまうことを恐れる。
そんなことを気にしない、前向きな人間も少なからずいるだろうが、まだ高校生の若者
にとっては学校が全て。普通はその学校という世界で、築かれた関係が崩れていくことに
強い恐怖を覚える。
更に考えるようになる。
1%でも確率を上げるためにはどうすればいいかを。
そして、様々な努力を始めるだろう。
まずは出来る範囲から、髪型を相手の好みに変えてみたり、オシャレしてみたり。
からだ
勉強したり身体を鍛えたりもする。
324ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
あるいは、食事やプレゼントといった戦略を取るかもしれない。
あの手この手で確率を変動させる。
時には1%が8%に上がることもあるし、失敗して8%が1%に下がってしまうこと
だってある。
相手のことを読み、相手の感情を見透かそうと必死になる。
それが告白までのプロセスだ。
そしてそんなプロセスを経るのはオレも同様だ。
他の男女と同じように考え、悩む。
ただ、こういったことは恋愛だけに限った話じゃない。
幅広く言えばすべての物事には見えない確率が存在していて、日々それが事象によって
変動している。
高校、大学の進学のために勉強することも、合格の確率を変動させるように。
それをどれだけ意識しているかで、状況の理解が大きく変わってくる。
受験や告白だけに留まらず、それが成功したとしてもそれで終わりじゃない。
むしろそこからがスタートになることも多いだろう。
進学した先で躓けば、中退や退学に繋がるだろうし、恋愛も浮気や暴力で解消になって
まうこともある。
オレは先の先までを想定する。1か月後、半年後、1年後。
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つまず
時には予定と変わることもあるが、突発的な行動はあまり好きな方じゃない。
まして自分から行動することに関してはそうだ。
さて、話を少し戻そう。
この日までにやってきたことも、全ては『ある確率』を変動させるためにあった。
もちろん成功確率を上げるため。
その成否が、恐らく今日出る。
読みが正しければ、そろそろ連絡が来る頃だ。
オレの握りしめていた携帯が鳴った。
ディスプレイに表示されるのは無機質な1桁の番号。
携帯には登録されていない、軽井沢恵からのものだ。
「オレだ。連絡もらって悪いな」
数コールさせた後、そう電話に出る。
_0分ほど前、オレから恵に電話したが、その時は電話に出ることがなかった。その折り
返しの連絡。
「いいけど。なに?」
「不満がありそうな声だな」
「別に。不満って言うか、確認したいことはあるけどね」
前呼び出しておいて、その後何も連絡しなかったことか?」
かるいざわけい
326ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
「この前座
ひよりと会った日。オレは恵を呼び出しておいて、結局話の内容を何も伝えなかった。
思い出したら連絡するとだけしか言っていなかった。
そして春休み終了間近まで、連絡を取ることをあえてしなかった。
「分かってるみたいね。なに、嫌がらせ?」
「そのことについて、直接会って話さないか?」
オレはそう言って話を遮った。
「え?」
「思い出したら話すって言った件、思い出した。これから来られるか?」
「ったく……都合よすぎ。……いいけどさ。この時間、他の人に見つかっても知らないか
らね?」
今の時刻は、寮を出入りする生徒も多い。
恵がオレの部屋を訪ねるところを見られてしまう確率も高いだろう。
「それは気にしないで良い」
その点は大丈夫だと伝えた上で、訪問を勧める。
「分かった。あ、あとあたし7時から予定あるから、そんなに時間とれないからね」
「手短に済ませる。多分10分かの分か。それくらいだ」
「なら問題ないけど。後でね」
そう言って、恵は通話を切る。
327 ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
さて始めるとしようか。
準備万端。オレは部屋の中を見回す。いつもよりも小綺麗にした室内。
一度だけ鏡に視線を向ける。
真顔で自分を見つめる自分と向き合い、すぐに視線を逸らした。
ちんざ
恵は不機嫌そうな顔をしてオレの部屋に鎮座していた。
その格好は、確かにこれから外出の予定があるのか小綺麗にされていた。
「で、なに?」
話を切り出さないオレに対して不機嫌そうな視線を向けてくる。
呼び出しておいて、何も話さないわけにもいかない。
「なにが」
「いや、何がって。話したいこと思い出したんでしょ?」
「そう言えば、そうだったな」
328ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
…」
こは
歯切れの悪いオレに対して、更に恵の嫌そうな目がより色濃くなった。
「だから何よ」
「まあ、そう慌てるなよ」
「さっきも言ったけどさ、7時から友達とケヤキモールでご飯なの。分かる?」
「まだ十分に時間はある、大丈夫だ」
「なーんか感じ悪いって言うか、あんたにしちゃウダウダしてる感じ」
いつもと違う様子に、恵は不信感を抱き始めていた。
「……そうだ。あんたに不満を伝えておかなきゃならないのよね」
いつまでもこちらが話を始めないために、恵が愚痴を零し始める。
「伝えておきたいことって?」
恵が何を言いたいのか、正直分からなかったので素直に聞き返す。
「佐藤さんから、あんたとの関係を色々と疑われてるんだけど」
佐藤。最近は絡むことがなかったが、オレに好意を向けてくれていたクラスメイト。
「告白を断ってから嫌われてると思ってたが。どんな風にだ?」
「あたしが平田くんと別れたのは、あんたと付き合うためなんじゃないかって。遠回しに
そんなことを確認された」
直接表現は避けたが、そう受け取れるような発言をされたってことか。
さとう
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ました
うそ
うなす
けいい
「もちろん否定したけど。どこまで信じてもらえたかは怪しいとこよね」
「そうか。似たような話がオレの方でもあったな」
「は? 何よ似たような話って」
「松下から、おまえとオレの関係性を色々と疑われた。付き合ってるのかとかな」
先日の松下とのやり取りを報告すると、恵の顔が青ざめていく。
「は? は? 嘘でしょ? それほんとに? 冗談じゃなくて?」
もちろん冗談じゃないと頷き、その経緯を説明する。
松下がオレのように実力をひた隠しにしているタイプであることや、観察力に優れオレ
と恵の関係性に疑問を持ったこと。そしてオレの実力にも疑念を抱いていることなど。
「ちょ、ちょっと待って。あたし頭の整理が追いつかない」
頭痛を覚えたのか、恵は額を押さえる。
「なんかすごく悪い方向に進んでると思うんだけど……そのことについて何かある?」
今の状況を知って、オレの感想を求めてきた。いや対策案を求めてきた。
今日呼び出したことにも関連しているし、ここは素直に答えてやるか。
「放っておけばいいんじゃないか?」
「いやいやダメだって! そもそもあたしたちの関係って……別に何もないじゃん!」
「何もないのに、何かあるように思われるのが嫌ってことか? もし、仮に松下から噂が
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うそ
さとう
まつした
洩れることになったとしても、好きに言わせておけばいいんじゃないか?」
「はあ? 好きに言わせておけばって……そんなの放っておけるわけないでしょ。すぐに
松下さんに言ってよ。あたしとあんたは何の関係もないってさ」
「今、松下に下手に言い訳しても逆効果だけどな」
「それくらいあんたなら最初から分かるでしょ。なんで中途半端な嘘つくわけ?」
「どう話そうとも状況は変わらない。佐藤はオレとおまえの関係を疑ってるんだろ? そ
の佐藤と仲の良い松下ならいずれ、佐藤の口からオレと恵の関係が普通じゃないことを聞
いたはずだ。いや、あるいは既に開いたうえでの行動だった可能性も高い」
周囲の意見を取り入れた上でオレに接触してきたと考えるべきだ。
「……そう、かもしんないけどさ……」
これからも恵との接触は必然的に行われる。
ここで強く否定したところで、今度は疑念が確信に変わるだけだ。
そして嘘をつかれていたと分かれば、周囲に対して吹聴していくこともある。
それなら早い段階でこちら側につけておく方が今後のためでもあるだろう。
だが恵が気にしているのはそんなことではないらしい。
「だって……あたしが平田くんと別れたのが、その、あんたと付き合うためって話が、万
^ が一にもクラスって言うか、学校中に広まったら困るんですけど」
ふいちょう
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ひらたー
どう
「どうして困るんだ?」
「だからさー。そんなの広まったら、あたしのこれからに影響あるでしょってことよ」
詰め寄るように不満を言いながら、更にまくし立ててくる。
「いい? 男にしろ女にしろ、異性の影があったらアプローチだって減るもんなの」
分かる?と人差し指をオレの眼前に突き立てる。
「つまり新しい恋を始めるにあたってオレが邪魔ってことか」
「……そういうこと」
第三者の立場になって見れば、言わんとすることは理解できた。堀北のことが好きな須
藤を知っている人間は、堀北に対してアプローチをしにくくなる。そんな話だろう。
「ホントに分かってるわけ? そうよ、ちょっと、いい」
こちらが理解していないと思ったのか、恵が続けざまに話を切り出す。
「あんたって……椎名って子と仲良くしてる?」
「椎名? ああ、ひよりのことか」
「ひょ……」
下の名前で呼ぶ存在。
もちろん、オレが名前で呼ぶ相手は恵を含め波瑠加や愛里などもいる。
そのことは当人も知っているだろう。
332ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5
だが、他クラスにまでいるとは思っていなかったようだ。
「確かに仲良くしてる方だな。同じ読書好きとして趣味も合う。それがどうした?」
そのことを伝えると、恵の顔色が変わっていく。
「へえ……同じ趣味。読書……へえ……へえつ。あたしとは全然違うわけだ」
もちろん、恵とは全然タイプは異なる。そんなことは本人がよく分かっているはず。
「それで?」
「……いや、だからさ……ああもう! 何言おうとしたか忘れちゃったじゃない!」
あさって」
怒り、そして恵は一度腕を組んで明後日の方向を見る。
それから程なくして息を落ち着けると思い出したらしい話を始める。
「あたしとの噂が広まれば、椎名さんだって、その、あんたと親しくしにくいでしょ」
「なるほどな。確かにそうかも知れないな」
オレがその事実を認めると、恵は立ち上がった。
「別にあんたが誰と仲良くしようと勝手だけどさ」
そう言うと、恵は背中を向ける。
「悪いけどさ。話……今度にしてくんない? ちょっと早めにケヤキモールに行きたい。
のクラスの男の子たちも遊びに来るかも知れないから、噂払拭のためにも気合入れない
といけないし。あんたなんかに構ってる暇ないわけ」
「気合?」
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と別
「平田くんと別れたんだから、新しい彼氏探すのよ。悪い?」
「悪くない」
「……でしょ? だからもう行くから」
ちょっと意地悪をし過ぎたか。
オレは同じように立ち上がる。恵は玄関まで見送りに来ると思ったのだろう。
「別にいいわよ」
語気を強めに拒絶してくる恵に対して、オレは名前を呼ぶ。
「恵」
「もう、何ょ」
「単純に、嫌だったらスルーしてもらっていいんだが」
「はあ」
返事のような呆れた声。これ以上何を言う気だと警戒している。
「付き合うか?」
「え?」
眉間にしわを寄せながら、よく分からないとこちらを振り返る。
「なにを? って言うか、何に?」
どこかについて来い、みたいな解釈をしたのかそんなことを言った。
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かいしゃく
きはく
「そういうことじゃない。オレとおまえで付き合うか? って聞いたんだ」
「いやだからよく意味が……わかん……な……」
これ以上言葉は不要だろう。オレの恵に向ける目。それを受け止める恵の目。
希薄な関係ならいざしらず、この2人なら視線を合わせれば感情くらいは伝えられる。
「ちょ、え、は、え?: な、なんの冗談よそれ、たち悪すぎだけど……?」
「冗談ならな」
「だ、だって!あんた今、椎名さんとのことほのめかしたばっかじゃん!」
「そっちは冗談だ」
「でもこの間――」
「それは単なる、そうだな。ちょっと恵が嫉妬するかどうか試したかったんだろうな」
恵をカフェに呼び出し、オレがひよりと話し込んでいるところを見つけさせる。
そんなことをする必要性は、もちろん殆どなかっただろう。
だが、これはオレが恋に不器用であることを見せるための一つの方法だ。
「こ、この話嘘だったら、マジであたしとあんたの関係終わるけど……嘘の告白だって取
り消すなら、これがラストチャンスだけど……そこんとこ、マジで分かってるわけ?」
「疑心暗鬼である恵は、イエスもノーも答えられる状況にないということ。
「もちろん冗談じゃない。答えを聞かせてくれ」
しっと一
ほと
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