#4[R18][ShimaSen] 永遠の命を捨ててでも・後編(2)

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Author: スピリッカ

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〈大前提〉

・nmmnです。意味のわからない方は読まずにお引き取りください。

・お名前をお借りしている方々とは一切関係ございません。

・迷惑行為はおやめください。ルール、マナーを守ってお楽しみください。

・ブックマークしていただける場合は必ず非公開でお願いいたします。

〈作品・作者について〉

・人間のsmさん×神社の神様snrさんの、二十年ほどにわたる恋物語の後編(2)です。最終回です。

・全編通してsmさん視点

・R-18シーンあり。今回も女体化は無しです。

・宗教的な部分の設定はおおらかな目で見ていただければ幸いです

・作者は関東人なので方言はご容赦ください

・ファン歴も浅いため色々とご容赦ください

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ハッと目覚めると、降りるべき駅のひとつ手前まで来ていた。
あかん、疲れすぎて危うく寝過ごすとこやった。

今日は年末、仕事納めの日。
ただでさえ忙しい仕事が、いわゆる年末進行でさらに過密になってここ数日は寝る時間もろくに取れていない。今日の今日まで終わる気がしないほどどっさり残っていた仕事を、早くセンラさんに会いたい一心で死ぬ気で片付けた。
忘年会で賑わう年末の街を走り抜け、駅中のビルで大急ぎで買い物して新幹線に飛び乗り、故郷へと戻る。もはや祖父母の家に寄るのは後回しにして、真っ先に千羅神社へ向かう。手にはセンラさんの好きなドーナツの入った箱を提げて。

駅から神社へと向かう足取りは疲れていても自然と速まる。早く、早く。早く会いたい。会うのは夏ぶりで、センラさんは固定電話もスマホもパソコンも持っていないから、普段は手紙のやり取りだけで愛を交わしている。今どき考えられないほどアナログな遠距離恋愛は辛さももちろんあるけれど、その分純度の高い愛が育まれると実感した。

天気予報によれば今日は今年一番の寒さらしい。いささか薄着すぎる格好で来てしまったが、高揚した気分のおかげで寒さなんて感じなかった。静かな夜道を一人ウキウキで歩いていたら、思いがけず「志麻くん」と声をかけられた。

「え......セ、センラさん......!?」

「ふふっ、近くまで来たのがわかったから、待ちきれなくて迎えにきてもうた」

暗がりから姿を現したセンラさんはいつもの着物姿ではなく、町に溶け込むようにごく普通の冬らしい服装をしていた。セーターにジーンズに、スニーカーにコートにマフラー。特別おしゃれをしているわけじゃないのに、スタイルの良さと普段見慣れない新鮮さとが相まってめちゃくちゃかっこいい。

「センラさぁん......!!」

「志麻くん、久しぶり。お仕事お疲れ様、来てくれてありがとうな」

センラさんは感極まって抱きついた俺をしっかりと受け止めてくれた上に、「寒そうやな」と自分のマフラーを外して俺の首に巻いてくれた。

「ドーナツ買ってきてくれたんや、それ美味いよなあ、ありがとう」

そう言いながらセンラさんは流れるような自然な動作で素早く俺の鞄を奪い取った。

「え、ちょっとセンラさん、それ重いやろ。ええよ、俺が持つから」

「仕事で疲れてんのに遠いところ来てくれたんや、これぐらいさせて。はよ神社行ってイチャイチャしよ?」

「セ、センラさぁん......!」

長い脚ですたすたと歩き出したセンラさんを慌てて追いかける。いや、俺の恋人かっこよすぎひん?

神社に着いたら荷物を置いて、まずはとにかくハグとキスの嵐。
会いたかった。俺もやで。だいすき。相変わらずかっこええな。キスの合間に交わし合う甘い睦言。部屋中がほんのりピンクに染まっていくような錯覚すら覚える。今の俺たちを漫画にするなら、きっとコマいっぱいにハートマークが飛び交っていることだろう。

「センラさん、俺な、めっちゃ頑張って仕事終わらせたんや。褒めて褒めて」

「よう頑張ったなあ志麻くん、偉い偉い。ほんまにお疲れ様」

俺の頭を胸に抱えこんで、優しい労りの言葉と共にセンラさんがいっぱい頭を撫でてくれた。

「志麻くん、ご飯もお風呂も用意できとるけどどうする?」

「そんなんセンラさんに決まっとるやろ」

「ふふっ、そう言ってくれると思ったわ。ほな、お布団行こ?お疲れの志麻くんは何もせんでええよ、センラさんにぜーんぶ任しとき」

「はぁっ、センラさぁん......!」

俺の恋人、最高すぎるやろ。かわいくて綺麗でかっこよくて、優しくておまけにエロいんやから。

「あっ......センラさん、やば、イキそっ......」

「んー?いっへええよ?」

俺のを口いっぱいに頬張ったまま、センラさんが上目遣いに笑いかけてくる。
宣言通りに押し倒されて、あっという間にズボンのチャック下ろされて咥えられて、巧みな舌使いであっという間に昇り詰めさせられてしまった。

「あかん、出る、出るっ」

限界を訴えながらセンラさんの肩を軽く叩いてみるがまったく退く気配はなく、それはたぶん口の中に出していいという意思表示。ここ最近は忙しすぎて自分でする時間もなかったから、かなり濃いのが出てしまいそうで申し訳ないが仕方がない。

「ん、んんっ......!」

センラさんの頭を両手で掴む。腰が自然に浮き上がってしまい、結果的にセンラさんの喉を突くような格好になってしまった。センラさんは呻きながらも、迸る俺の精液をしっかりと受け止めてくれた。

「はあっ、はぁっ......ごめん、センラさん......だ、出して......」

「んっ......出すわけないやんもったいない」

俺が差し出したティッシュの箱には目もくれず、センラさんがためらいなく精液を飲み込んで口を手の甲で拭った。にっこり微笑んで、俺の頭を優しく撫でてくれる。

「いっぱい出たなあ、溜まってたん?」

「......溜まってました」

「んふふ。なあ、志麻くん見てて?」

センラさんは着ていた服を一枚ずつ、仰向けでぽかーんと横たわっている俺に見せつけるようにゆっくりと脱ぎ捨てていった。せっかくのレアなセンラさんの洋服姿、俺が脱がせたかった気もするけどまあ、これはこれで最高や。
最後の一枚まで脱いで全裸になったセンラさんのそこは、既にかなりの勢いで勃ち上がっている。センラさんも溜まってたんか、そらそうやな。それとも俺のちんこ咥えて興奮したんかな。あー、やば。

膝立ちの体勢で、自分で指を咥えて濡らすとセンラさんはその手を後ろへ回した。んっ、と小さく喘ぎながら指を自らの中へ挿れていく。視線はしっかりと俺を捉えたまま。

「んっ、あ、あっ」

何回か指を出し入れしているうちに、センラさん自身がさらに上向きに反っていくのがありありと見えてめちゃくちゃ興奮した。

「ふふっ、志麻くんもう元気になったやん」

あっという間にギンギンになった俺の股間を見てセンラさんが微笑み、指でちょんと突いた。

「え、ちょ、まっ......センラさん、まだ早いやろ。もっと慣らさんと」

センラさんが俺の上に跨って腰を下ろそうとしたので慌てて止めた。いくら何でも、あれだけでは解し足りないだろう。センラさんに痛い思いをしてほしくない。

「大丈夫や。志麻くんが来る前にも準備しとったに決まってるやろ?俺、早く欲しいねん」

そう言うとセンラさんは俺の先端を後ろにあてがい、ずぶずぶと飲み込みながら腰を沈めていった。

「んっ......センラ、さん......」

「あっ、はぁっ......志麻くんの、おっきい......」

センラさんのすらりとした身体が俺の上で色っぽくくねる。ずるっと引き抜いて、また奥まで飲み込んで。始めはゆっくりと、やがて速さを増してリズミカルに、ほっそりした腰が上下に振られる。
暴力的なまでにエロい光景に、ただ仰向けに寝ているだけなのにくらくらと目眩がしそうになる。

「あっあっ、あかん、もういくっ......!」

センラさんが身体を仰け反らせてびくびくと震えた。センラさん自身の先端からも精液が勢いよく迸り、俺の腹や胸の辺りに飛び散った。

「ふはっ......センラさんすげえ飛ばすやん」

「はあっ、はぁ......ふふっ、ごめぇん」

溜まっていたのはお互い様のようだ。
二人してくすくす笑い合ったあと、センラさんは俺の腹の上の精液を拭き取った。というより、上にさっと手のひらをかざすだけできれいに消えていった。
だが胸の辺りに飛んだ一部の精液は敢えて消さずに、身を屈めてぺろりと舐めた。こちらに挑発的な一瞥をくれたかと思うと、そのまま乳首まで舐めてきたので思わず声が出た。

「あひゃっ、セ、センラさんあかん」

充分に乳首を開発されているセンラさんと違って、俺の場合はそこを弄られてもくすぐったいだけだ。身を捩って逃げようとするがセンラさんの舌がしつこく追ってくる。

「やめてやめて、こしょばい、無理」

「ふふふっ、いつも志麻くん俺の乳首さんざん弄るやん。たまにはお返しや」

「あぁ〜〜〜もうっ!」

「へっ?うわっ......!」

のしかかっているセンラさんごと無理やり起き上がり、戸惑うセンラさんを押し倒して組み敷いた。そのまま貫いて奥の奥まで抉ってやれば、嬌声とともにセンラさんが仰け反って白い喉が露わになった。

「ひぁっ、ああ、あっ......!し、志麻くん、あっ、今日はセンラが、ふぁ、う、動くって言うたのにぃ......」

イッてすぐに容赦なくガツガツ突かれていることよりも、結局俺が動いていることの方に文句を言いたいセンラさんが健気でかわいすぎる。

「はぁっ......センラさんが、エロすぎて、んっ、疲れなんて、吹っ飛んで、もうたわ......はっ、ん、センラさんは、やっぱり、ふっ......俺の下で、アンアン鳴かされとるのが、お似合いやっ......!」

「あひっ、ぁ、あぁっ......志麻くんの、あほ、いけずっ......!」

必死で俺にしがみつきながら抗議してくるセンラさんの声も、もはやもっと突いてと煽ってるようにしか聞こえない。溜まりに溜まった欲求と募りに募った愛しさを全て注ぎ込むように、センラさんの両脚を抱えて腰を打ちつけまくった。

「あっ、はぁ、ん......っ、も、むりっ、いくっ、いってまう......っ!」

センラさんの爪が背に食い込む心地よい痛みを感じ、俺も再び達した。

「こ、これほんまに全部センラさんが作ったんか......?」

「せやで、なかなかのもんやろ」

セックスを終えて、一緒に軽く風呂に入って上がると、食卓にずらりとセンラさんの手料理が並んだ。俺は驚嘆の声を上げ、センラさんは得意げに胸を張った。

千切りキャベツをたっぷり添えた生姜焼き、肉じゃが、おひたし、ほかほかのご飯と味噌汁。あとは何ていう名前かよくわからんのが数皿。俺が知らんだけなのか、それともセンラさんの創作料理なのかもしれん。食器や盛り付けのセンスの良さも含めて、元々空いていた腹が更にありえんくらいに食欲をそそられる。

「志麻くんのために作ったんやから、たくさん食べてや。相変わらず普段ろくなもん食べてないんやろ、センラさんはお見通しや」

「ありがとうセンラさん、ほんまに嬉しい。いただきます!」

実際に口にしてみると、見た目の期待値以上に味付けも最高だった。冗談も贔屓目も抜きで、美味すぎて涙出そう。

「なんやこれ、めっちゃ美味い。すごいやん、センラさん。会うたびに料理の腕、爆上がりしとるやん」

「ふふっ、毎日コツコツ練習しとるからな。慌てないで、よく噛んで食べや」

そう言ってセンラさんはお母さんみたいに俺の口の端についた米粒を取ってくれた。

きっかけは、付き合い始めて間もない頃に「センラさんの手料理が食べたい」と俺がねだったことだった。それまでは、どんなメニューも一瞬で出すことができる能力ゆえに料理のりの字もしたことがなかったセンラさんが、俺の希望に応えるために一生懸命自分で料理を作ってくれたのだ。
最初に作ってくれたものは野菜の切り方が乱雑だったり今ひとつ大味だったりと、初心者らしい出来栄えでそれはそれで可愛く感じたものだが、俺が美味い美味いと言って食べたのがよほど嬉しかったのか、それからは会うたびに数段レベルアップした料理が出てくるようになった。その腕前は今やプロ級と言ってもいいくらいに上達していた。

「センラさん、将来お店出せるんとちゃうか」

「うふふ、あんまり持ち上げんとって。志麻くん優しいから、調子乗ってまうわ」

「ほんまやって!お世辞やない、ほんまにそれぐらい美味いんやって!センラさん自信持ってええよ」

「......ありがとう」

照れ笑いするセンラさんがかわいすぎて、また押し倒してしまいたくなるが、せっかく作ってくれたんやしせっかくこんなに美味いんやし、今は食事に集中せんとな。

そんなこんなで、遠距離恋愛とは言え俺とセンラさんの交際はすこぶる順調だった。

社会人になって、もう三年目になる。
忙しいのはわかっていて入った会社だったが、正直想像以上だった。新卒一年目は右も左もわからず無我夢中やったし、二年目、三年目を迎えてようやく慣れてきたと思っても、今度は後輩の指導とかも出てくるし、業務範囲と責任が増えていく一方で全然楽になることはない。
就職を機に親元を離れて一人暮らしを始めたことも加わって、毎日いっぱいいっぱいだったけど。離れていても、年に数回しか会えなくても、通話やメッセージのやりとりすらできなくても、センラさんの存在が何より大きな支えになっていた。

長い片想いがようやく実り、晴れて恋人同士になってからのセンラさんは、それはもう優しくて優しくて。
もちろん元から優しかったけれど、いざ付き合うとここまで振り切ってデレてくれるようになるとは、さすがに俺も予想していなかった。
会えない期間は手紙をたくさん送ってくれるし、会えばとにかく尽くしてくれる。素直に甘えてくれるし甘やかしてくれるし、エロいこともノリノリでしてくれる。
千羅神社には俺の私物や俺が贈ったものや、俺の写真が飾られた写真立てがどんどん増えていった。ちなみに、センラさんは写真を撮っても映らないので残念なことにツーショは撮れない。いつか人間になれたらいっぱい撮ろうという約束だけしている。

センラさんのこのデレっぷりは、当然ながらとても嬉しい。嬉しいけどその一方で、きっとセンラさんは長い間ずっと辛かったんやろな、寂しかったんやろうな、その反動でここまで俺にデレてくれるんやろうな、そう思って少し切なくもなる。
好きな相手に好きなだけ愛情を注げるということが、今までのセンラさんにとっては当たり前ではなかったんや。そう考えるといじらしくって、俺ももっともっと、正直これ以上は難しいというところまで来てはいるが、それでももっと、センラさんを愛してあげたい気持ちになった。

「見た目だけで言えば、センラさんに追いつくまであと二、三年ってとこかなあ」

食事が終わり、だらだらと酒を飲みながら俺は炬燵に入ってセンラさんとおしゃべりをしていた。疲れてるし眠くもあるけどまだ寝るのはもったいなくて、炬燵にだらしなく突っ伏したまま、あんまり上手く回らない頭と口でとりとめのない会話を交わしていた。

「そうやなあ。それを過ぎたら志麻くんの方が年上になるな」

「うん、それも悪くないけど......俺だけ老けてくのはちょっと嫌やな」

「そんなことあらへんよ。志麻くん、年取ったらますますかっこよくなるはずやから楽しみや」

センラさんが微笑んで俺の頭を撫でる。嬉しいことを言われているはずなのに、まるで明確な根拠でもあるかのような、断定的な言い方がちょっと引っかかる。

「......ひいひいじいちゃんも、そうやった?」

「そらもう、年取るごとに渋くなって色気が増して、今で言うイケオジそのものやったよ」

「......ふうん」

やっぱりそうか。俺が引き出した答えではあるけど、やっぱり他の男を前例として褒められるのはあんまりいい気持ちはしない。例えそれが自分と瓜二つだという、ご先祖様の話だとしても。

「ふふっ、またあの人に妬いとるん?かわいいなあ」

センラさんはますます笑顔になって、突っ伏したままの俺の髪をくしゃくしゃ撫でる。

「ええやん、あの人は俺の初めての男やけど、志麻くんは最後の男なんやから。そっちの方がええやろ?」

「うん、まあ......二択やったらそっちの方がええけど」

欲を言えば、両方とも欲しいのが男の性ってもんやろ。

「......なあ、前々から思ってたんやけど、俺ってひいひいじいちゃんの生まれ変わりなんかな?」

自分が前世でセンラさんを裏切ったとはあまり考えたくないが、そう考えると何かと辻褄が合うような気もする。顔が似ていることも、どちらもセンラさんを愛して愛されたことも。それに、もしそうならひいひいじいちゃんは俺自身ということになり、やり場のない嫉妬心も薄らぐというものだ。

「いや、それはちゃうと思うで」

だが俺の考えは、センラさんにあっさりと否定されてしまった。

「俺もそこまでわかるわけではないから、単なる勘やけどな。なんかちゃう気がするねん。顔はほんまにそっくりで、ホクロの位置まで同じやけど、それでもあの人と志麻くんは別の人って気がすんのよな。俺が言うんやから信憑性あるやろ?」

そう言うとセンラさんは炬燵に頬杖をつき、頭を傾げ気味にして今日一番綺麗な微笑みを俺に向けた。

俺は複雑すぎる心境に陥って何も言えず、眠いふりをして顔を完全に伏せた。

この時の俺は、センラさんがそう言うならそうなんだろうと思う一方で、センラさんのことだから俺が前世の自分の行いに罪の意識を持たないように、そういうことにしてくれているだけのような気もしていた。

だが、俺とひいひいじいちゃんが別人だというセンラさんの勘が当たっていたことは、後に思わぬ形で証明されることになるのだった。

それからさらに二年が経過した。
一生懸命働いた甲斐あって貯金も増え、千羅神社を土地ごと購入するという俺の目標もようやく現実味を帯びてきた。
そろそろ具体的に動き出したいと思い始めていた矢先、郵便受けにその便りは届いた。

センラさんからの手紙に「速達」の赤文字が入っていたのは初めてのことで、気づいた途端に鼓動が急激に速まった。
これは、もしかしたら。

期待しすぎるなと自分に言い聞かせながら、震える手で封を開ける。中の便箋を開いて、読んで。俺は膝から崩れ落ちて雄叫びを上げた。

「.........っっっしゃああぁぁぁっっっ!!」

その日が、来たのだ。

数十年待つ覚悟を決めていたのに、思ったよりも早かった。やっぱり俺とセンラさんは結ばれる運命なんや。

幸い、今日は金曜日。今夜はさすがにもう電車が無いけど、明日の朝一で千羅神社へ向かうべく俺は荷造りを始めた。

「センラさんっ!!」

「志麻くんっ......!」

神社に着いて顔を合わすなりお互い飛びつくように抱き合って、喜びを噛みしめた。

「センラさん......よかった......ほんまに、よかった......うっ、うぅ~~っ」

「志麻くん、泣いとるん......?ふふっ、よしよし」

俺の方が感極まって泣き出してしまい、センラさんに優しく頭を撫でられた。

とにかくまずは詳しい説明をということで、俺が泣き止んだ頃を見計らって腰を落ち着け、センラさんが話し出す。
手元にはカレンダーと、俺には読めない文字がびっしり書かれた書類が数枚、用意されていた。

「今回はこの日が人間になれる日に決まったんやけど、志麻くん大丈夫?いや、大丈夫やなくてもどうにかして来てもらわなあかんのやけどな」

センラさんが指し示したカレンダーの日付は、一ヶ月後の日曜日。土曜から続く三連休の中日だった。

「この日は......大丈夫や、前日が友達の結婚式で東京に行かなあかんのやけど、この日は空いとる」

「そうなんや、おめでたい日が続くなあ」

センラさんがにっこり笑ってカレンダーを引っ込めた。

「前にも言うたけどな、当日の日の出から日の入りまでの間に、俺と志麻くんとで契りを交わさなあかんねん。まぁ、べつに何でもええからセックスでもしとこか」

「そんなムードのない......、もうちょいなんかあるやろ」

「ふふっ、ほな志麻くんに任せるで。かっこいいプロポーズ期待しとくわ」

おっと、これは重大な問題や。一ヶ月の間に頑張って準備と予行演習せなあかん。

「それで、人間になった後のことなんやけど」

センラさんの表情が少し引き締まり、書類に目を落とした。どうやらそこに人間になるにあたっての、いろいろな説明が書かれているらしい。

「ほんまに俺がこのまんまの姿で人間になるだけやねん。せやけど、現代社会で身ひとつで放り出されたところでまともに生きていかれへんからな、戸籍とか住民登録とか、健康保険や年金の加入履歴とか、そういうのはちゃんと用意してもらえるらしい。まあ、要は捏造ってことやけど。俺という人間がいきなりこの世に現れたんやなくて、前からいたってことにしてもらえるわけやな」

「へえ」

えらい現実的な話やけど、そらそうやんな。人間になったら怪我や病気で病院にかかることもあるだろうし、高齢になれば年金だって受け取りたいよな。

「あとは当面暮らすための最低限のお金とか、希望者には安いアパート程度やけど、住むところも用意してもらえる。でも......」

センラさんがちょっと照れたように俺にちらりと視線を向けて、また目を逸らした。

「できれば俺は、志麻くんと一緒に住みたいんやけど......ええかな?」

「ええに決まっとるやろ!なんや、できればって」

何を今さらトンチンカンなこと言うてんねんこの神様は。かわいいから許すけど。

「そっか、そらそうやな」

くすくす笑ってそう言った後、センラさんはまた少し表情を引き締めた。

「......俺、人間になったらただの丸腰の男や。何の力も使えへんし、学歴も職歴もないし、家族も友達もおらん。志麻くんだけが頼りなんや」

「そんなん承知の上や。俺が面倒見たるから、センラさんは何も心配せんでええ。ただ俺のそばにいてくれればええよ」

「......ありがとう。迷惑かけてまうかもしれんけど、よろしくな」

ここで一回、どちらからともなくぎゅっと抱き合った。

今後の生活のことはいいとして、気になるのはセンラさんがいなくなった後の千羅神社の行く末だった。

「なあ、センラさん。ちょっと嫌な話かもしれんけど、センラさんが人間になったらこの神社は......」

「......うん、たぶん潰れてしまうやろうな」

センラさんの表情がふっと曇る。

「ここがもっと、ちゃんとした神社やったら話は別なんやけどな。きっと俺が抜けた穴を埋めるために、別の神様が来てくれてそいつが新しいセンラ様になると思うねん。でも、ここはそもそも正式な神社でもないし、管理もちゃんとされてなくてご近所さんの善意頼りで、そのご近所さんもどんどん高齢化してきてるとなると......志願する奴がおらんかもしれん。神様が不在になればそれはご近所さんにも自然と伝わるはずや。そんでいよいよ人が来なくなって......っていうことになるんやないかな」

「そうかぁ......まあ、でも、うん......」

かける言葉がうまく見つからずに口ごもってしまう。センラさんがこの神社をどれほど大切に思っているか知っているからこそ、何も言えない。

「どうすることもできひんし、仕方ないことやけど、やっぱりちょっと寂しいな......ん?」

その時、神社の境内から人の話し声がした。
参拝に来た近所の人かと思ったが、どうも話している声のトーンがそういう雰囲気ではない。

「何やろ、ちょっと見てくるな」

「あ、俺も......」

センラさんと俺は二人で社殿の中から外の様子を伺った。センラさんの力でこっちから向こうを見ることはできても、向こう側からこっちは見えないようになっている。それがわかっていても、なんとなくこっそりと身を潜めてしまう。

外で話していたのは、四十代くらいの男性と二十歳前後の男性の二人だった。

「あ、あの人......っ!」

センラさんが隣で驚いた声を上げた。

「センラさん、知っとるんか」

「オッサンの方、今のここの所有者や。いや、今もそうかはわからんけど、だいぶ前にここを相続した人や。一度見たきりやけど、あの顔は間違いない」

「えっ!?」

その話は、俺もかなり前にセンラさんから聞いたことがある。確か嫌々相続して、厄介なものを押しつけられたとぼやいていたらしいが、そんな人が今更ここに何の用があるというのだろう。

「何かあったのかと思って来てみたが、特に変わった様子はないな。しかしまた、一段とボロくなったな」

男が境内をぐるりと眺め回して言う。なんやお前、偉そうやな。ボロくなったって、そらお前が放ったらかしにしとるんやから当然やろ。

「なあ親父、本当に取り壊しちゃっていいのかよ。俺、祟りとかマジで怖いんだけど」

若い方の男が心配そうにそんなことを言う。取り壊すという言葉に俺とセンラさんは思わず顔を見合わせた後、耳を澄ませて会話の内容を理解しようと努めた。

「いいんだよ、だってあの爺さんがそう言うんだから」

あの爺さんって、どの爺さんやねん。話が見えん。

「その爺さんってそもそも誰なんだよ」

「説明してなかったか?」

「ガキの頃に聞いたけど、俺そういうの苦手で半分くらい耳塞いでたからな」

若い男は息子らしいが、どうやら息子も話がよく見えていないようだ。おかげで詳しい説明が聞けるかもしれない。一言も聞き漏らすまいと、俺はさらに耳を澄ませようとした。

「志麻くん」

センラさんに声をかけられ、両手で両耳にそっと触れられる。その途端、イヤホンでラジオでも聴いてるみたいに、外の会話がはっきりとクリアに聞こえてきた。センラさんにお礼を言って、所有者の男と息子の会話に神経を集中する。

「この神社はうちの先祖が酔狂で建てたもので、正式な神社でも何でもないってことは知ってるよな?」

「うん、それは聞いてる」

「だから本来なら、いつでも取り壊す権利がうちにはあるんだよ。今でも近所の年寄り連中なんかは熱心に拝んでたりするらしいけど、そんなのは勝手にやってることだからな」

なんちゅう言い草や、態度はデカいし、いけ好かん奴やな。お前が放ったらかしにしとる神社を、信心深いお年寄りが一生懸命拝んだり掃除したりしとるんやぞ、何とも思わんのか。

「だけど、それができなかったんだろ?」

「ああ、死んだ親父も俺も、こんな神社はさっさと取り壊そうとしたんだがな、その度に知らない爺さんが夢枕に立って、絶対に取り壊すなと言われるんだ」

「それだよそれ、めっちゃ怖えんだけど」

「まあ、お前が思うほどそんなに恐ろしいもんでもないんだけどな。どちらかというと、頼むから壊さないでくれと懇願されるような感じだな。とは言え無視して壊してしまえば何が起こるかわからないし、土地ごと売っ払おうとしてもこんな田舎でボロ神社まで付いてるんじゃなかなか買い手がつかないし、ほとほと困ってたんだよ。だけどな、つい先日あの爺さんがまた夢枕に立って、来月の三連休が終わったらもう取り壊してもいいって言われたんだ」

思わぬ話に俺とセンラさんは顔を見合わせた。

来月の三連休と言えば、ちょうどセンラさんが人間になる時期ではないか。

「さっきも言ったけど、その爺さんって一体誰なんだよ。やっぱりご先祖様とか?」

息子が俺の疑問を代弁してくれた。一体誰なんや、その爺さん。この神社を作った、変わり者のオッサンだろうか。そうだとしたら取り壊すなと言うのはわかるが、なぜ来月の、センラさんが人間になる時に合わせて急に取り壊していいということになったのだろう。

「そうかもしれんが、名前も名乗らないしはっきりしたことはわからないんだ。親父も俺も、それぞれに見た爺さんの人相は完全に一致しているから同一人物なのは間違いないがな。歳の割に妙に顔立ちが整っていて、左目の下には特徴的なホクロがあるんだが、一体誰なのかは不明なままだ」

「.........っ!!」

俺も隣にいるセンラさんも、同時に息を呑んだ。

「ひいひい、じいちゃん......っ!?」

所有者の親子はまだ何か話していたが、もう何も頭に入ってこない。センラさんはしばらく言葉を失って、ただ目をぱちくりさせていたが、やがて嬉しさと懐かしさと呆れの入り混じったような笑顔を浮かべ、最初はくすくす、次第にげらげらと笑い始めた。

「......ふふっ、はははっ......!何しとんねん、あいつ。ほんま、きっしょ......!」

辛辣なその言葉とは裏腹に、センラさんの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「......ひいひいじいちゃんが、この神社を守ってくれてたんやな」

百年以上前、事情があったとは言えセンラさんを裏切ったひいひいじいちゃんだったけど、こうして死後数十年経って、今度こそセンラさんが人間になる時を迎えるまでずっと、千羅神社を守ってくれていたんだ。

ひいひいじいちゃんに対しては正直、一言では言い表せない複雑な感情がある。許せないと思ったり、嫉妬したり、でもひいひいじいちゃんの選んだ道が違っていたら、俺はこの世にいないわけだしと思ったり。
でも今この時だけは、素直に感謝するしかなかった。そしてやっぱりひいひいじいちゃんは、センラさんのことを本当に愛していたんだと認めざるを得なかった。

「センラさん......よかったな」

横で泣き笑いしているセンラさんの頭を、そっと撫でる。

「......ありがとう」

それが俺に向けて言った言葉なのか、ひいひいじいちゃんに向けて言ったのか、あるいはその両方かはわからないけれど。それはセンラさんだけが知っていればいいと思った。

こうしてセンラさんの悲恋は百年以上の時を経てようやく本当の終わりを迎え、俺はひいひいじいちゃんから、悲恋の続編をハッピーエンドにするためのバトンを受け取ったのだった。

その晩のセックスが盛り上がったことは言うまでもないが、終わった後も高揚感と多幸感に包まれてなかなか眠れなかった。センラさんも同じだったようで、修学旅行生みたいなテンションと甘ったるいイチャイチャとを両立しながら布団の中で二人、ずっとお喋りを続けていた。

「千羅神社がなくなってまうのは寂しいけど、人が離れて朽ちていくよりはいいのかもしれん。正直言って、肩の荷が降りた気分や」

「......俺が偉そうなこと言える立場やないけど、センラさんは長い間充分頑張ってきたと思うで。これからは、自分の幸せを考える番や。人間になって、何かやりたいことないんか?」

「んー......何かあるかなあ」

「俺はあるよ。家族や友達にセンラさんを会わせたいし、酒の美味い店とかガッチガチのデートスポットとか、連れて行きたいとこもいっぱいある。センラさんも、やりたいこと片っ端からやってええんやで」

「ふふっ、ありがとう志麻くん。俺がやりたいことは......そうやなあ、志麻くんにずっと面倒見てもらうのも心苦しいし、俺も何か仕事したいなあ」

「そんなん全然気にする必要ないで?もちろんセンラさんが働きたいなら応援するけど」

「うん、あんまり暇なのも性に合わんから働きたい。でも、学歴も経験も資格も、何もないからなあ」

「それやったらさ、俺いつも言うてるけどセンラさんの料理はマジでお店出せるレベルやと思うから、それ本気で考えてみたら?自営なら学歴とかもそこまでハンデにならんやろ」

「......そんなんできたらええけど、先立つもんがないやん」

「開業資金のこと言うてるんやったら、この神社買うために貯めた金があるやろ。結局必要なくなったから、丸ごとそっちに回せるで」

「だめや、そんなん......志麻くんが頑張って貯めた金やんか」

「いや、これはセンラさんに言うてへんかったけど、どっちみち俺はいつか脱サラして自分で商売やれたらええなって思ってたんや。センラさんと一緒に店出せるなら願ったり叶ったりや」

「え、でも......え、ほんまに?」

「ああ、一緒にお店やろうや、センラさん。俺は料理はあんまりやけど、それ以外のことやるから。公私ともにパートナーってやつやな」

「......志麻くん、」

しばらくの間、センラさんは嬉しそうにも、不安そうにも見える顔で、俺をじっと見つめていた。俺はその眼差しを、真正面から受け止めた。

やがてセンラさんが布団の中で俺の手をぎゅっと握って「ありがとう」と呟いた。

「ふふっ、センラさんとの生活、ほんまに楽しみや。まずは来月、無事に契りを交わさんとな」

「志麻くん、前日が友達の結婚式なんやろ?」

「そうやねん。できれば前日からここに来ておきたいけど、けっこう仲いい友達で二次会の幹事も頼まれてるから、その日は東京に泊まることになりそうやなあ」

「ええよええよ、ゆっくりお祝いしてきたらええ」

「ごめんな、まあどんなに遅くても日没までには余裕で着くと思うから、待っとってな」

この選択を、後になってどれほど悔やんだかかわからない。
何を差し置いても前日のうちに、センラさんのところに来ておくべきだったと。

ようやくハッピーエンドを迎えられるかと思われた俺とセンラさんの恋に、大きな暗雲が立ち込めることになるとはこの時はまだ、知る由もなかった。

涙もろい俺は友人の結婚式で号泣し、二次会は幹事として進行役も盛り上げ役もしっかりこなし、幸せな気持ちでその日は東京のホテルに泊まった。

明日はとうとうセンラさんが人間になる日、センラさんと契りを交わす日や。

家に帰る暇がないのでこのスーツのまま千羅神社に行くしかないが、むしろちょうどいいかもしれない。
何しろ明日は俺達のプロポーズ兼結婚式みたいなもんや。揃いの結婚指輪も既に用意して鞄に忍ばせてあるし、早朝から営業している花屋で大きな花束も予約した。べつに東京で買わんでもええんやけど、都会の花屋はやっぱりオシャレ度が違うからな。

朝一番に花束を受け取りに行って、新幹線、特急、各駅停車を乗り継いで千羅神社へ向かって、昼頃には着く予定だ。それから指輪を交換し合って、変わらぬ愛を誓い合って、その後はたぶんセックスして。
考えただけで幸せすぎて、ホテルのベッドの上でごろんごろん転がった。

当日は雲ひとつ無い快晴だった。天気にまで恵まれるとかどんだけ幸せな日やねん。俺とセンラさんが今日という日に契りを交わすことは世界中で俺ら以外誰も知らないけれど、それでもなんだか世界中から祝福されているような気分になった。

花屋で花束を受け取って、タクシーで新幹線の出るターミナル駅に向かう。朝っぱらからスーツを着てでっかいバラの花束を抱えた俺はいくら都会と言えども目立つらしく、すれ違う人がちらちら見ていく。
長めの階段を登っていると、俺より少し上の段をお母さんに手を引かれた小さな子どもがよちよち登っていくのが見えて、微笑ましく感じた。
そこへ何の用事があるのか、急いだ様子の若い男が向こうから走ってきて、親子の横を通って階段を降りていこうとした。

あ、やばい。危ない。

体が反射的に、ほとんど勝手に動いていた。

男の足が子どもにぶつかって、その勢いでお母さんとつないでいた手が外れて、子どもが階段から落ちる。

俺は花束を放りだして、落ちてくる子どもをキャッチして、一緒に階段を転げ落ちる。小さな体が傷つかないよう、しっかりと抱きしめて。

がん、ごん、どん。何段階かに分けて体に、頭に、衝撃が走る。

絹を裂くようなお母さんの叫び声を聞きながら、地面に叩きつけられた真っ赤なバラの花束を霞みゆく視界に映しながら、俺の意識は遠ざかっていった。

目覚めたのは病院のベッドの上だった。
一瞬で状況を理解した俺は全身の血の気が引いていくような焦りと絶望感に襲われて、「今、何時ですかっ!!」と絶叫した。

看護師さんが慌てて俺のところへ来て、「大丈夫ですか」と声をかけた時にはもう俺は起き上がって病室を飛び出そうとしていた。

「落ち着いて、落ち着いてください」

「何時ですか、今、何時なんですかっ!!」

言うて小一時間くらいしか経ってないんじゃないか、そんな淡い期待を打ち砕くように看護師さんが俺に教えてくれた時刻は、既に午後になっていた。
ゆうべ気分が昂ってろくに寝られなかったことも災いして、最悪な状況を招いてしまったらしい。

「早く行かなきゃ......っ!」

今の季節は、冬である。日の入りは早い。とにかく一刻も早く、千羅神社に向かわなくては。

パニックになっていたら余計に病院から出してもらえないと判断した俺は必死に理性を働かせ、表面上だけでも落ち着きを取り戻した。
今日は外せない大事な用事があって、急いで新幹線に乗らなければいけないんです、とにかく早く行かせてくださいと看護師さんに訴えた。その後先生が呼ばれたり支払いをしたりと色々あったのだが、とにかくすべてのことを可能な限り急いでもらって病院を後にした。

ちなみに、不幸中の幸いであちこち打ったり擦りむいたりはしたものの、全体的に怪我の具合は大したことなかった。子どももほとんど無傷だったということで何よりだが、この状況では安心する余裕もなかった。

タクシーで駅に向かい、新幹線に飛び乗った。
せっかく買った花束はどこへ行ったかわからなくなってしまったし、スーツもあちこち破れてしまっていたが、もはやそんなことはどうでもよかった。結婚指輪は鞄の中に入っているから良しとしよう。
せめて何かできることはないかと、祖父母に連絡を取ってみた。今から千羅神社に行ってほしい、誰もいないように見えても中に絶対に人がいるから、志麻が事故に遭って遅れていると、急いで向かっているから待っててくれと伝えてほしい、口頭で言うか紙に書いて置いてきてほしいと頼むつもりだった。だってセンラさんは、今俺がどんな状況に置かれているかを知らないはずだ。昼頃には着いているはずの俺がなぜ姿を現さないのかと気が気ではないだろう。まして、ひいひいじいちゃんの時のことがあるから尚更だ。

だがあいにく祖父母は三連休を利用して二人で旅行へ出かけているという。歳の割に元気でアクティブなのはいいことだが、この日ばかりは家にいてほしかった。
次に、あの辺に住んでいる友達に片っ端から連絡を入れてみた。だが祖父母と同じように旅行や外出をしていたり、そもそも既読がつかなかったり、既読がついても不審に思ったのかスルーされたりと、頼れる奴は一人も現れなかった。

何度も何度も所要時間を計算してみたが、日没までに千羅神社に間に合うかどうかは正直、微妙なところだった。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。

今回を逃したら、もう俺が生きている間にセンラさんが人間になれる日が来る確率は絶望的に低くなる。

ひいひいじいちゃん、ごめんなさい。事情は違えど、あんたを責める資格なんて俺にはなかった。力を貸してほしいけど、もう大丈夫だと思って成仏してしまっただろうか。

特急に乗り換えて、各駅停車に乗り換えて。地獄のように長く感じる時間が過ぎて、ようやく最寄駅までたどり着いた。
あらかじめ呼んでおいたタクシーに飛び乗って、大急ぎで千羅神社へ向かってもらう。太陽はもう、かなり下の方まで来ていた。

携帯電話の通知音が鳴った。さっきメッセージを送った友人で、既読がつかなかった奴の一人からだった。メッセージに気づいて返信してくれたらしいが、その内容は俺をさらなる絶望のどん底へと叩き込んだ。

『千羅神社行ってみたけど、なんか火事になってるみたいだよ?』

タクシーを降りると、人だかりの向こうに燃え盛る炎が見えた。

「センラさんっっっ!!」

「おい、あんた何すんだ、やめろ」

一目散に社殿へ向かおうとする俺を、野次馬が数人がかりで止めようとした。消防車はまだ着いていないが、遠くでサイレンの音がする。

力ずくで野次馬を振り払って、炎に包まれる社殿へと飛び込んだ。熱さを感じないわけではもちろんないが、熱いという感覚も、死への恐怖も、今の俺を止めるどころか怯ませることすらできなかった。

「センラさんっ!俺や、志麻や!遅れてごめん!!」

社殿の中に、センラさんはいた。
柱に凭れて放心したように座り込むその姿は、意識はあるようだったがまるで生気というものが感じられなかった。
俺の呼びかけにも反応せず、虚ろな視線は一点を見つめたまま動かない。

「センラさんっ!センラさんっ!!」

「.........?」

何度も名前を呼んで、肩を掴んで揺さぶって。
光を失ったセンラさんの目がようやく何度か瞬きをして、俺を捉えた。

「......しま、くん......?ど、して......」

「ごめん、遅れてごめん。事故に遭って病院に担ぎ込まれてたんや」

「びょう、いん......?」

「ちょっと怪我したけどもう大丈夫や、遅れてごめん、待たせてごめん」

「そ、か......ごめん、俺......志麻くんを疑ってもうた......友達の結婚式に出て、やっぱり志麻くんも、女の人と結婚したくなったんやと......ごめん」

少しずつ目に光を宿し、いつものセンラさんへと戻っていく様子を見て心底ほっとした。着くのがあともう少し遅かったら、センラさんの心は完全に壊れて二度と戻らなかったのかもしれない。

「謝らんで、遅れた俺が悪いんや。不安にさせてごめん」

言いながら俺はセンラさんを連れて逃げようと、辺りを見渡した。だが話している間にもどんどん建物が焼け崩れてきて、今来たところも塞がれてしまったし、他に通れそうなところも見当たらない。

「ごめん、俺、何もかも嫌になって火つけてもうて......ちゃんと信じて待てばよかった、せっかちなとこ出てもうた」

やっぱりこの火はセンラさんがつけたんか。あんなに大事に思っていた千羅神社に自ら火をつけるなんて、その時のセンラさんの心情を思うと胸が痛い。でも今はそれよりもまず、やらなきゃいけないことがある。

俺は鞄の中から二人分の指輪を取り出し、乱暴に包みを解いた。

「センラさん、ほら、左手出して」

センラさんが左手を差し出そうとした瞬間、外で野次馬が悲鳴を上げるのが聞こえた。がらがらと崩れ落ちた屋根が上から降ってきて、俺はとっさにセンラさんを庇おうとして覆い被さるように抱きついた。
衝撃を覚悟して目を瞑ったが、がらがらどっしゃんという音は聞こえたものの痛みも熱さも感じない。恐る恐る目を開けると、俺とセンラさんはぼんやりした光を放つ小さなドーム状のものに包まれていた。光るドームは後続して崩れ落ちてきた屋根を次々と跳ね返していく。

「志麻くん、この中から絶対出んといて。自分でつけてしまった火はもう、俺にも消せん。でも、志麻くんのことは絶対に死なせたりしいひんよ」

「センラさん......っ!」

「ふふっ......あほやなあ、志麻くん。俺を庇うより、自分の身を守らなあかんやろ」

「そら、そうやけど......男としてそんなわけにいかんやろ、ええからほら、手ぇ出して」

俺はセンラさんの左手を取り、薬指に指輪を嵌めた。センラさんにも同じように俺の指へ指輪を嵌めてもらった。

燃え盛る炎の中に閉じ込められていては外の様子は伺い知れず、果たして日の入りに間に合ったのかはどうかはわからない。それでも俺は、センラさんを力いっぱい抱きしめた。

「センラさん、愛しちゅうよ。これからもずっと一緒や」

「志麻くん......俺も、あいして......」

近づくサイレンの音と、野次馬の悲鳴と、がらがらと建物の崩れ落ちる音にかき消され、センラさんの声は最後まで聞こえなかった。

そこで俺の意識はふっつりと途切れた。

目覚めたのは病院のベッドの上だった。
一日のうちにまったく違う理由で二回も病院に担ぎ込まれたわけだが、何の自慢にもならない。

すっかり焼け落ちた神社の社殿から、生きた状態で俺が発見された時には消防隊も目を疑ったそうだ。
軽い火傷程度で命に別状はなく、奇跡というよりもはや怪奇現象という印象を与えたようで、病院や警察やいろんな人たちからずいぶん気味悪がられた。

センラさんは、忽然と姿を消してしまった。

焼け跡からは俺の他には誰も見つからなかったそうだ。生きた人間も、死体も。
近くの他の病院に運び込まれた人はいなかったか、現場から立ち去る人物の目撃はなかったか、いろいろ調べてもらってもやはり手がかりひとつ掴めなかった。
そもそもセンラさんのことを人に伝えるのも困難を極めた。千羅神社で待ち合わせていた友人で、二十代後半の男性で、素性ですか、えーとそれは、俺もよくわからなくて......という、苦しい説明の仕方しかできなかった。

ちなみに、俺が放火犯なんじゃないかという疑いもかかりかけたのだが、利用した駅の防犯カメラの映像やタクシーの運転手の証言のおかげで、俺があの時間に千羅神社に放火することは不可能だというアリバイが無事証明された。

千羅神社が焼けてしまったことは、所有者にとってはむしろ取り壊す必要がなくなって好都合だったのだろう。すぐに更地になって売りに出され、しばらくして買い手がついたようでごく普通の民家が建った。

俺は魂を抜かれたように何もかもやる気を失い、仕事も辞めて家に閉じこもって過ごした。家族や友人は心配してくれたが、センラさんを失った穴は俺にとってあまりにも大きく、誰に何を言われても真っ暗に沈んだ心に光が射すことはなかった。

昼も夜もわからなくなるほど無為に寝て過ごす日々が過ぎ、ある日浅い眠りの中で見た夢にセンラさんが現れた。
と言っても、言葉を交わせたわけではない。それどころか目線すら合わせてもらえなかった。俺はセンラさんを認識していて何度も名前を呼んでいるのに、センラさんの方は俺の姿を見ることも、声を聞くこともできないようだった。

何もない真っ白い空間の中、センラさんはただ一人でじっと座っていた。その表情は寂しそうではあったが、絶望してはいなかった。

俺が贈った指輪を嵌めた左手の薬指を、右手で愛おしそうに撫でて。

志麻くん、会いたいなあ。

ぽつりとセンラさんが呟いたところで、目が覚めた。

天井をぼんやり見つめる俺の目に、ずっと流すことを忘れていた涙が溢れて、目尻から零れた。
それと同時に、真っ暗闇の中にようやく僅かな光が射して、俺が進むべき方向を指し示してくれたような気がした。

センラさんは、今もどこかで俺のことを想ってくれているのかもしれない。

いつかどこかで、また会える日が来るのかもしれない。

それならば俺も無為に日々を過ごしている場合じゃない、いつか訪れるその日のために、今できることをやらなくては。

そうして俺は、センラさんと二人で描いた「一緒に飲食店を経営する」という夢を叶えるべく行動を始めた。
スクールに通って学びながら開業準備を進め、都会すぎず田舎すぎない良い感じの街に手頃な居抜き物件を見つけて、こぢんまりしたカフェを開いた。店名はセンラさんの名を冠する以外の選択肢はなく、『SENRA CAFE』と名づけた。

一応、コーヒーとかのドリンクメニューはそれなりに美味い自信はあるけど、フードに関してはまだまだ改良の余地がある気がしてる。料理上手なセンラさんがいれば、フードメニューももっと充実させられるんだろうけど。
それでもありがたいことに、オープン当初の賑いが落ち着いてからも安定した客足が続いていた。一定数の常連客も定着し、バイトも雇った。

センラさんがいない今、毎日がむしゃらに働くことだけが俺を支えてくれていた。

いつかセンラと名乗る男性が俺を尋ねてきたら、すぐに連絡してほしい。いや、偽名を使うかもしれないので、とにかく名前が何であっても俺を尋ねてくる男性がいたら連絡してくれ。祖父母にはそう伝えてある。
祖父も祖母ももう高齢やし、何が何だかよくわかっていないようだったけれど、昔から俺に甘かった二人は一も二もなく承諾してくれた。

千羅神社を失ったことは近隣住民たちにとって大きな痛手だったことは間違いない。
それでも、祖父母は俺にこう言ってくれた。きっとセンラ様は役目を終えてお休みになられたんだ、と。
今まで我々のことをいつも見守ってくれて、どんな願いも心から祈りを捧げれば、そしてそれが身の丈に合った願いであれば絶対に叶えてくれたセンラ様は、今頃お役目を終えられて、どこかでゆっくりお休みになっているのだろうと。
千羅神社を支えていた信心深いお年寄りたちは、今でも町内会だの公民館だの、病院の待合室だので顔を合わせればそんな会話を交わしてセンラ様を偲び、今は民家となっている千羅神社の方角へ向かって手を合わせているのだそうだ。

燃え盛る炎の中でセンラさんと契りを交わしたあの日から、三年が経とうとしていた。

俺は今日も『SENRA CAFE』のカウンターに立っていた。
ランチタイムの混雑も終わり、お客さんと適度に会話しながらまったりとした午後の時間が過ぎていく。

「うらさん、今度あのゲーム一緒にやろうよ。あれめっちゃ面白そうやん」

バイトの坂田が食器を片づけながら、常連客の浦田さんに話しかけている。最近すっかり仲いいなあいつら。

「いいけど、あれって四人くらいでやるのがベストじゃね?」

「そうやなあ、三人目はマスターがおるとして、あと一人どうしようかなあ」

「おいこら、本人無視して勝手に決めるな」

一応突っ込んではみるが、こいつらと遊ぶのは決して嫌ではない。むしろ仕事してる時以外は抜け殻のようになってしまいがちな俺にとって、珍しく心から笑える貴重なひとときだった。

あと一人、か。センラさんがおれば、絶対参加してもらうんやけどな。センラさんならあいつらとも馬が合いそうやし、間違いなく楽しいのにな。

そんなことを思っていると、入口のドアが開いて一人の男性客が入ってきた。

「いらっしゃいま......せ、」

おそらく初来店の客だったが、一瞬ドキッとして声が止まったのは、その人がどことなくセンラさんに似ていたからだった。

いや、どこがどうと言われると困るんやけど。身長は確かに同じくらい、でも体の線が出ないダボッとした服を来てるから体型はよくわからないし、帽子を目深に被ってマスクもしとるから顔も年齢もよくわからない。
それでもなんとなく、似ているような気がしたのだった。

「......一名、です」

声ちっさ。ほとんど囁くようなボリュームの声は聞き取るだけで精一杯で、センラさんと似てるかどうかはやっぱりよくわからない。

「あ......、空いてるお席、どうぞ」

なにキョドってんのマスター、という顔で坂田が見てくる。
男性客は小さく会釈して、窓際の端っこの二人席に座った。できればこちらから顔が見える位置に座ってほしかったが、あいにくこちらに背中を向ける形で座られてしまった。

「あ、坂田待って、俺が行く」

「えっ?あ......はい」

水とおしぼりを持って行こうとする坂田を止めて、男性客の座った席へ自ら向かう。
メニューを眺めているその人はまだ帽子もマスクも着けたままで、詳しい人相はわからないままだ。
ひょっとしたら左手の薬指に俺と同じ指輪が嵌っていたりはしないかと、メニューを持つ手を盗み見る。だがあいにく指先の空いた黒い手袋を着けっぱなしにしていて、指輪の有無も、手の特徴がセンラさんと似ているかどうかもよくわからなかった。

それでも手袋から覗く爪の形とか、マスクで隠しきれていない部分の肌の白さと綺麗さとか、どこか見覚えがあるような、センラさんに似ているような気がしてしまう。
あ、でも、帽子からちょっと髪の毛出とるけど、髪質がセンラさんとは全然ちゃうな。

それに第一、この人がセンラさんだとしたら。偶然この店に入ったにしても、わかってて入ったにしても、俺の顔を見て何の反応も示さないのは絶対におかしい。だから違う、違うはずだ。

「......ケーキセットで、本日のケーキとセンラオリジナルブレンド、お願いします」

声はずっと小さいままで、小さいだけではなくどこか作り物めいた不自然な感じがした。まるで誰かの声真似をしているような、本来の自分の声色やイントネーションを隠そうとでもしているような。でも、そうだとしたら何のために?

「......本日のケーキと、センラオリジナルブレンドですね。少々お待ち下さい」

男性客の正体が掴めないままカウンターの中へ引っ込んだ俺に、坂田が近寄ってきた。

「マスター、あの人知り合い?」

「いや......知り合いに似てたから確かめに行ったんやけど、たぶん違う人やわ」

「ふーん」

落ち着け落ち着け志麻、仕事に集中しろ。
ちょっとセンラさんに似てる人を見かけるたびにこんな浮足立ってたらやってられんぞ。

それでも念のため、注文した品を持っていく時も坂田にはやらせず自分で運んだ。だが、その時になってもまだ彼は帽子とマスクと手袋を着けたままだった。
その後も俺の注意は事あるごとに謎めいた男性客の方へと向かった。さすがに飲み食いする時にはマスクを外していたようだが、もう彼の席に行く理由がなく、遠くからそっと様子を伺うことしかできなかった。

「ねえマスター、奥さんも彼女もいないって言ってたよね?なんでそんな結婚指輪みたいなのしてんの?」

最近よく来て会話も交わすようになった女性客が、カウンターにコーヒーを差し出す俺の左手に目をとめて尋ねてきた。

「ああ、これは話せば長くなるんですけど」

「本当に長くなるから覚悟した方がいいっすよ」

カウンターの向こう端から、浦田さんの野次が飛んできた。

「うらさん、何度も聞かされてるもんね。俺はもっとやけど」

食器を洗っていた坂田が顔を上げ、浦田さんと顔を見合わせて笑った。

俺は二人を無視して話し始めた。

小学生のとき、運命の人に出会ったこと。近所に住んでいた、綺麗で可愛くて優しい、はんなり和風美人。
その時は自覚していなくとも、一目惚れで、初恋だったこと。
せっかく仲良くなれたのに小学校卒業と同時に俺が引っ越すことになり、それからも年に数回のペースで会い続け、中学生の時に童貞を捧げたこと。
ただし相手には深い事情があって、俺の気持ちには応えてくれなかったこと。
高校生の時に夏祭りデートで告白し、見事に振られてしまったこと。
それからはよき友達として会うようになったが、大学卒業前にとうとう念願かなってお付き合いが始まったこと。
約五年間の遠距離恋愛の末、プロポーズをしたこと。
相手はプロポーズを受けてくれて、この指輪はその時互いに交換したものだが、その後相手は行方をくらましてしまい、未だに再会できていないこと。

話しながら俺は、背を向けて座っている例の謎めいた客が何か反応を示しはしないかと、ちらちら様子を伺っていた。
彼は特にこちらを振り返ることもなく静かに飲食を続けていた。その様子は聞き耳を立てているように見えなくもなかったが、単なる俺の気のせいに過ぎないような気もした。

「......えーっと、すごいお話、ですね......」

話を聞き終えた客は何とも言えない表情を浮かべて言った。とりあえず否定的なことは言わないでくれているが、その表情は明らかにドン引きしていた。後ろのテーブル席でなんとなく話を聞いていたらしい二人連れも、揃って同じような表情をしている。俺としては、慣れっこの反応だった。

今の話を全部信じるなら、俺は小学生の時に一目惚れした相手に対して、遠くに引っ越そうが告白して振られようが、諦めきれずに付きまとい続けためちゃくちゃ執着心の強い男、下手したらストーカーであるという解釈が成り立ってしまう。
プロポーズの直後に相手が失踪したというのも、とうとう耐えきれなくなってただ逃げ出しただけにしか思えないだろう。

そうでなければ、この話自体が俺の創り上げた妄想であり、そんな相手は本当はどこにもいないんじゃないかと疑ってかかる人も多い。

それがまともな人間の、普通の反応であることくらいは俺自身にもわかっている。

例外的に俺の話を真っ向から信じて、きっとまた会えるよと励ましてくれるのは、坂田と浦田さんの二人だけ。でも、それだけで充分だった。

「そうなんですよ、一世一代の大恋愛なんです。いつかきっと再会できると思うので、これからも待ち続けます」

聞き手の反応などおかまいなしに、俺は力強く宣言して話を締めくくった。

俺がなぜ、奇異な目で見られながらもこうしてセンラさんの話をするのかというと。
言い寄ってくる女性や、女性を紹介したがるお節介な人への対策という目的も一応あるが、何よりもセンラさんの存在を何度でも言葉にして、誰かに聞いてもらって、彼が確かにこの世界にいたことを、今もきっとどこかにいることをその都度実感したいからだった。それが原因で多少お客さんに逃げられたとしても、べつに構わなかった。

神様なのに神様らしくない、気さくな近所のお兄さんみたいだったセンラさん。
人間が大好きで、たくさんの人の願いを叶え続けて、でも自分自身の幸せに関してはあまりにも不器用だったセンラさん。

永遠の命を捨ててでも、愛する人と添い遂げたい。そんなセンラさんの想いを叶えることは、今でも俺が生きていく上での最大の目標だった。たとえどんなに望みは薄くても。

「......ごちそうさまでした」

いつの間にかあの謎めいた男性客が伝票を持ってレジ前に立っていたので、慌ててレジへ向かって会計をする。

「あの......すみません、うるさくしてしまって。ゆっくりできました?」

「はい。美味しかったし、いいお話も聞けてよかったです」

「え、あ、はい......」

やっぱり聞き耳立ててたんか。べつに聞かれても全然ええんやけど、何だったら全人類聞いてくれぐらいの気持ちで喋ってるけど、この人に対してだけは、なぜかちょっと恥ずかしいと感じた。

「ありがとうございました。またお越しください」

謎の男性客はぺこりと頭を下げてもう一度「ごちそうさまでした」と言い、静かに店を出ていった。

坂田が彼の座っていた席を片づけにいき、何かを見つけて俺のところへ来た。

「マスター、やっぱ今の人って知り合いやったん?」

「えっ?いや、ちゃうけど......どうした?」

「これ、皿の下に置いてあった」

坂田が差し出したのは手帳かノートの切れ端のような紙片だった。そこに何かが走り書きされている。

「.........っ!!」

「え、ちょっとマスター?どこ行くん!?」

受け取った紙片に書かれていた言葉を読んだ途端、俺の足は駆け出していた。ほとんど体当たりする勢いでドアを開け、外へと飛び出す。

かつて五年も遠距離恋愛していた時に、センラさんはたくさん手紙を送ってくれた。その手紙と同じ筆跡で、紙片に書かれていた言葉は。

『志麻くん 久しぶり いいお店やね また来ます』

「センラさあぁぁぁぁんっっっ!!!」

幸いなことに店の前はまっすぐ伸びた一本道だったので、左右を見渡せば小さく遠ざかったセンラさんの姿をまだ見つけることができた。

「センラさんっ!!待ってセンラさん!!」

叫びながら全力で走る。どうやらセンラさんの耳にも叫びは届いたようで、歩みを止めたセンラさんの姿がどんどん近づいてきた。

「センラさんっ......!」

こっちを向いて佇んだまま、センラさんがするりと頭から帽子ごとカツラを外した。カツラの下から現れたのは、とても見慣れた髪質と髪色。手袋も外し、薬指に指輪の嵌った左手で乱れた髪を整えながら、センラさんはさらにマスクも外した。ぷっくりした唇が左右に大きく開かれて、並びのよい白い歯がむき出しになっている。センラさんは、満面の笑顔を浮かべていた。

「また来るって書いたのに、なんで追いかけてくんねん」

「なんでってなんでや、そら追いかけるやろ!センラさんこそなんで行ってまうねん!!」

思わずセンラさんの両肩を掴んでガクガクと揺さぶった。会えて嬉しいという気持ち以上に、あの場を立ち去ってしまうセンラさんに対しての不満が爆発していた。

「おうおう、落ち着け。お店の営業中やから迷惑かなと思って、出直そうかと思ったんや」

「迷惑なわけあるかい!!俺が、俺がどれだけ......どれだけ待ったと思っとるんや!!うっ......、うぅ〜〜」

ダムが決壊したみたいに涙がぶわっと溢れ出し、センラさんに縋って泣きじゃくった。

「ごめんごめん、ごめんな志麻くん。待たせてごめん、ちょっと事情があったんや」

頭や背中を優しく撫でながら、センラさんが俺を宥めた。
大の男が人目も憚らずおいおい泣いている姿を、通りすがりの人たちが二度見、三度見していく。

とりあえず路上でいつまでもこうしているわけにいかず、店へと戻ることにした。ドアを開けると、突然飛び出していった俺の奇行にざわついていた店内の声がぴたりと静まり、ろくに歩けないほど号泣している俺と、それを支えるセンラさんを一斉に凝視した。

「志麻くん、悪いけどお客さんに帰ってもらってもええ?」

センラさんに耳打ちされ、俺もそうするしかないやろうと思って頷いた。

「あのーすみません、皆さんのお会計は全部僕が払うので、申し訳ないんですけど閉店させていただけますか」

「......仕方ねえな」

お客さんが呆気に取られている中、センラさんの呼びかけに応えて浦田さんが真っ先に立ち上がってくれた。それに続いて他のお客さんも次々と席を立ち、好奇の視線を俺らに向けながらも店から出ていってくれた。

「坂田、お前も......上がってくれ。定時扱いに......しとく、から......片付けも、何も......しなくて、いい......」

「......りょーかい、です。表だけ閉めちゃいます」

嗚咽混じりにやっと出した指示に従い、坂田はエプロンを脱いだ。ドアにかかっていた「OPEN」の掛札をひっくり返して「CLOSED」にして、店先に出ていた立て看板を引っ込める。その間、最初に席を立ったくせになぜかまだいる浦田さんとごにょごにょ話しているのが聞こえてきた。

「あの人が例の大恋愛の相手ってことやんな?」

「普通に考えてそうだろうな」

「まさか男やったとはなあ。いやーびっくりした」

「まあでも、確かにはんなり和風美人ではあるな」

「何にせよめでたいな。暇になってもうたから、うらさんこの後どっか行かない?」

「いいよ、俺も暇だし」

お前ら筒抜けやねん、もうちょい小声で話せや。そう言いたかったが俺は未だに大号泣していて、言葉どころか呼吸もままならない。そんな俺の背中をセンラさんはずっとさすってくれていた。

「うらさんお待たせ」

「ごちそーさま、お金ここに置いとくね」

着替えを済ませた坂田がバックヤードから出てくると、浦田さんが財布からお金を取り出してテーブルの上に置こうとしたので、センラさんが慌てて止めた。

「あ、あの結構です、僕が払うので」

「いいですよ、ご祝儀ってことで。お釣りもいりません」

浦田さんは一万円札をバンとテーブルに置き、坂田と一緒に店の出口へと向かった。泣きすぎて言葉の出ない俺に代わってセンラさんがお礼を言い、坂田が囃し立てる。

「うらさんかっこいー」

「お金もうないから、お前がおごってね」

「うそーん!まあええわ、じゃあマスターお疲れっす。がんばってねー」

「お幸せにねー。今度四人でゲームしよ」

ひらひらと手を振りながら坂田と浦田さんが出ていき、店の中には静寂が訪れた。

「志麻くん、ほんまに待たせてごめんな。俺、ようやく人間になれたんや」

「なんで......?三年間、どうしてたんや......」

「志麻くんとの契りがどうにかギリギリ間に合ったから、人間になることは認めてもらえたんやけどな。やっぱりあんなボロ神社でも、神様である俺自身が燃やしてもうたのはまずかったんや。この三年間は罰として、人間で言う刑務所みたいなところにおったんよ。まあ罰って言うてもやることなくて暇なだけで、べつに酷い目には合ってへんからそこは心配せんでな」

「そう......やったんか」

「三年間、志麻くんがどうしてるのかは全然わからへんかった。やっと刑期が明けて、晴れて人間になれた時に志麻くんの住んでる場所と職場と、独身であることは教えてもらえたんやけど、逆に言えばそれしか教えてもらえへんのや。独身だとしてももしかしたら彼女とかできとるかもしれんから、まずは変装して客としてお店に来て、様子を探ろうと思ったんや」

「あ、ありえへん、そんな......ありえへんけど、じゃあ、もしも俺に彼女ができてたとしたら、どうするつもりやったん」

「うーん、その時は潔く身を引いて、しゃあないから歌舞伎町でホストでもやって面白おかしく暮らそうかなって」

「なんや、それ......っ!」

なんでそんなこと知っとんねん、でも案外似合うかもしれへんと一瞬思ってしまったのは内緒だが、この期に及んでまだ身を引くという選択肢がセンラさんの中にあることが正直、信じられない。

だけど、これがセンラさんなのだ。

センラさんがこんな風に、自分の幸せを度外視した愛し方しかできないことは、もう痛いほどにわかっている。
だからこそ、俺が側におらなあかん。一生側にいて、守ってやらなあかん。これでもかっていうくらい愛して、愛して、幸せに溺れて息もできないような人生を送らせたるんや。

「志麻くんがお客さんに俺のこと話してくれて、今も待っててくれてるってわかったから嬉しかったけど、まあ営業中やったし、それ以前にあの空気の中で名乗り出る勇気なんかあるわけないやん。結局お店に戻ってきてもうたから、お客さんの視線めっちゃ痛かったで?」

「ふっ......そうか、そらそうやな」

なかなか止まらない涙の中から、思わず笑いが零れた。確かにそれは、センラさんの感覚が正しいと言わざるをえない。

「でも、あの坂田って人と、うらさんって呼ばれてた人だけはちょっと違ったな。あの二人も面白がってはいたけど、全然嫌な感じはしいひんかった。うらさんって人はご祝儀までくれたしな」

「あの二人だけは、ずっと......俺の話、信じてくれてたんや。バイトと客やけど、友達でもあるんや」

「そうなんや、俺も仲良くなれたらええな。なあ、俺もこの店で働いてもええ?」

「当たり前や......そのために、開いたんやから......ここはセンラさんの店や」

「ふふっ、志麻くんほんまにありがとう」

センラさんにぎゅっと抱きしめられて、また目の奥から涙が溢れ出す。ああ、情けない、かっこ悪いなあ。頭の中で何度も何度も思い描いた再会の場面では、こんなに泣きじゃくってるはずじゃなかったのに。むしろ泣いているのはセンラさんの方で、俺が優しく、かつ力強く抱きしめてやるはずだったのに。

「志麻くんかっこいい、顔も中身も、世界で一番の男前や」

......まあ、ええか。他でもないセンラさんがこう言ってくれているのだから、かっこいいということにしておこう。

今や俺は三十歳になっていた。
センラさんと出会ってから二十年以上の時が経ち、俺よりもずっと大人だったセンラさんは、見た目だけで言えば今じゃ俺とほとんど同じか、ちょっと下くらい。
でもこれからは、年の差が変わることはない。ずっと一緒に年を取っていける。

ただそれだけの、本来ならばごく当たり前のこの事実が、俺たちにとっては何よりの祝福だった。

コーヒーの香りと、お洒落なBGMに満たされた店内で二人きり。
長い間寄り添いあったまま、静かに穏やかに時間が流れていった。

人間になったセンラさんは、びっくりするくらいにかわいかった。
いや、外見も内面も別に大きく変わったわけではないのだが、まだ人間になったばかりでいろいろと慣れていないゆえの言動がたまらなくかわいかったのだ。

店から俺の家に帰る途中で立ち寄った大きなドラストで、どこに何があるか全然わからん、志麻くん置いていかんでな、と言って俺の後ろにぴったりくっついて歩くのもかわいかったし。

家に着いたら着いたで、嬉しそうにキョロキョロしたりウロウロしたりして。今日からセンラさんの家でもあるんやから好きにしてええよと俺が言えば、とりあえず扉という扉、引き出しという引き出しを全部開けて回っているのもとんでもなくかわいかった。

シャワーを浴びた後にドライヤーを渡したら、物は知っていても今まで自分で使ったことがないそうで(濡れても一瞬で乾かすことができるから必要なかったらしい)なんだか微妙に下手くそなのも凄まじくかわいかったし。

見かねた俺が乾かしてやると、人間てめんどくさいんやな、なんてぼやきながらもじっと大人しく乾かされているのも、ありえんほどかわいかった。

俺の持ってる部屋着の中からちょっと大きめなやつを選んで渡せば、それを着て姿見の前でくるくる回ってるのも、記念にツーショ写真を撮ってほしいっておねだりしてくるのも、意味わからんくらいにかわいかった。

きっとセンラさんのことだから、人間の生活にもすぐ慣れて何でもそつなくこなすようになるだろう。
飼い主の家に来たばかりの子犬か子猫みたいなこのかわいさは、きっと今しか見られない。だからこそ目と脳裏にしっかり焼きつけておこうと思った。

いい年した男二人が部屋着姿で何枚も写真を撮りまくった後、はしゃぎ疲れたのかセンラさんがベッドに座ってふうと一息ついた。俺もその隣に腰をかける。

「ねえ志麻くん、明日ってお店休みなんやろ?」

「ああ、ラッキーなことに定休日なんや」

「ほんなら買い物付き合ってくれへん?洋服とか揃えたくて、志麻くんにも一緒に選んでほしいねん。あとスマホも買いたいんやけど、俺ようわからんから付いてきてほしい」

「.........」

「え、志麻くんどうしたん?用事あるならまた今度でも......」

「ようそんなこと言えるなあ」

「えっ?」

「今日が何の日かわかっとるんか?三年越しに、新婚初夜を迎えるんやで?明日そんなに元気に動き回れるつもりでおるなんて、俺も舐められたもんやな」

「え、ちょ、待って志麻く......」

「抱き潰したるから覚悟せえよ」

ベッドの上にどさりとセンラさんを押し倒し、唇を重ねて舌をねじ込んだ。

びっくりして見開いた目がたちまちとろんとなって、ゆっくりと瞼が閉じられて。センラさんが俺の服をきゅっと掴んだ。

ねっとりと絡み合う舌が熱くて甘い。ぷっくりした唇ごと喰らいつくように、角度を変えて何度も味わう。

「んっ......ねぇ、志麻くん......」

ようやくひと息ついたタイミングで、センラさんが掴んでいた俺の服から手を離す。そのまま俺の手を握り、自分の左胸へと導いた。

「わかる......?」

手のひらに伝わってくるのは、早鐘のように激しく脈打つ心臓。センラさんが確かに生身の人間であることの証。そして今から俺に抱かれることへの、興奮と緊張の証だった。

「うん、わかるよ。センラさん、えらいドキドキしてるなあ」

「ふふっ、なんか緊張してもうてん。人間になってから、初めて抱かれるからかな」

「.........」

あかん、ただでさえ興奮してるのにそんなこと言われたらバッキバキの臨戦態勢になってもうたやんけ。
俺がまだ中学生だった頃、センラさんに童貞を捧げたことを思い出す。あれから十数年が経過して、今度はようやく人間の身体を得られたセンラさんの初めてが、俺に捧げられる番や。

センラさんの左胸に置かれた手を、そのまますーっと肌の上で滑らせる。それだけでもう、センラさんの喉から吐息混じりの甘い声が漏れた。

「んっ......ふ、ぅ」

膨らみのない胸板を外側から内側へ、円を描くように撫で回す。やがて乳輪へ、そして乳首へ辿りつくと手のひらから指先だけの刺激へ変える。軽く押しつぶしながら捏ねてやるとセンラさんの頭がびくんと枕から浮いた。

「あっ......ん、やっ......!」

昔から乳首は弱かったけど今日は特に反応が大きい気がする。調子に乗って両側とも指の腹で擦り、徐々にスピードを上げていく。センラさんが身体を捩って快感から逃れようとするが、あいにく俺が上半身に跨ってがっちりと太腿でホールドしているのでそれは叶わなかった。背中の後ろで、長い脚がバタバタ暴れているのがわかる。

「どしたんセンラさん、めっちゃ感じるとるなあ」

「あっ......だ、だめ、しまくっ......」

「何がだめなのぉ?」

「あひっ......!」

つい苛めたい欲が出て、両の乳首を同時にきゅっと摘む。そのままコリコリと刺激してやれば、センラさんの嬌声が部屋に響いた。

「あ、あぁ〜〜〜っ!!」

「......ふはっ、すごい声出すなぁ」

さすがに最初から飛ばしすぎかと思って、ある程度のところで手を止める。センラさんは顔を赤く染め、自分の口を両手で抑えた。

「ご、ごめ......」

「ふふっ、謝らんでええよ。いくらでも声出してええから、いっぱい聞かせて?」

「あ、あのっ、志麻くん......!」

「ん?」

「お、俺......やばい、かもしれん......」

「え、やばいって、何が?」

「触られた感じが、ちゃうねん......」

「?」

どういうことかわからず、無言で説明を待つ。センラさんは口を隠していた両手を上に移動させて、今度は目元を隠した状態で話し始めた。

「なんか、なんかな......今まで裸だと思ってたのが、実は薄い膜とか布に包まれてた状態で、今はそれがめくれて、直接触られてるみたいな......」

見た目も、肌に触れた感じも、俺からしたらまったく変わらない。だがセンラさんにとっては、人間になったことで今までとは違う感覚を得ているらしい。

「それって、要するに......」

「......うん」

「めちゃくちゃ感じちゃうってことやんなぁ?」

「そ、そう......やねん」

両手で覆われた顔の、隠しきれていない部分がみるみる真っ赤に染まっていく。

はっきり言って、今までだって充分すぎるほどセンラさんの感度は良かった。それがますます感じてしまうとなると......一体どうなってまうんやろなぁ。それはもう、じっくり確かめるしかないなぁ。

「え、ま、待って志麻くん」

下に履いたスウェットを脱がせにかかるとセンラさんが焦りだした。構わず下着ごと剥ぎ取って、芯を持ち上向きに震えるセンラさんのそこを解放してやった。

「ふふ......触ってほしくて泣いとるな」

先端から溢れる先走りに濡れるそれを、指先でつつっと撫でる。それだけでセンラさんが声を漏らすのが聞こえたが、それ以上は触ってやらなかった。

「でも、ここはまだお預けや。勝手にイッたらあかんで?」

そう釘を刺してから、センラさんの肌に舌を這わす。脇腹、鼠径部、太腿と舐め回しながらずりずり移動していく。

「あ......っ、は、あぁっ......ん、くっ、ぅ......!」

今度はセンラさんの上半身側が仰け反ったり捩れたりして暴れている。本当にどこを触っても、面白いほど敏感な反応が返ってくる。

興が乗ってきた俺はさらに下へと移動していき、センラさんの足先を捕まえた。

「え、うそ、なに......ひっ!?」

足の指を口に含んで、親指から順に飴玉のように転がしていく。指と指の間に舌を押し込んで小刻みに動かす。センラさんは気持ちいいのとたぶんくすぐったいのとで、文字通りヒーヒー言いながらばったんばったん暴れている。

「ふふっ、かわええなぁ」

「あ、ぐっ、も、むりぃっ......!あ、やあぁ......っ!」

べろんと足の裏を舐め上げ、それで終わったかと思わせておいて反対の足でも同じことを繰り返した。センラさんは上半身を捻って横向きになり、まるで関節技を受けてギブアップしてるみたいにベッドをバンバン叩き出した。一瞬、学校の休み時間にプロレスごっこでもしてるような気持ちになってちょっと笑ってしまったが、足を口に含んだまま笑ったその息がセンラさんを更に悶えさせた。

「なに、わろてんねん......あほぉ」

ようやく足を解放されたセンラさんが弱々しく抗議してきた。行為そのものではなく、笑われたことに対する抗議なのがかわいい。

「センラさん、ほんまに一皮むけたんやなあ」

「......なんか嫌や、その言い方......」

「ふふふっ。なあ、次はどこ触ってほしい?」

太腿の内側をゆっくりと、膝の方から脚の付け根へ向かってさすりながら尋ねる。

「ん......っ、そんなん、聞かんでもわかるやろっ......ん、あ......っ!」

「でもなあ、ここ触ったらすぐイッてまうやろ?」

直接的な刺激は与えていないのにずっと張りつめたままのそこを、指先でちょんと突く。

「あかんのぉ......?俺もう、イキたい......」

潤んだ目でストレートにおねだりされれば、危うく絆されそうになる。いや、絆されて全然ええんやけど。でもまだ焦らしたい、苛めたい、追い込みたい。
会えなかった三年間の間に募らせたセンラさんへの想いは、決して綺麗な、清らかなものだけではなかった。

「だめや。イク時は俺のでイッて」

「ほんなら、はよ挿れてぇ......」

懇願しながらセンラさんが自分で大きく両脚を開く。俺は先ほどドラストで購入したローションを手のひらに出して、体温になじませてから自分の指とセンラさんの後ろに塗りつけた。

「センラさん、力抜いて」

つぷ、と中指の先を挿れ、ゆっくりと進めていく。センラさんはふーっ、ふーっと懸命に深呼吸をして俺の指を受け入れようとしている。久しぶりやし、人間になって初めての行為やから俺もさすがに慎重になった。苛めたい気持ちはあっても、決して痛い思いをさせたいわけではない。

「ん、んっ......あ、ん......ふ、うっ......」

奥まで挿れた指を中でほんの少し曲げ、ゆっくり引き抜く。徐々に指の曲げる角度を増しながら繰り返す。ある程度のところで、指を二本に増やしてまた同じことを繰り返す。そろそろかな、と思ったタイミングで、それまで敢えて避けていたセンラさんの内側の一番いい場所をがっつり擦りながら指を引き抜いた。

「ひぁ、あっ......!!」

甲高い声とともにセンラさんの身体が跳ね上がる。その後も同じ場所を掠めながら指を抜き差しする度に、ベッドから浮き上がっては、ぼふんと沈んだ。

「センラさん、どう?ナカも前より感じるの?」

「あっ、うぅっ......!まって、むりっ」

「感じてそうやなあ。指、増やすで?」

「あかん、まって、あかんっ......!うぐ、ひぃっ......!」

三本に増やした指で、だいぶ解れてきた後ろをぐっちゅぐっちゅ音を立てながらさらに慣らしていく。センラさんの頭が枕の上で、イヤイヤするみたいに左右に振られた。

「志麻くん、も、無理、イッてまう......!」

「だめやって。俺のでイッてって、言ったやろ?」

「ん、あっ......だから、はよ、挿れてって......」

その時だった。

がちゃり、ぎい、ばたん。

ドアを開ける音がした。少し遠くで、でも確実に聞こえる距離で。
俺は指の動きを止めて、センラさんの顔を覗き込んだ。

「センラさん、今の聞こえた?お隣さん、帰ってきたみたいやで」

「.........っ!?」

まさか、嘘やろ、という表情でセンラさんが俺を見返す。

「言い忘れてたけどな、ここけっこう壁薄いんや。聞かれんの嫌やったら声我慢しとき」

「なっ......、志麻くん、さっき声出してええって......!」

「俺は全然ええよ?お隣さんと顔合わした時に、センラさんが気まずい思いするだけやから」

「そ、んな、無理や、そんなん......っ!」

センラさんの目に、たちまち焦りと絶望の色が浮かぶ。

「ふふっ、人間って不便やろ?」

「ん、んぅぅ......っ!」

容赦なく指の動きを再開すると、センラさんが慌てて口を抑えた。俺もそこまで鬼ではないから、風呂上がりに使っていたタオルが手の届く位置にあったので、片手で掴んでセンラさんの方へ投げてやった。

「ぐ、うっ......!」

タオルで口を塞ぎ、必死に声を押し殺すセンラさんに興奮して指の動きが速まる。口ではイクなと言ったが実際はこのまま一回くらい指でイカせてやるつもりでいた。本当に、そのつもりでいたのだが。

「.........っ!?ん、んん、ん〜〜〜っ!!!」

不意に指がぎゅうぅっと締めつけられ、センラさんの身体が一際大きく跳ねた。
あ、イッた。てっきりそう思ってセンラさん自身の先端へ目をやったが、精液は出ていない。でも、この反応は。もしかして。

「ん、んんっ!?ふ、ぐぅぅ、ううっ、ううぅ~~~っ!」

前言撤回。我ながら鬼やと思う。何も気づいていないふりをして、センラさんのナカを指でぐりぐり、刺激し続けた。

センラさんは、たぶん射精しないまま絶頂している。ドライオーガズムってやつだ。俺も何かで読んだ程度の知識しかないけど、射精を伴わないから立て続けに絶頂することができるはず。つまり俺が指を止めなければセンラさんはいつまでもイキ続けるわけだ。

「ん、んぅ、んっ、ぐっ......!うぐ、う、うぅっ......!ん、んん〜〜っ!」

センラさんはびくんびくんと激しく身体を震わせて言葉にならない叫びを上げながらも、イッているとは言わなかった。いや、きっと言えなかったのだろう。口からタオルを離した瞬間、あられもない声を隣人の耳へお届けすることになってしまうだろうから。

「ん、んんっ、うぅっ、ふっ、ん〜〜っ!」

長く続いた痙攣が終わった途端に、がくんとセンラさんが脱力してベッドに沈み込んだ。
さすがにこれは、やりすぎてしまったか。指を引き抜いて、センラさんの顔を覗き込む。汗やら涙やらでぐちゃぐちゃになっていたが、それでも辛うじて黒目を見せていた。

「センラさん、ごめんな、大丈夫?」

口からタオルを外して、濡れていない部分で顔を拭いてやった。センラさんの目が俺をじっと見つめて、唇が何か言いたげにわずかに動く。口元へ耳を寄せていき、センラさんの言葉を待った。

「しま、くん......ちゅー、して......」

掠れた声で、途切れ途切れにキスをねだるセンラさんがあんまりにも健気で、かわいくて。唇をそっと重ねながら、振り乱れた髪を優しく撫でつけてやった。

「ごめんセンラさん、ほんまはずっとイッてたやろ?気づかないふりして、つい苛めてもうた、ごめんな」

素直に懺悔して、センラさんのお叱りを待つ。

だけどセンラさんは怒らなかった。ぐったりしながらも優しい微笑を浮かべて、小さく首を横に振った。

「......ええねん」

髪を撫でる俺の手に、センラさんが自分の手を添えてそっと握った。

「俺の、この、身体は......志麻くんが、俺に、くれたもんやろ?......だから志麻くんの、好きにしてええよ」

「......センラさん、」

あかん。そんなこと言われたら、こっちが泣いてしまいそうになるやん。

「なあ、志麻くん......俺もう待てへん、お願い、挿れて?志麻くんの、ほしい......」

表情も、声も、指を絡めてくる仕草も、何もかもが色っぽくて。
センラさん懇親のおねだりに、今度ばかりは俺も応えないわけにいかなかった。

ドラストで買ってきたコンドームを袋から取り出そうとしたら、センラさんに手と目線で制された。
言わんでもわかるよな、と無言の圧をかけられる。

いや、センラさんもう人間の身体なんやし、中に出したら腹壊すし......ああ、はい、ちゃんと後処理すればいいですね、すいません。新婚初夜なのに俺が野暮でした、すいません。
かわいいけど怖いから、せめて何か言って。

「センラさん、挿れるで?」

「ん、待って、ゆっくり......」

バッキバキの臨戦態勢のまま長い待機時間を耐えたそこを後ろにあてがえば、センラさんはさっきのタオルを慌てて口に押し込んだ。

「わかったわかった。ゆっくりするから、力抜いて」

イキ癖がついてしまったセンラさんをあまり刺激しないよう、ゆっくりゆっくり押し入っていく。それだけでも甘イキしてしまっているのか、ちょっと進むたびにセンラさんは身を震わせて、喉奥からくぐもった呻きを洩らした。
すっかり解れてとろとろになったそこは、待ち焦がれた志麻くんを大歓迎してきゅうきゅうと締めつけ、うねりながら絡みついてくる。やばい、こんなん俺もあっという間にイッてしまいそうや。

全部入ったところで一旦動きを止め、身を屈めてセンラさんの額にキスを落とす。

「センラさんのナカ、やっぱり最高に気持ちええな」

「......ふふっ」

タオルを咥えたまま、センラさんが嬉しそうに笑う。

「センラさん、好きや」

「ん、んんん、んむっ」

俺も好き、って言ってくれたのがなんとなくわかる。

「動いてもええ?」

センラさんがこくりと頷くのを待って、ゆっくりと腰を引いた。

「んっ......ふ、うっ、ん......」 

ギリギリまで引き抜いて、また根元まで押し入れて。徐々にスピードを上げていく。
センラさんはしっかりとタオルを噛み締めた上に両手で口を押さえ、どうにか自分の喘ぎ声を壁のこちら側へ留めておこうと必死に頑張っている。そういう良識のあるとこ、好きやなぁ。でもな、俺な。

センラさんもよくわかっとるやろうけど、性欲も性癖もけっこうえげつないんやで?

「んっ......んん、んぐぅ......っ、ふ、うっ、ふぅっ......!う、うぅ、ぐぅぅっ......!」

相変わらず精液は出ていないけど、たまに野太くなる喘ぎ声と身体の震えとナカの締めつけ具合で、たぶん今イッてるんやろなっていうのがわかる。わかったからって、わざわざ腰の動きを緩めたりはしてやらんけど。

「センラ、さんっ......俺、もう、いきそ......っ」

断続的な締めつけのせいで俺もすぐに絶頂へ連れて行かれそう。それをセンラさんに告げると、明らかにほっとした表情をされた。あーもう、そんな顔されたらさあ。

また、苛めたくなってまうやん。

「あ、いくっ、いくで......っ!」

「んっ、んん......!」

センラさんの両脚が俺の腰を逃がすまいとがっちりキャッチした。わかっとるわかっとる、そんなことせんでもちゃんと中に出したるから。

打ちつけた腰を更にぐりぐりと押しつけるようにしながら、センラさんの中で果てた。俺の腰を両脚で掴まえたまま、センラさんの身体ががくがくと痙攣する。踵があちこちぶつかって地味に痛い。

「センラさん、大丈夫......?」

ぎゅっと瞑っていたセンラさんの目がうっすらと開いて、ぱちぱち瞬きながら俺の姿を捉えた。

「よう頑張ったなあ、センラさん」

汗で額に貼りついたセンラさんの前髪を指で掻き上げながら、優しく声をかけてやればセンラさんはふにゃりと笑った。手足の力も抜けて、四肢がだらりと投げ出される。

「ねぇ、ちゅーしよ?」

センラさんが口に咥えているタオルの端っこを引っ張った。何の疑いもなく、素直に口を開ける恋人がちょろすぎてむしろ心配になる。

「んっ......むぅ、ん」

ひとしきり甘いキスを交わした後で、センラさんがちょっと恥ずかしそうに切り出した。

「志麻くん、俺も出したい......前、さわって......?」

「あー、こっちね?」

二人の腹に挟まれたセンラさんのちんこに、そっと手を触れる。先端から溢れる先走りで濡れそぼったそこは何回か擦ればもう、すぐにイッてしまいそうだけど。

「まだ、だめや」

「えっ?」

センラさんの両手を素早く掴んで頭の上にまとめて押さえつけ、さっきまで咥えていたタオルをぐるぐる巻いてやや乱暴に拘束した。

「ちょっ、志麻くん、なんで......」

「もうちょい頑張ろうなセンラさん。ついでに声も聞かせて、隣は気にせんでええから」

「なっ......!あかん、あかんて志麻く、んんっ......っ!」

センラさんの両脚を抱え直し、腿裏をぐっと押さえつけて一度腰を引き、また深いところまで打ちつけた。

「あっ、ぐ、ぅ、うぅ......っ!ん、んあっ、は、あぁっ......!」

タオルもなく、手も使えないまま、意思の力だけで必死に声を抑えようとしているセンラさんだったが、その努力もむなしく、俺が良いところを突くたびに理性では制御できない声が駄々漏れになっていた。

隣の部屋から、大きめの音量で音楽が流れ始める。気を利かせてくれたとも言えるし、うるせーぞっていう意思表示だとも言える。だけどそのせいで俺の中に謎の対抗心が湧き上がり、センラさんをもっともっと大きな声で啼かせたくなってしまった。

センラさんの身体を更にぐっと折りたたんで、ほぼ上からの角度でぐっぽぐっぽと卑猥な音を立てながら、何度もちんこをぶっ挿していく。

「ふ、ぐっ、志麻くん、しま、く、むり、だめっ......!あかん、きもちい、あっ、う、あぁ〜〜っ、あ、あっ!!」

とうとうセンラさんが理性を手放し、声を抑える努力をやめた。何度も身体が震えてナカが収縮して、その間隔も徐々に狭まっていく。ずっとイキっぱなしの状態になるまでに長くはかからなかった。

「センラ、さんっ......!」

さっき一回出したとはいえ、これだけ絶え間なく締めつけられては俺もそんなに保ちそうにない。二度目の限界が近づいてくるのを感じた俺は、一旦体勢を整えて手を自由に動かせるところで安定させ、センラさんの前側に片手を伸ばした。

「あ、やっ......!あかん、志麻くんだめ、そこ触ったらあかんっ」

「なんでや、センラさんさっき触ってほしい言うたやんけ」

必死の訴えを無視して、先走りを手のひらに塗りつけて滑りをよくしてから根元を握り、上下に扱く。

「あぅっ、ひっ、あかん、一緒はあかん、後ろと、一緒には、だめやっ......」

「何がだめなんや、気持ちええやろ?」

ついでとばかりにもう片方の手を伸ばし、乳首をきゅっと摘んでやった。

「あっあっ、いやぁっ、きもち、よすぎて、おかしなる......っ!」

「ふふっ、ええやん、なってまえよ」

「あ、しま、く......!あっ、いやや、何やこれ、来る、くるっ、おっきいの、きてまう......っ!!」

前後を同時に責め立てられた結果、もはや声を押し殺すことを完全に放棄して、叫びに近い音量でセンラさんが訴える。寄せては引いていく波のように何度も何度も繰り返された絶頂の果てに、とてつもなく大きな波が押し寄せてきているらしい。

「んっ、あっ、こわいっ......!死ぬ、死ぬぅ......っ!」

今までどんなに激しくしようがしつこくしようが、セックス中にセンラさんの口から『死ぬ』なんて単語は聞いたことがなかった気がする。
人間になった途端に、それが自然に出てくるもんなんやなあ。絶頂寸前のこの切羽詰まった時に、そんなことを考えて妙に感心してしまった。

「......ええよセンラさん、一緒に死のう、本望やろ?」

「あ、ぐっ、あぁ、あぁぁ〜〜〜ッ!!」

右手に握ったものを扱き上げつつ、自分のすべてを叩きつけるように、センラさんの細い腰を突き上げた。より一層の強い締めつけを感じながら、会えなかった三年間、いや、出会ってからの全ての想いを、綺麗なものも汚ないものもごった煮にして、ぶちまけるように吐き出した。腹や胸の辺りがセンラさんの出したもので温かく濡れるのを感じながらぐっと身を屈め、涎を垂らして半開きになったまま閉じられなくなっている口にキスをした。

大きな波に攫われたセンラさんの意識が俺の元へ戻って来られるまでには、それなりの時間を要した。

「志麻くん、ここ引っ越さへん......?」

壁越しのお隣さんへと目を向けながらセンラさんが呟く。

あの後、へろっへろのふわっふわになっているセンラさんを引きずるように浴室へ連れて行って、しっかり身体を洗って後ろの処理もしてあげた。シーツを取り替えたベッドに戻った頃にはセンラさんはだいぶ正気を取り戻していたが、それでも一人ではまだ歩くことも覚束なくて、やはり明日は買い物どころではなさそうだ。

「大丈夫やって。隣もけっこううるさい時あるし、お互いさまや。今もほら、話し声聞こえてくるやろ」

隣室からはもう音楽は鳴っていない。でかい声で楽しそうに会話したり、たまにげらげら笑ったりしている声が先程から聞こえてきていた。

「ただの話し声と、男のでっかい喘ぎ声がお互いさまなわけないやろ!......ほんまに最悪や、志麻くんのあほ」

「えー、好きにしてええって言うたのはセンラさんやんけ」

「それは俺と志麻くんの間の話や!お隣さんを巻き込む前提で言うとらん!」

足腰立たなくなっとんのに、口だけは元気やな。

隣に住んでるのは実は浦田さんで、たぶん話し声の相手は遊びに来た坂田なんやけど、それ知ったらセンラさんどんな顔すんのやろな。
どうせそのうちバレるけど、今はまだ内緒にしとこ。

「はあ、ちっちゃい頃はあんなにピュアでかわいかったのになあ......どこでどう間違ってこんなエロオヤジになってもうたんや」

寝返りを打ってこちらに背を向けたセンラさんが、大げさな溜息をつきながら嘆いた。

「エロオヤジはひどいなあ。まあ俺ももう三十路やし、妥当なとこか」

後ろから抱きしめて、センラさんのうなじに鼻先を埋める。

「俺の童貞奪ったのが運の尽きやと思って、このままエロジジイになるまで見届けてや、センラさん」

「......きしょいわ、いつまで現役張るつもりやねん」

「ふふふ、お互い元気で長生きしよな」

ちゅっとうなじに軽いキスをして、センラさんの身体の前に腕を回せば、ちゃんとその手を握ってくれた。

「おやすみ、センラさん」

本当はまだもったいなくて寝たくない、けどセンラさんもいい加減疲れているだろうと思ってそう言ったのだが。
センラさんから返ってきたのは、おやすみの挨拶ではなかった。

「......志麻くん、今日って、新婚初夜やんな?」

「ん?うん、そうやね」

「これだけ言っておきたいんやけど」

「え......なに?」

照れ隠しのように咳払いを何度かしてから、やっと聞き取れるくらいの小さな声でセンラさんがぼそりと呟いたその言葉が、俺の心臓のど真ん中を撃ち抜いた。

「......ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします」

「......こ、ここ、こっ、こちらこそっ......!!」

俺の一世一代の大恋愛の、最高にハッピーで一番長い最終章が幕を開けた。

〈おわり〉

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