最後に、思い出を作りましょう

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天気に恵まれた今日は、ノヴァ様とブルーマロウの花畑を見に行く日だ。

迎えに行くと言うノヴァ様の言葉に甘えて宿屋の前で待っていたら、現れたのは馬車に乗り自ら手綱を操作する彼だった。

動きやすい服装でと言われていたので私はいつもの冒険者の恰好をしていたが、ノヴァ様も先日と同じ冒険者の恰好をされている。

一頭立ての幌ほろのない小型馬車に揺られながら街の景色をのんびり眺めていると、ある店の前で馬車が停止した。

「どうされましたか?」

「この店は、セリが食べられなくて残念がっていたあの串焼き屋だ」

「えっ!?」

ノヴァ様の話によると、屋台営業でお金を貯めた店の主人が一念発起して店を開いたとのこと。

「買って、向こうで食べよう」というノヴァ様の提案に頷き、懐かしい串焼きを買う。

さらに途中でペイル菓子店にも寄り道をしてクッキーやその他のお菓子も購入すると、いよいよ目的地に向かって出発だ。

王都を出て一時間くらい進んだ先に広がっていたのは、ノヴァ様が仰る通り私の瞳の色に似た赤紫や紫・青色をした花々が咲き誇る緑の丘。

ちょうどお昼時に到着したので、丘を眺められる木陰に並んで腰を下ろすと、さっそく買ってきた物を広げた。

雲一つない澄みきった空に、綺麗な景色と美味しい食事。

普段から食い意地の張っている私は、いつにも増して食が進む。

そんな私を、ノヴァ様がニコニコしながら眺めていた。

食事を終えると、ブルーマロウを間近で観察するために緩やかな丘を登っていく。

足元が危ないからと、ノヴァ様が私の手を引いてゆっくりと歩いてくださる。

あの頃とは違いすっかり大きくなった背中に頼もしさを感じつつ、彼の後をついていった。

ブルーマロウは観賞だけではなく食用にもなるとの話を聞き、俄然興味を持った私が熱心に観察をしていると、ノヴァ様が隣にやって来た。

「セリに、これを...」

そう言って彼が懐から取り出したのは、長方形型の箱。

中にはペリドットのペンダントが入っていた。

「私からの気持ちだ。ぜひ、受け取ってほしい」

「!?」

グレイシア王国には家族や知人がお祝いや記念として、贈る相手の瞳の色に似た石の付いた装身具を贈る慣習がある。

私もセリーヌ時代に、ピーターから成人のお祝いにイヤリングを貰った。

ちっとも女らしくない妹に、兄がせめて身なりだけでも華やかに...と気を遣ってくれたのだろう。

ペンダントの石が赤紫色だったなら、「ありがとうございます」と笑顔で受け取ったと思う。

しかし、その石が贈る側の瞳の色だった場合、意味合いは大きく異なるのだ。

 ――落としてはいけないと大事にしまい込んでいたけど、あのイヤリングは一緒に埋葬されたのかな...

......なんて、私が現実逃避をしてしまうくらいの衝撃だった。

「申し訳ございませんが、こちらは受け取れません。これは、ノヴァ様がご婚約をされるときにお相手の方へ贈られる大事な物でございます」

「だから、セリへ贈るのだが?」

「...へっ?」

言葉を選び丁重にお断りをしたのに、間の抜けた言葉が出てしまった。

「もし生まれ変わってまた出会えたら、嫁にもらってほしいとセリは言っただろう? その最後の願いを叶えたいんだ」

「いえ、そんな滅相もない...」

まさか、死に際の戯言ざれごとをノヴァ様が律儀に実行しようとしてくださるなんて。

申し訳なさすぎて、なんとお詫びすればよいのだろうか。

「あの、ノヴァ様...」

「これは、セリの願いを叶えるだけでなく、私の望みでもあるのだ」

「ノヴァ様の望み...ですか?」

「私の幸せは、『セリと共に生きていくこと』だ。『幸せになる義務がある』『幸せにならなければ許さない』と私に言うのであれば、セリには『責任をもってそれを傍で見届ける義務』があるということだ。そう思わないか?」

「えっと、それは...」

たしかに、そう言い切った手前、ノヴァ様の幸せを見届けるのは私の義務かもしれないが...

「しかし、その...両親が何と言うか。それに、婚約話も...」

「スーザンのご両親には使者を送り、もうすでに話を通してある」

「...えっ?」

「私との結婚の許可も頂いた」

「......はい?」

「だから、セリは何も気にせず、私の申し出に頷くだけでいいんだ」

「.........」

いろいろと急展開すぎて、頭が全然ついて行けない。

ついさっきブルーマロウの花を見ていたはずなのに、いつの間にノヴァ様と結婚する話になっているのだろう。

「で、でも、私スーザンは子爵家の娘です。ノヴァ様とは家格が到底つり合いません!」

「スーザンがログエル伯爵家の養女になれば問題はない。前世の実家なのだし、実兄の『妹』から『娘』に立場が変わるだけだ。こちらも、すでにログエル伯爵殿から了承は貰っている」

「.........」

ピーターとは何回か食事をしているし、モリーとも出かけている。

それなのに、私はそのような話を一切聞いていない......なぜ?

「私と結婚しても、騎士を辞める必要はない」

「.........」

ノヴァ様は、次々と私の逃げ道を塞いでくる。

ここまで根回しをされて外堀を埋められた状態で、「はい」と頷く以外の選択肢が取れる人が世の中にどれくらいいるのだろうか。

「私との結婚は......嫌なのか?」

返事ができずにいる私を見て、ノヴァ様が悲し気に目を伏せた。

まつ毛が長いなあ...とか、美丈夫は憂いを帯びた顔も絵になるなあ...なんて、また現実逃避をしながら私はノヴァ様を見つめる。

「...女性らしいことは何一つできない私なんかと結婚したら、ノヴァ様が後悔しますよ?」

「後悔なら、十八年前に嫌と言うほどした。セリに自分の気持ちだけでも伝えておけばよかったと、何度悔やんだことか...あんな思いは、もう二度としたくはない」

「十八年前って...えっ?」

 ――それって、ノヴァ様が当時から私のことを...

「もしかして...ノヴァ様も、伝記の著者である『アグナーノ』氏の取材を受けられたのですか?」

伝記の中にあった一文、『...自分に思いを寄せる人物の存在に気づかぬまま、セリーヌは十七歳の若さで旅立った』の『思いを寄せる人物』は、何とびっくり! ノヴァ様のことだったのだ。

「取材を受けるもなにも、『アグナーノ』は私のことだ。『ノ・アルヴァー・ナ・・グ・レイシア・』。逆から読んで『ア・グ・ナ・ー・ノ・』」

「!?」

「何をそんなに驚いている?」

「えっと...伝記では...私セリーヌのことが...その...かなり美化されていると...思うのですが」

「私は別に美化などしていない。すべて、私の目を通して見ていた事実、本心だ」

ノヴァ様の瞳が、真っすぐに私を捉えて離さない。

あの頃から想っていてくださったのに、私は彼の気持ちに全く気づいていなかった。

「今日は、スーザンの十七歳の誕生日なのだろう?」

「どうして、それを...」

「気を利かせた使者が、ご両親へ尋ねてくれたのだ。本当は十八年前のあの日に、このペンダントをセリへ贈るつもりだった。『私が成人するまで、待っていてほしい』と伝えるために...」

ペンダントを見つめていたノヴァ様は綺麗な黄緑色の瞳を再び私へ向けると、そっと手を握りしめてきた。

傷だらけで荒れた私の手を優しく包み込んでくれる、私よりも大きくて温かい手。

「セリ...いや、スーザン。私と結婚してほしい。もう、二・度・と・離れるつもりはない」

ノヴァ様の言葉が、重く心に響く。

そして、今頃になって気づいた。

これは、二度目の求婚だと。

一度目は、あの時...

『で、では、こうしよう。私が十五歳になるまでに婚約者が決まらず、セリがその...行き遅れになってしまった場合......私が責任を取って、妻に迎えたいと思う』

十八年前、一生懸命、私へ気持ちを伝えてくれた言葉。

私なんかで、いいのだろうか...

もっと相応しい方がいるのではないか...

ぐるぐると頭の中では、様々なことが思い浮かぶ。

でも...

私も、あなたの傍にいたい。

これからのあなたを、ずっと見守っていきたい。

......そう思った

「ノヴァ様もご存知の通り、私は前世・現世でも恋愛に関しては疎うございます。あなたをお慕いしておりますし、尊敬もしております。これからも、ずっとお側で見守っていきたいとも思っております。ですが、この気持ちが...」

「うん、皆まで言わずともわかっている。今は、ただ私の傍にいてくれればいい」

「...よろしいのですか?」

「セリの中では、私はまだ『ノヴァ殿下』のままなのだろう? それを、急に恋愛感情を持てというのは無理な話だ。これからゆっくりと、十八年前の続きから始めていくとしよう」

「申し訳ございません...」

私が頭を下げると、彼は「惚れた弱みだな...」と笑った。

やっぱり、ノヴァ様は笑っている顔が一番素敵だ。

「ノヴァ様、末永くよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしく頼む」

ノヴァ様が、さっそくペンダントを首にかけてくださった。

「セリもス・ー・も騎士で剣を握るから、指輪ではなくペンダントにしたんだ」

これなら邪魔にならないだろう?と屈託のない笑顔を見せるノヴァ様が、今は年上の男性なのに可愛らしいなと思ってしまう。

そして、さりげなく『スー』と呼ばれたことにドキッと心臓が跳ねた。

「私が騎士として、生涯ノヴァ様をお守りしますので、ご安心ください!」

「ははは...それは違う」

動揺を隠すため大きな声で宣言したら、ノヴァ様に苦笑されてしまった。

「今度は私が守る番だ。だから、スー...私より先に逝くことは絶対に許さない。妻として、私を看取ってもらうぞ」

 ――つ、妻って...!

結婚するから当然なのに、彼からそう呼ばれると何だかとても恥ずかしい。

「はい、かしこまりました」

神妙な顔で頷いた私の頭を撫でながら、ノヴァ様は満足そうな笑みを浮かべている。

「なんか...ノヴァ様が大人です」

「当たり前だ、私を幾つだと思っている? スーより十以上も年上なんだぞ」

「それは、そうなのですが...」

 私を見つめる瞳はあの頃と少しも変わらないのに、改めて時の流れを感じてしまった。

「...だから、堂々とこんなこともできるんだ」

突然、腕をグッと引き寄せられ、ギュッと抱きしめられる。

家族以外の異性と抱擁の経験がない私が固まっていると、ノヴァ様が私の額に長い口付けをした。

「ノ、ノヴァ様!!」

「婚約者に口付けをして、何が悪い?」

少し拗ねたように唇を尖らせたノヴァ様が、私から離れる。

彼からの不意打ちに、何も反応ができなかった。

柔らかい唇の感触が消えず、顔が熱を持っているのがわかる。

ノヴァ様が、いつまでも呆けている私の頬にそっと手を添えて顔を覗き込んだ。

「これは...私を異性として意識させるよい方法かもしれないな...」

真っ赤な顔をした私を前に、ノヴァ様は意味深な笑みを浮かべたのだった。

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